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鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第一部 動乱再び

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志を示す時

大変遅くなりました。

 劉邦りゅうほう張良ちょうりょうのことを知ったのは秦の世になり、幼い頃からの友人である蕭何しょうかに誘われ官職についたが、やる気もなくだらだらと過ごしていた頃である。


「あの始皇帝しこうていを暗殺しようとしたのか」


 彼はそのことに大いに驚いた。劉邦が憧れた人物は信陵君しんりょうくん楽毅がくき孟嘗君もうしょうくんである。三人は男としての矜持の素晴らしさと大きなことを成し遂げた男たちであるとして、彼は憧れた。


 しかしながらその三人は既に世を去った人物である。そんな中、大きなことを成し遂げた男がまた一人世に現れたのである。更に張良の凄いところはあの始皇帝から見事に逃げ切ったことである。


「今の世の中にもあんな男がいるのか」


 劉邦は張良のように大きなことをしたいと思いながらもできない自分に苛立ちながら過ごした。


 やがて陳勝ちんしょう呉広ごこうの乱が起きた。その乱によって劉邦は人々の支持を受け、沛公となった。


(大きなことをやってやる)


 劉邦はそう意気込み、自らの勢力を広げるため兵を動かしていった。今から思えば、その時の劉邦には自分の手で何もかもをやり遂げているという傲慢さがあったように思える。その結果、雍歯ようしと豊の人々に裏切られた。


 そのことに悲しみ、結局、自分はその程度の男でしかなかったと思い始めていた中、張良と出会った。


 張良の容貌を見て、始皇帝を暗殺しようなどと考えるような男には見えなかったが、その双眸には確かに修羅場を掻い潜ってきた男の目があった。


(ああ、この人が)


 憧れていた人が今、生きて目の前にいる。それは感動となり劉邦は身体を震わせた。会えた時、どんな話をしようかと考えていた劉邦だったが、改めて張良の姿を見て、


(よく、生きて逃げ切って見せたものだ)


 と思った。そして彼の後ろには配下と思われる男たちがいる。また、こうして彼らを率いてこんなところにいるということは秦打倒のために再び戦おうとしているということである。いや、彼は以前から戦い続けてきたのだ。陳勝よりも先に、始皇帝が生きている時から……


(ああ、なんと俺は情けないのか)


 この人の苦労に比べたら自分の苦労などあまりにも小さい。


(そうともこの人は誰よりも先に秦打倒の旗を掲げ戦い続けてきたのだ)


 そう思った劉邦は彼の苦労の大きさを思い、泣いた。


「よくぞ生きてこられた」


 ここまで生きてそれでも戦い続けようとする張良こそが男というものであろう。


蕭何しょうか、蕭何。宴だ。宴を用意してくれ、張子房殿をもてなすぞ」


「今からか?」


「そうだ」


 劉邦の注文に蕭何はため息をつきつつも内心では、劉邦の明るさが戻ったことを喜び、頷いた。


「さあ、張子房殿。ささやかですが、宴をさあ」


「えっ、いや私は」


 張良の手を引き、劉邦は宴だ。宴だと言って、彼を案内して上座に座らせようとする。


「さあ、ここに座ってくだされ」


「いえ、沛公。私は」


「一人が嫌ですのなら、私と一緒に座りましょう。そうしましょう」


 劉邦は強引に張良を上座に座らせ、その隣に自分も座った。そして酒が運ばれると自ら張良の杯に酒を注いだ。












(強引な方だ)


 張良は酒を注がれながらそう思った。


『よくぞ生きてこられた』


 先ほど言われた劉邦の言葉を彼は思い返す。あの言葉はまるで今までの自分の苦労したことに対し、褒められた気がした。


(この人の言葉を聞くために私は生きてきたのではないか)


 そう思えるような感動が彼の中にはあった。


「張子房殿。あなたは景駒けいくの元に向かおうとしているのでしょうか?」


 劉邦がそう問いかけてきた。


「そうです」


「やはり、私たちも兵を借りるため行こうとしていたところだったのです」


「そうでしたか」


 張良の前で劉邦は頭をかくと言った。


「実は恥ずかしい限り、裏切りにあいまして」


「豊での一件ですね」


「ご存知でしたか」


 劉邦は驚きつつ張良に言った。


「その豊の守りを任せていた者は信頼していた男でした。しかし、結果として裏切られることになった。それはどうしてなのでしょうか?」


 その問いかけに張良は、


「詳しい話の流れを教えてください」


 と言った。劉邦は喜んだ。張良が真剣に劉邦の疑問に答えようとしているからである。その屈託のない笑顔を覗かせる劉邦を見て、張良は目を細めた。


(久しぶりにこのような笑顔を見たような気がする)


 それほどに張良は苦労してここまで来たと言って良いだろう。彼からすれば今、秦打倒を掲げている者たちの今までの苦労に対して甘いと言い切れるほどにこの人は苦労してここまで来たのである。


