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鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第二部 楚漢戦争
54/126

裏をかく

 陳平ちんぺい張良ちょうりょうの捜索のため、龍且りゅうしょの元に出向いた。


「今、張良捜索のための範囲はこのようになっている」


 龍且が地図を示してきた。


(細かい)


 相当な範囲を細かく徹底的に調べられている。


「何か意見はありますかな?」


「いいえ、とても細かく調べられており、これならば私など必要が無いように思えるほどです」


(これは手を抜くというのは難しそうだ)


 陳平がそう思っていると龍且は頷き言った。


「それでも未だ張良を捕らえることはできていない。あなたの意見もお聞きしたい」


「そうですね。私が張良であれば、陽翟に向かい、韓王の甥を保護すると思いますが、如何でしょうか?」


「陽翟に向かう複数の道にも人をやって監視させているが、まだ張良の姿は確認できていない」


(なるほど)


「陽翟にいる韓王の甥はどうですか。まだ居ますか?」


「そのことだが、姿を消したと報告にある。恐らく張良の手下の者が動いたと思われる。雍王らにそのことを伝え、劉邦との交通を監視させている」


(張良は雍歯ようしを使ったな)


 そう思っている陳平は彼がどう動こうとしているのかだいたいわかった気がした。


「そうですか。ならばその監視を更に強める方がよろしいと思います」


 すると龍且はその言葉に目を細めた。


(この反応は……)


「なるほどわかりました。そのように手配しましょう」


(信用されていないようだ)


 ならばなぜ、私に張良捜索の命令をだしたのかという話になるが、


(張良と接触させるためか)


 張良の居場所はわかってはいないが、張良と内通している人物はいると予想している范増は自分を疑い、その動きを見ているわけだ。


 それにしても龍且にその判断を図るための役割を与えるのはどうなのか。


(表情が顔に出やすいではないか)


 それならこちらも考えがある。


「恐らく張良は韓王の甥が劉邦りゅうほうと合流することを優先させようとして、恐らく北上して、斉の辺に逃げ込み、我々の目をそちらに向けさせて韓王の甥の亡命を助けようとしているのではないでしょうか?」


「自らの危険を晒してまでもか?」


 龍且の問いの浅はかさを感じながら陳平は言った。


「張良は韓に対して忠誠心のある人物であり、韓を滅ぼした秦を打倒し、再興させることを目標として見事成し遂げた人でございます。韓王・せい無き今、残された韓王の甥を守りぬくことを張良は考えているはずです。そもそも最初の時、張良を暗殺しようとして逃げられて、韓王・成を殺害したのは、人質にしても張良が韓王の甥を擁立して損切りを防ぐためでした」


 陳平は龍且が自分を信用していないことを理解している。そのため感情を込めながら続けてこう述べた。


「個人的な意見になりますが、范増殿を始め、皆、張良のことに対して主眼を置きすぎであると思われます。張良にばかり目を向けていますと下手なところで躓く可能性があります」


「張良は劉邦と協力する危険な人物だ。彼を始末すれば劉邦の翼をもいだも同然だ」


「その通りではありますが、あまりにも張良の方ばかり見ておりますと、失敗をすると申し上げているのです」


 感情的に話す陳平を見ながら龍且は静かに頷く。


「わかった。そのことも念頭において考えてみよう」


 そう言って彼は退席した。


「これで大丈夫だろう」


 陳平はそう呟いた。










「陳平は必死に張良を庇おうとしているように見えました」


 龍且は范増にそう説明を行った。


「言葉の一つ一つは実に感情を込められていまし、言葉には矛盾も見られました。彼は韓への忠義心があると張良を称しておきながら韓王・成を人質にした場合、損切りするだろうと申したり、忠義心という言葉を履き違えているのではないかと思いました」


 損切りに関しては范増も考えていた。そのため韓王・成を殺したのである。しかし、張良が韓への忠義心が厚いと言われると確かに違和感はある。范増からすれば、張良は劉邦のために動いている印象のが強いからである。


「なるほど、よくわかった」


 范増は虞子期ぐしきを見た。


「陳平は張良と接触したか?」


「いいえ、監視を続けていますが、接触している様子はありませんね」


「そうか……まあ、良いだろう」


 范増は咳払いする。


「最悪、張良が劉邦の元に逃れたとしても劉邦の元にいるあの者に張良が来たら斬るように命じておる。ここは今日の軍議で陳平を吊るし上げるとしよう」


「そうですな。そうしましょう」


 今日の軍議の内容は斉の田栄でんえいと趙の陳余ちんよが手を組んで、反項羽の動きを見せていることからの対応のための協議を行うためである。


 その軍議において項伯こうはくが進み出た。


「私の屋敷に張良が参りました。そこで彼を捕らえることなく、逃がしたことをご報告致します」


 彼は謝罪した。


「項伯殿の行為は重罪でございます」


 范増は毅然とした態度でそう述べた。しかし、項羽は、


「叔父上はお優しい方故、処罰は無いものとする」


 と言った。これには范増も項伯も驚き、


「それでは皆への示しがつきません」


 と二人は処罰を求めた。それでも項羽は処罰しなかった。


(項羽という男は甘過ぎる。まあ良い)


