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鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第二部 楚漢戦争
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漢の大将軍

 滕公・夏侯嬰かこうえい(夏侯嬰は劉邦りゅうほうに従って滕令になったため、後に滕公とよばれるようになった)が裁判の担当を行うことになった。なにせ裁判を行う人材も少ないため、比較的小さな裁判を行うようになっていたのである。


 同じ罪で裁かれた十三人目が処刑されて韓信かんしんの番になった時、韓信は頭を挙げて天を仰ぎ見た。


 そこで彼は夏侯嬰が裁判を行っていることを知った。そこで彼はイチかバチかで言った。


「王は天下を得たいと思わないのか。なぜ壮士を斬ようというのか」


 夏侯嬰はこの言葉を奇異に思いながら韓信を見た。韓信は容貌は中々に整っている方である。


(ふむ、ここで斬る前に話だけでも聞いてみるか)


 夏侯嬰はそう思い、罪を保留として彼と話をしてみた。


(中々に才覚がありそうだ)


 あとあと見てみると韓信はあの新人研修を一発合格している。夏侯嬰は劉邦に報告した。すると劉邦は韓信を治粟都尉(穀物を管理する官)に就けさせた。


「くそが、なぜ私がこのような仕事をしなければならんのだ」


 韓信は内心罵りながら仕事を行った。


「ほう、中々に優秀だ」


 そう思ったのは蕭何しょうかである。


 ある日、各地に穀物の運搬を行うことになった。蕭何は均等に穀物の量と人員を整え、出発させようとした。その時、待ったをかけたのは韓信であった。


 彼は人員の量と穀物を運ぶ馬車を帰るべきと主張した。


「ほう、説明をもらえるか?」


 韓信はそんなこともわからないのかという目を蕭何に向ける。こういうところが韓信の嫌なところである。彼は地図を出した。


「こことこの地を結ぶ道は急勾配となっており、丞相の指示した人員とあのようないたって普通の馬車では期日までに着くことは難しいでしょう」


 韓信は地図に線を引き始めた。


「これ、何をするか」


「こことここの道であれば、大量の物資を運びやすくなります。ここの道は狭いながらも物資の移動に関しては移動させやすいところです。この道は騎馬を使うには中々に良い道です。もし敵が来るとすればこことこの場所に置くでしょう」


 そんなことを指摘しながら地図を細かく線を書いていく。


(こやつは……)


 韓信の言動を聞いていて、事務処理のできる男であると同時に彼の穀物運搬の発送が軍事的な視点を持って、言っている。


(軍事的な視点で食料の運搬を……)


 今まで劉邦の軍は食料の運搬に関しても蕭何に丸投げしていた。常に食糧不足にならずに戦えていたのは彼のおかげである。

 

(軍事における逸材だろうか……)


 ここで韓信を軍人として推薦すると負担が……


(まあ良い研修を一発合格したのはこやつを含めて二人いるもう一人いれば十分であろう)


 そう思い、蕭何は韓信を推薦する時を伺うことにした。












 漢王となった劉邦は王として報告書を読む程度のことはする。


「まだお仕事ですの。陛下?」


 そう言って近づいてきたのは、戚夫人せきふじんである。彼女は定陶の人で、そこを通った時に劉邦が拾ってきた女性である。


 上体を後ろに大きく反らす楚舞を得意を得意で劉邦の寵愛を一心に受けている女性である。


「はあ」


「どうなさいましたの陛下?」


「いや、なに脱走兵が多くてな」


 劉邦が南鄭に入った時、諸将や士卒は皆、東に帰りたいという思いを詩にして歌い、多くの者がその道中で逃亡していた。


「陛下」


 そこに男が入ってきた。背が高く、小太りの男である。名は張蒼ちょうそうという。


 書を好み律暦に詳しいことから、秦の時代においては御史となり、四方からの文書を司っていた。しかし何かしらの罪があって逃亡し、故郷に帰っていたところ劉邦が陽武を通過した時に劉邦の客となって南陽攻めに参加した。


 人材不足により、武官として参加していたが、そこで罪があって斬刑にされそうになった。しかしそんな彼を只者ではないと感じたものがいた。助太刀できていた王陵おうりょうである。


 王陵は沛県の豪族で飾り気がなく直言を好む人物であった。かつては劉邦も王陵を兄として仕えていたことがあった。


 劉邦が挙兵し咸陽を落としたころ、王陵は数千の兵を集めて南陽に割拠し、劉邦に従おうとはしなかったが、漢王となると劉邦に従うようになった人である。


 そんな彼が庇ったため張蒼は許された。


 その後、漢王になった劉邦について言ったあと、蕭何の新人研修を一発合格して、こうして文官としての職務に従事していた。


「どうした?」


「蕭丞相がいません」


「はっ?」


「蕭丞相がいません」


 劉邦は書簡を落とし、左右の手を失ったかのように動揺した。


 一二日してから蕭何が縄でくくりつけている韓信を適当なところにおいて、劉邦に謁見した。


 蕭何が帰ってきたと聞いて、思わず笑みが溢れそうになる表情を隠して劉邦は怒鳴った。


「汝が逃亡したのはなぜか」


「私に逃亡などできません。私は逃亡者を追っていたのです」


「汝が追ったのは誰か?」


「韓信です」


 劉邦は眉をひそめながら再び怒鳴った。


「諸将の逃亡者は十を数えるにも関わらず、お前は誰も追わなかったではないか。韓信如きを追ったというのは嘘であろう」


 しかし、蕭何は反論した。


「諸将は得やすいものの、韓信のような者は国士無双というべき人物は中々おりません。王が長い間、漢中の王でいたいというのであれば、彼を使う場所はありません。しかし天下を争いたいと思うのであれば、彼でなければ共に事を計れる者はいません。王がどのような決断を選ばれますか?」


「私も東に帰りたいと思っている。どうして鬱鬱としたまま久しくこの地に居られようか」


「東に帰ることを方針とするのであれば、韓信を用いるべきです。彼を用いることができれば彼は留まりましょう。彼を用いることができなければ、いずれ逃亡してしまいます」


 蕭何がこれほど人を勧めるのは珍しいと思いながら劉邦は同意した。


「良かろうは汝のために彼を将にしよう」


 蕭何は首を振った。


「たとえ将に任命したとしても韓信は留まらないでしょう」


「それなら大将軍にしよう」


 この気前の良さが劉邦の良いところである。


「喜ばしいことです」


 劉邦はすぐに韓信を招いて大将軍の任務を与えようとした。


 しかし蕭何が止めた。


「王はかねてから驕慢で礼がありません。今、大将軍を拝命するにも、小児を呼び出す時の態度と同じようなものでされようとしています。これだから韓信は去ってしまうのです。王が彼を大将軍に任命したいのなら、良日を選び、斎戒を行い、壇場を設けて礼を具えなければなりません」


 劉邦は同意した。


 諸将の間で、大将軍が任命されるという噂が流れた。


 皆、自分こそがその資格があると信じて喜ぶ中、儀式で名を挙げられたのは……


「漢の大将軍は韓信とする」


 全軍は驚愕する中、韓信は大将軍を拝命し、漢軍を指揮することになった。


 未だ無名の男・韓信。彼の戦がここから始まろうとしていた。




 



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