 話を聞いて張良は推測ではあることを事前に伝えた上で言った。


「恐らく沛公の行動にわかりづらさが生じ、そこを魏に漬け込まれたのだと思います」


「どういうことでしょうか?」


「つまりはこうです」


 劉邦は沛県の父老の支持を受けて独立を行った。しかし、その父老が彼を支持したのは県令が陳勝に従おうとしたことに対しての反感の持ったためである。


「だが、俺には不思議なことがあって~とか言っていたぞ」


「おべっかに決まっているだろう」


 蕭何が劉邦の言葉に言った。


 しかしながらその支持を受けた劉邦は陳勝のように己の勢力の保持に努めて鼓動を行った。


「沛県の守備のためなんだがな」


「そうは見えなかったという話だ」


 更に劉邦は魏の領域にまで近づく勢力の広げ方をした。


「ここであなたを支持を者たちの中で疑心が生まれました。つまり劉邦は陳勝のように秦に対して反旗を翻すように動いているように見えたのです」


 沛県やその周辺の人々は秦に対抗する勢力になろうという意識は薄かった。ただこの混乱を県令では自分たちを守りきれないと思ったために劉邦を支持したのである。


「そこで魏の使者は豊を守っていた……確か雍歯という方ですね。その方にこう囁きます。『劉邦は己の我欲を持って、民を惑わせようとしている。劉邦の道具になるために支持をしたわけではないはず。あなたが民の思いを汲み取り、劉邦に反旗を翻すべき』と、また魏であればここを潰すことができるということも言えば、あなたを裏切らせるのは動作もないことでしょう」


 こう考えてみると劉邦の状況を詳しくそれもはっきりと見抜いた人物が魏にいるということである。側目から見ると劉邦は確かな支持を受けて独立したように見えるにも関わらずである。


「なるほど。俺はわかりづらかったか。一様、皆のためにやったことだったのだが……」


「どれほど人のためと言ってもそれが上手く伝わらないことがあるものです」


 張良は続けてこう言った。


「しかしながら悪いことばかりではありません」


「どういうことだろうか?」


「あなたは確かに豊の人々に裏切られた。しかし、それは他の地にまで連動したものではありません」


 本当の意味で劉邦を見限っているのであれば、もっと動揺が広がっているはずである。


 劉邦は蕭何を見た。


(蕭何のおかげだ)


 蕭何は雍歯が豊と共に反旗を翻した時、自分が豊を攻めることだけを考えていた中、動揺を抑えるように根回しを行っていたのは蕭何であった。


(結局、俺だけの力じゃここまでこれなかったはずなのに)


「俺はどこか傲慢だったのかもしれない」


 張良は劉邦の言葉に目を細めた。


「張子房殿。俺は……どうすれば良いと思う?」


「志を明確になさるべきです」


「志を?」


「そうです」


 今の劉邦の行動にはわかりづらさがある、支持する者たちから見て、劉邦が何をしたいのか。どうしたいのか。どのように自分たちを守ろうとしているのか。それがわからない。


「俺の志か……俺は天下に名を上げようと思っている」


 そうかつての信陵君らのように名を天下に示すのである。


「そして、同時に……」


 劉邦は周りの者たちを見回し、


「こいつらに良い思いをさせてやりてぇ」


 そう言うと彼は立ち上がった。


「だからこそ俺は秦を倒す。俺は秦には恨みはねぇが、秦の政治が間違っているぐらいのことは俺でもわかる。あのまま続くよりも倒した方が良い時代になる。そう思う。だから秦を倒す」


「よっしゃ兄貴。俺は兄貴に従うぜ」


 樊噲はんかいがそう叫んだ。すると他の者たちも賛同の声を上げていく。


「だから張子房殿。いや敢えて張良殿と呼ばせてくれ。一緒について来てくれないか?」


 劉邦は張良を見据える。


「俺は秦を倒そうと思う。だが、倒し方がわからねぇ。あなたの話を聞いて人を率いる難しさっていうものを学んだつもりだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()、そのためにもあなたの力がいるんだ」


 張良は彼の言葉に驚いた。秦が倒れた後のことを劉邦がこの場で考えようとしているということにである。


(果たして今の世の中でそう考えている者がいるだろうか)


 そう考えた時、ふとこの人こそが王者になる人ではないかと思った。そして、自分は王者の師となるのである。


(まさかな)


 そう思いつつも彼は劉邦に付き従うことにした。


「わかりました。この張良、あなたの元にいることにしましょう」


「おお、感謝します」


 こうして張良は劉邦に従うことになった。











「やっとこの時が来た」


 黄石こうせきは彼らの様子を遠くから眺めながら満足そうに頷く。


「見たいものを見れたな」


 そろそろ自分は退場の時である。そう思っているとふと、劉邦の軍に近づく剣を背負った青年がいるのが見えた。そして、その青年に黄石は見覚えがあった。


「守護神の父となる者か」


 黄石はそう呟くとその場から消え、青年の前に現れた。


「ば、化物か」


 青年は背の剣を抜き構えた。


「化物とは聞き捨てならないが……青年よ名は?」


「お前に名乗ってどうする?」


「良いから答えよ」


 青年はじっと黄石を見つめ、言った。


劉肥りゅうひ


 後に漢王朝の守護神となる劉章りゅうしょうの父となる男であり、劉邦の息子である。




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