 そう思いながら范増は言った。


「その張良の件でございますが、実は我が軍に……」


 その時、陳平が立ち上がった。


「そうその張良でございますが、その前にご報告したいことがございます」


 范増は陳平を睨みつけたが、彼は無視する。


「報告とはなんだ?」


 項羽が問いかけると陳平は扉の方を指し示しながら言った。


「詳しい報告は彼からしてもらいます」


 扉が開き、兵がやって来た。


「報告します。蕭公角しょうこうかく(蕭公は官号もしくは蕭令)将軍が彭越ほうえつに敗れました」


 蕭公角は斉の田栄と結び、暴れる彭越討伐を命じられていた。


「この敗北したことの詳しい報告をお聞きください」


 陳平がそう言ったため、項羽が詳しい報告を兵に促した。


「説明致します。蕭公角将軍は命令通り、彭越の元へ進軍を続けておりましたが、その途中で張良が近くにいるという報告がもたらされました」


 軍議に参加している諸将はそれを聞き、ざわめく。


「蕭公角将軍はその旨をこちらへ伝えると共に張良の捜索を行いました。張良を捕らえることを全体に命じられていたためです」


 兵はそう述べて、一息つくと言った。


「しかしながらその隙を突かれて、彭越の奇襲を受けて軍は大破。敗北してしまったのです」


 兵は涙ながらにそう語った。続けて陳平は言った。


「この敗北は、私たちが張良を警戒しすぎたために招いた敗北と言えます」


 陳平は淡々と述べ始めた。


「張良を警戒し、彼を捕らえようと私たちが動いていることは、張良はもちろん知っております。故に彼は彭越と連携し、蕭公角への奇襲を行わせたのです」


 陳平は龍且はちらりと見た。


「龍且将軍、私は先日、あなたにこう申しました。張良は韓王の甥が劉邦の元に亡命しやすいように北上すると、どうですかな?」


「ああ、聞いた」


 すると范増はその話は知らないというような目を龍且に向けた。


(裏をかくということは逆張りをすれば良いということではないですよ)


 陳平はそれを見ながら内心、呟く。


(裏をかくということはどれだけ相手にこちらの意図を悟られないようにするかだ)


 龍且が陳平の言葉の全てを范増に伝えなかったのは陳平は己の言葉を感情的に述べたためである。感情的に述べた言葉は真実を話してもそれが真実であるように見せなくさせることがある。


「張良は始皇帝しこうていから逃げ切る際に己の名を宣伝しながら逃げ切った人です。このような手は彼の得意な手なのです。我々は張良を警戒するあまり、彼の存在ばかりに目を向けてしまっています。彼はそのことを利用しているのです」


「そうかもしれんな」


 季布きふがそう言った。


(よし、季布将軍の信用を勝ち取った)


 季布は高潔な人物であるとされており、彼の発言力は大きい。彼の発言によって自分への信用はある程度は回復しただろう。


「今回、張良は彭越の近くで自分の存在を明かして隙を作り、彭越と連携しました。恐らく次は田栄の元にいるというように公表し、我らを誘いかけることでしょう。そこで……」


 すると項羽が突然、立ち上がった。


「田栄を攻める」


 その発言に陳平は驚いた。


「いえ、王よ。最後までお聞きください。田栄の元にいると張良は公表し、我らを誘いかけ、後方の彭越を持って後方を荒らさせるつもりです。我々はその裏をかいて、彭越から潰し、田栄、陳余と順に潰し、天下を平定されるべきです」


「まだ、張良は田栄の元で己を公表していない」


 項羽は逆座から階段を降りていく。


「その隙を突いて田栄を破る。それに田栄という男はすぐに頭に血の登る男だ。そのような細かいことはできん。恐らく我らの北上を知れば、彼を壁として動かし対抗させるだろう」


「ですが……」


 そこで陳平は口を噤んだ。


(ここで下手に抵抗すると項羽の鶴の一声で私の首が飛ばされかねない。いや、ここでせっかく取り戻しつつある信用を失う可能性もある)


 明らかに自分を排除しようという動きがある。その動きの主導者は范増か。もしくは虞子期か。


(ここは項羽に従う方が良いだろう)


 本来であれば、すぐにもで張良と接触したいが、監視を受けている以上、それはできない。


(張良殿を信頼するしかない)


 ここまで張良を信頼して行動したのだ。ここでの信頼するしかないだろう。


(それで死んだら仕方あるまい)


 できることはやった。そう納得しようとしている時、


「陳平よ」


 項羽がいつの間にか自分の近くまで来ていた。そのことへの動揺を隠しながら彼は拝礼を行う。


「はい」


「お前の慌てた顔。初めて見たぞ」


 驚く陳平から項羽は目を離し、


「さあ、戦だ。戦の準備をせよ」


 と諸将に命じた。陳平はこの時、初めて項羽が不気味に見えた。



次回は有名な方の韓信のお話。

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