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鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第一部 動乱再び

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武神の鈍さ

 秦の王離おうりの軍が全滅してから、章邯しょうかんは棘原に駐軍し、項羽こううは漳南に駐軍した。双方対峙するだけで交戦はせず、秦軍はしばしば後退し、距離を保つながら楚軍が近づくという名将同士故の沈黙が起きていた。


 しかし、いつの時でも名将同士の戦に水を差すのが愚者である。


 胡亥こがいは人を送って章邯を譴責した。


 章邯は恐れて長史・司馬欣しばきんを派遣し、兵を送ってもらえるよう進言するのと説明を行おうとした。しかし司馬欣は咸陽についてから司馬門(宮城の外門)に留められ、趙高ちょうこうは三日に渡って引見せず、不信の心を示した。


 長史・司馬欣は恐れて軍に戻ることにしたが、ちょっとした勘が働いたのか。彼は来た道は避けて奔った。


 果たして趙高は人を送って追撃させたが、追いつくことはなかった。


 軍中に戻った司馬欣は報告した。


「事態はどうすることもできません。相国の趙高が中で政治を行って専国主断しており、下には能力がある者がおりません。今戦って勝利したとしても、趙高は必ずや我々の功に嫉妬するでしょう。しかしもし勝てなければ、死から免れることはできません。将軍はよくお考え下さい」


 つまりは降伏してしまう方が良いということである。しかし、章邯は秦を愛しており、戦場こそが己の生きる場所だと思っている。降伏することは自分の自尊心を含めて難しかった。


 すると陳余ちんよも章邯に書を送ってこう伝えた。


白起はくきは秦将として南は鄢郢を征し、北は趙括ちょうかつの軍を阬し(生埋めにし)、城を攻めて奪った地は数え切れません。しかしそれでも死を賜りました。蒙恬もうてんは秦の将として北は戎人を駆逐し、楡中の地数千里を開きましたが、陽周で斬られることになりました。なぜでしょうか。それは功が多ければ、秦は全てを封ずることができず、法を用いて誅しているからです。今、将軍は秦将になって三歳(三年)となりますが、亡失の兵は十万を数えているのに、諸侯の蜂起はますます増えています。あの趙高という男はかねてから阿諛する日々を送って久しく、今、事が急を告げるようになって二世に誅されることを恐れているのです。そのため法によって将軍を誅することで責任を塞ごうとするでしょう。禍から逃れるためにも、人を送って将軍と交代させるはずです。将軍は久しく外におり、内に多くの郤(間隙。対立)がございます。功があっても誅され、功が無くても誅されるのです。そもそも、天が秦を亡ぼそうとしていることは、愚者も智者も関係なく皆知っています。今、将軍は内に対しては直諫できず、外においては亡国の将になろうとしています。孤特(孤立)独立しながら常存(長存)を欲するとは、哀しいことではありませんか。将軍はなぜ兵を還して諸侯と連合し、共に秦討伐を約束し、地を分けて王となり、南面して孤(国君の自称)を称さないのでしょうか。身を鈇質(斧質。刑具)に伏して妻子が殺戮されるのと、どちらがましでしょうか」


 疑心を抱いた章邯は秘かに候(軍候)・始成しせい(始は姓、成は名)を送り、項羽と和約を結ぼうとした。しかし使者に会ったにも関わらず、項羽は和約を結ぶ前に蒲将軍を進軍させた。


 この時の項羽の心理はどういうことなのだろうか。章邯という名将と純粋に戦場で戦いたいというものなのか。それとも叔父である項梁こうりょうを殺した章邯を絶対に許さないということなのか。


 蒲将軍は日夜進軍して三戸(三戸津。漳水の渡し場)を渡り、漳南に駐軍して秦軍と戦った。秦軍はまた破れました。


「では、我々も進軍する」


(必要があるか?)


 将兵たちは皆、そう思った。項羽は全軍を率いて汙水で秦軍を撃ち、大勝した。


 これ以上の戦いは意味があるのか。相手は降伏すると言っている。しかもあの名将として知られている章邯がである。しかしながら項羽はなおも戦おうとしている。叔父を殺した恨みのために許さないという割には項羽の表情は怒りようなものを感じることができない。


 はっきり言って将兵に困惑が生まれており、范増はんぞうさえどう進言したら良いのか迷うほどである。


「羽よ」


 すると項伯が口を開いた。


「章邯は降伏しようとしているようだが、許さないのか?」


 しかし、項羽はもうひとりの叔父の言葉に対し、横目で見るだけで答えない。その反応に陳平ちんぺいが言った。


「今、章邯はあなた様に降伏しようとしています。その理由は……」


 陳平は丁寧に章邯がなぜ、降伏しようとしているのかをまるで子供に世の中の道理を教えるような口ぶりで説明を行った。


「そうであったか」


 そうこの時まで項羽はなぜ、章邯が降伏しようとしている意図が理解できていなかった。いや正確に言えば、する理由がわからなかったというべきであろう。


「では、次に降伏を伝えてくれば、許すとしよう」


(今、許せば良いのではないのか?)


 なぜわざわざ章邯の反応を待つ必要性があるのか。もしかすれば章邯の考えが急変するとでも考えているのか。それならば時間を空ける方が、よっぽどその可能性が高まるではないか。


(戦場における武神としての項羽と今の煮えきれない項羽の違いはなんだろうか)


 一言で言えば、鈍い人であるというべきだろうか。歴史上でこの鈍さを比較するならば、趙盾ちょうとんが近いかもしれない。趙盾も人の感情に鈍さを持っている人であった。


 しかしながら戦場においては項羽にはこのような鈍さが無い。不思議な人である。


 章邯は盟約を結ぶために改めて使者を項羽に送って来た。すると項羽は、


「食糧が少ないから約を聴こうと思う」


 と言った。ますますわかりづらさが出てきたというべきであろう。章邯が降伏しようとしたら許そうと言っていたではないか。それでわざわざ後付けで理由を付けなくても良いはずである。


 しかもここで食料のことを持ち出してきたのが理解できない。事実であるとはいえ、弱みを見せることにもなるからだ。


「項羽という人は変なところが抜けている」


 陳平はそう呟いた。


 項羽は洹水南の殷虚(殷墟。商王朝の都)で盟を結ぶ約束をした。盟が結ばれてから、章邯は項羽に会って涙を流し、趙高の罪を訴えた。


 その様は英雄の姿ではなく、敗戦の老将の姿であった。


 項羽は哀れんだのか。章邯を雍王に立てて楚の軍中に置き、司馬欣と董翳とうえいを上将軍にし、秦軍を率いて先行させることにした。


 秦の最高戦力というべき章邯が下った頃、秦では大きな混乱が起きようとしていた。


 



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