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鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第一部 動乱再び

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酈食其

 劉邦りゅうほうは北上してから西に進み、が昌邑を攻撃した。そこで一人の男と出会った。男の名を彭越ほうえつという。


 彭越は昌邑の人で、かつては鉅野の沢で漁業をしており、群盗になった男である。


 陳勝ちんしょう項梁こうりょうが挙兵した時、沢の付近に住む若者百余人が集まって彭越に従い、


「仲(彭越の字)が長になってください」


 と頼んだ。


 彭越は辞退し、


「なりたくない」


 と答えたが、若者達が強く求めたため、ついに同意した。


 彭越は若者達と翌日の朝日が出る時間に会う約束をし、遅れたら斬ると宣言した。


 翌日、日が昇ってから十余人が遅れて来た。最も遅い者は正午になってやっと現れるという有様であった。


 彭越が断ってからいった。


「私は老いたが諸君が強く求めたから長になったのである。今回、期限を決めたにも関わらず、多くの者が遅れて来た。しかしながら全てを殺すわけにはいかないから、最後の一人を誅殺することにする」


 彭越は校長(一校の長。校は軍制の単位)に処刑を命じた。集まった人々は笑って言った。


「そこまでする必要はない。今後、改めさせて欲しい」


 しかし、彭越は一人を連れ出して斬首した。その後、壇を築いて祭祀を行い、徒属に号令を下した。


 人々は皆、驚愕して目を合わせることもできなくなった。


 これにより彭越は人々を従わせると周辺の地を攻略し、諸侯の散卒を集めて千余人を得た。


 劉邦に遇うと彼は協力を申し入れて、昌邑を攻めた。


 しかしながらどうにも昌邑を攻略できなかった。できなかったというよりは彭越から離れたくなったのではないだろうか。ともかく劉邦は兵を率いて西に移動し、高陽を通過した。


 高陽には酈食其れきいきという男がいた。家が貧しくて落魄(志を失っている様子)したようで、里の監門(門を監視する小吏)を勤めていた。


 沛公の麾下(部下)の騎士で酈食其と同じ里の者がいた。そのことを知った酈食其が会いに行って言った。


「諸侯の将で高陽を通った者は数十人もいたが、私が見たところによると、それらの将は皆、握齪(狭量)で苛礼(煩雑な礼)を好み、自分こそが正しいと信じて大度の言を聞けなかった。私は沛公が傲慢で人を軽く見るが大略(遠謀。抱負)が多いと見た。これはまさに私が従游したいと思っていた人物である。しかし紹介してくれる人がいない。そこで、汝が沛公に会ったらこう言って欲しい。『私の里中に酈生という者がおり、年は六十余で身長は八尺ほど。人は皆、彼を狂生と呼んでいるが、酈生は自分で「私は狂生ではない」と申している』と」


 すると騎士が言った。


「沛公は儒者が嫌っており、諸客で儒冠を被った者が来ると、沛公はいつも冠を解かせてその中に小便をするのです。人(儒者)と話をする時もしばしば大声で罵っておられる。だから儒生として話をしに行くべきではない」


 例外を上げるとすれば、陸賈りくかであるが彼は逃げ足が早く、そのような目に会う前にさっさと逃げるため、被害を受けたことがない。


 酈食其は、


「あなたはただそう伝えればいい」


 と言った。


 騎士は彼に言われた通り、いつもと変わらない様子で劉邦に話した。


 劉邦は高陽の伝舍(旅舎)に入ってから人を送って陸賈を招いた。


(流石は沛公)


 酈食其はそう思いながら入謁すると劉邦はちょうど寝床に座って二人の女子に足を洗わせていた。そして、そのまま酈食其を引見した。


 部屋に入った酈食其は長揖するだけで拝礼せず、こう問うた。


「あなたは秦を助けて諸侯を攻めたいのでしょうか。それとも、諸侯を率いて秦を破りたいのでしょうか?」


 劉邦は罵った。


「豎儒(愚かな儒者)よ。天下が共に秦を苦として久しいために諸侯が互いに兵を率いて秦を攻めているのだ。なぜ秦を助けて諸侯を攻めるなどと言うのか」


 しかし、酈食其には胆力がある。


「徒を集めて義兵を合わせ、無道の秦を誅したいと申されるのであれば、そのような傲慢な態度で長者に会うべきではない」


 酈食其の言には力強さがあった。その力強さに劉邦は心動かされ、足を洗うのを止めて立ち上がり、衣服を整えた。そして、彼を上坐に招いて謝罪した。


 謝り上手というべき劉邦の謝罪に対し、酈食其は満足そうに頷くと六国縦横(戦国時代の故事)を語った。それを聞いて喜んだ劉邦は彼のために食事を準備させた。


 劉邦が問うた。


「今後の計はどうするべきだろうか?」


「あなたは糾合の衆を起こし、散乱の兵を収めましたが、一万人にも達していません。これで強秦に直接入ってしまえば、虎の口を探るのと同じです。陳留は天下の衝(要衝)で四通五達の郊(地区)です。今、城中には多数の粟(食糧)が蓄えられております。私は陳留の令(県令)と仲がいいため、あなたは私を使者に命じて派遣してください。もしも陳留令が私の言を聞かないようであれば、あなたは兵を率いて攻撃してください。私が内応しましょう」


 酈食其は陳留に向かい、劉邦は兵を率いて後に従った。酈食其の策は成功して陳留は劉邦に降った。これにより劉邦は秦が蓄えていた食糧を得ることができ、酈食其を大いに褒めた。


 この後、酈食其は広野君と号することになる。


 酈食其には酈商れきしょうという弟がおり、当時、若者を集めて四千人を得ていた。兄が従っていることを知ると酈商も沛公に帰順した。


 筋骨隆々というわけではなくほっそりとした人で、酈食其のようなアクの強さを感じさせない人である。


(真面目そうなやつだなあ)


 劉邦は彼を見てそう思った。一方で四千人もの若者を集めていることから将として使いそうだと思い、酈商を将に任命し、陳留の兵を指揮させることにした。酈食其にはしばしば説客として諸侯を訪問させることにした。


 段々と劉邦の元には人材が集まりつつあった。

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