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鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第二部 楚漢戦争
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王陵

なんか一番、話を作るのがすごい苦戦しました。なんか書きづらかったですね。

 関中をほぼ制圧した劉邦りゅうほうは将軍・薛歐と王吸を武関から出して沛県の家族を迎えに行かせることにした。


「俺も行こう」


 そう言ったのは王陵おうりょうである。


「いや、それには及ばんさ」


 王陵を慕ったことのある劉邦がそう言ったが、王陵は首を振った。


「俺は新参者だ。新参者としての仕事をしなければならん。それに王の家族と面識がある者が行った方が王の家族たちも安心するだろう?」


 王陵のこういうところが劉邦は好きである。劉邦は頷き、彼を派遣することにした。


 その動きに対し、項羽の兵が陽夏で阻止しようとした。


「さて、困ったぞ」


 王陵がそう思っていると彼の元にやって来た者がいた。


「おお、これは懐かしい顔じゃないか。元気にしてたか?」


 王陵の前に現れたのは雍歯ようしである。王陵と彼は昔から仲が良い。また、雍歯の後ろには韓王・しんがいる。


「その話は後だ。俺が楚軍の知らない抜け道を教えるから、頼みがある」


「それはありがたいが頼みとはなんだ?」


「韓王の甥を預かって、漢軍の元に行ってくれ」


「わかった。お前はどうする。漢王を怒らせたことがあると聞いているが?」


 自分が仲立ちしようかと言うと雍歯は首を振った。


「俺のことは知らせなくていい。俺はある男の元で働いている。その男を助けねばならん。じゃあこれが抜け道の地図だ。じゃあな」


 そう言って雍歯は去っていった。


「騒がしいやつだ」


 そう思いながら王陵は抜け道を通っていった。


 王陵が沛県にたどり着き、劉邦の妻・呂雉りょちと合流した。


「漢王はあなた方を招いている」


 しかし、呂雉は従おうとしなかった。


「奥方様と漢王のお子たちでも来てもらいたいのだ」


 呂雉は複雑な心境であった。正直、今更自分たちを招くというのが納得がいかなかったのと、


(あの人はいつの間にか手の届かないところに行っている)


 彼女はだらしない夫の姿を呆れながら見つつ子供たちと過ごせれば良い。そんな小さな幸せだけを願っていただけに夫が王になったという事実に対して複雑であったのだ。


「今まであなたの招待しなかったのは、あなたを招く準備が整わなかったからだ。どうか来てもらいたい。王はあなたに会えることを心待ちにしておられます」


 王陵は頭を下げた。


「わかりました。子供たちと共に参りましょう」


「おお、よくぞご決断くださった」


 王陵は劉邦の父たちの護衛の兵を残して、呂雉と劉邦の子供たちを連れて劉邦の元に戻ろうとした。その道中、楚の使者がやって来た。


「見つかったが……使者をよこすというのはどういうことだ?」


 彼はそう思いながら楚の使者に会った。そして話を聞き、驚いた。


「なんだと、貴様ら」


 王陵は楚の使者を睨みつける。


「私の母を捕らえるとはどういうことか」


「引き渡してもらいたければ、漢王の家族を引き渡せ」


「貴様」


 彼は怒鳴りつけそうになる自分を抑え、使者を母の元に出すと告げた。


「先ずは母の身の安全を確かめさせてもらう。話はそれからだ」


「承知しました」


 王陵の母は現在、斉に向かって北上中の項羽の軍中にいた。


 彼女をを捕らえたのは虞子期ぐしきの考えのもとである。


「王陵という者が漢王の妻と子を連れて行っているそうです。王陵の母を人質に王陵に引き渡すように迫るとしては如何でしょうか?」


 范増はんぞうは反対したが、項羽は興味が無いのかあっさりとやってみよと言った。


 王陵の母は楚の兵がやってくると特に抵抗もせず、にこにこした表情のまま同行に応じた。項羽は彼女を丁重に扱った。


「これはこれは彼の豪傑であります項羽様にこのようなもてなしを受けるとはありがたいものです」


 そこに王陵の使者が項羽の軍中を訪れた。項羽は虞子期の勧めで、王陵の母を東に向いて座らせ(東を向く位置は上座になり。王陵の母に敬意を示すことになる)、王陵を招くために使者を説得させようとした。


 しかし王陵の母は使者に会うと目を見開き、使者を自ら送り出すと言って立ち上がり、使者を陣幕の外に出させると泣いてこう言った。


「私のために陵に言葉を伝えてください。善く漢王に仕えなさい。漢王は長者ですので、最後に天下を得ることができるのは漢王でしょう。私のために二心を抱いてはなりません。私は死をもって使者を送ります」


 王陵の母は使者の剣を抜くとその剣に伏せて死んだ。


「おう、見事な老婆だ」


 陣幕から出てきた項羽はそう言った。


 王陵の使者は慟哭しつつも彼女の言葉を伝えるため走り出した。


「ここから逃げれると思ってるのかねぇ」


 虞子期は皮肉気味に言うと項羽が手を挙げた。


「逃がしてやれ」


「いやいや逃がすべきではないだろう」


 何を言っているだこの男はと思いながら虞子期が止めようとすると項羽はそれを聞き流す。


「先ずはこの老婆を釜茹でにする」


「死んでいるのにですか?」


「そうだ」


 ありえないものを見るように虞子期は項羽を見る。やがて王陵の母は亨(釜茹で)に処された。


「釜より出る湯気はまるで魂が天涯に登るように見えないか?」


 項羽はそのようなことを虞子期に言った。


「さあ?」


「お前の魂は果たしてあのように天涯にいくことはできるだろうか?」


 虞子期は内心、冷や汗をかく。項羽はからからと笑い、虞子期の肩を叩いて陣幕に戻っていった。


「ありゃあ一体何なんだ?」


『ああ、皆、あの項羽に振り回されていますわ。ああ、おかしい。滑稽なこと』


 虞姫ぐきに言われた言葉を思い出し、彼は舌打ちした。









 王陵の母の最後の言葉とその死は王陵の元に伝えられた。


「ああ、母よ。不肖の息子でありましたこの陵は、母のお言葉心に刻みましたぞ」


 王陵は呂雉と子供たちを項羽に差し出すことなく、劉邦の元に届けた。


「王陵、よくやってくれた」


 劉邦は王陵の苦労を称えると共に王陵の母の死を悲しんだ。


「すまなかった」


「謝ることはない。母は母の正義を貫いただけに過ぎん。母が漢王が勝利すると言った。私は漢王の勝利のために尽力するだけだ」


「感謝する」


 一方、連れてこられた呂雉は困惑した。


(本当に夫は王になった……)


 現在の夫と過去の夫ではあまりにも立場が違う。そのことの理解が彼女の中で追いついていない。そういう時に劉邦は彼女と深く話すことなく、部屋に案内したらさっさと仕事に戻ってしまった。


 その後の生活は彼女にとってとても息苦しいものとなった。夫が王となったことで本来、正室というべき呂雉には王の妻としての振る舞いを求められるが、彼女は普通の人よりも身分は上だがそのような振る舞いがいきなりできるほど彼女は器用ではない。


 どちらかと言えば、彼女は不器用な方である。彼女の不幸は蕭何しょうかは巴蜀の方におり、礼儀などを教えられるであろう儒教面子は呂雉のことをよく知らず、沛県の仲間たちはこのようなことに知識のある人間がいなかった。


 こういう精神状態の時、劉邦は積極的に彼女に話しかけるべきであったが、劉邦は夜になっても彼女の元を訪れなかった。


(きっと別の女のところに行っているんだわ)


 これは彼女の勘違いで実際のところ劉邦は関中を制圧して大忙しになってしまっていた。しかしながら劉邦に配慮が足りなかったのは事実である。


 数日して呂雉は子供たちを連れて帰ると言い出した。


「まてまて、帰るな」


 劉邦が止めようとしたが、彼女は断固として帰ると主張した。


「困ったものだ……」


 ああなると話を全く聞いてくれなくなるのが彼女である。


「どうしたものか……」


 王陵の覚悟を無駄にしてしまうが、彼女はこうと言ったら曲げないため、ここは帰すしかないだろうと思いながら酒を飲むとその杯の底に「肥」の文字が見えた。


 目をこするとその文字は消えていた。


「見間違えか?」


 そう思いながら妻の護衛をどうするのかを考え始めた。


か……」


 王陵は今回の一件でもう任せるのは難しい。それ以外に融通が聞くとなると限られていく。


「任せてみるか」


 劉邦は劉肥りゅうひを呼んだ。


「私が奥方様の……護衛ですか……」


 複雑な表情を浮かべる劉肥に劉邦は、


「複雑な気持ちになることはわかっている」


 バツが悪そうにしながらも言った。


「このようなお前には言えた義理ではないが……お前にはえいの良き兄であってもらいたいと思ってる」


 劉肥は目を細める。


「陛下の命令ならば、それを聞くのみです」


 劉肥はそう言うと劉邦の部屋を出た。


『お前にはえいの良き兄であってもらいたいと思ってる』


 父の言葉を思い浮かべるとわなわなと拳が震えるのを感じる。


「今更……」


 黒い憎悪が溢れそうになるのを我慢しながら彼は護衛の準備を始めた。





 



 




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