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鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第一部 動乱再び

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邂逅

遅くなりました

 武臣ぶしんが殺され、邯鄲を逃れることになった張耳ちょうじ陳余ちんよが散兵を集めた。元々名声のある二人は数万の兵を得ることができた。


 二人は邯鄲にいる李良を攻撃した。李良は敗走して章邯しょうかんに帰順した。


 ある客が張耳と陳余に言った。


「両君は羇旅(外地の人)ですので、趙人を帰心させたいと考えても、二人だけでは困難です。趙の後代を立てて誼(義)によって補佐すれば成功できましょう」


 二人は趙歇を捜し出した。


 趙歇は趙王の子孫であるとのみ史書に書かれどの趙王の子孫であるかは不明である。


 正月、張耳と陳余が趙歇を趙王に立てた。信都が拠点となった。


 その頃、東陽の甯君ねいくん(君は号)と秦嘉しんか陳勝ちんしょうが破れたと聞いて景駒けいくを楚王に立てた。


 甯君と秦嘉は兵を率いて方與に向かい、定陶で秦軍を撃とうとした。そこで公孫慶こうそんけいを斉に送り、協力して共に進攻するように求めた。


 しかし斉王・田儋は、


「陳王(陳勝)は戦に敗れて死生もわからないと聞いている。それにも関わらず、楚は斉に意見を求めずに王を立てたのか」


 公孫慶は反論した。


「斉も楚に意見を求めずに自ら王に立たれました。それにも関わらず、楚がなぜ斉に意見を求めてから王を立てなければならないのでしょうか。そもそも楚が首事したのです(先に挙兵しました)。楚が天下に号令するのは当然のことではありませんか」


 田儋は公孫慶を殺した。はっきり言って、公孫慶の言の方が正しさがある。


 秦の左・右校(左・右校尉)が再び陳を攻めて攻略した。呂臣は逃走しましたが、散兵を集めて番盗・黥布げいふこと英布えいふと合流した。英布は六(地名)の人で、法に触れて黥刑に処されたため黥布と呼ばれた。


 英布は刑徒として驪山に送られたが、驪山の徒は数十万人おり、英布はその中で徒衆の長や豪桀と交わった。やがて曹耦(同類。仲間)を率いて逃亡し、江中で群盗になった。


 番陽令(県令)・呉芮は江湖の間で民心を得ており、番君と号していた。英布は数千人に膨れ上がった徒衆を率いて呉芮に会いに行くと、呉芮は娘を彼に嫁がせて秦軍を攻撃させた。そのため英布は「番盗」と呼ばれるようになったのである。


 呂臣と英布は秦の左・右校を攻めて青波で破り、改めて陳を奪還した。


 




 



 




 雍歯ようしに裏切られてから劉邦りゅうほうは意気消沈とした様子であった。そんな彼の元に陳勝ちんしょうの死と東陽で甯君と秦嘉が楚王・景駒を立てて留(地名)に居ると伝えられた。


「陳勝が死んだか……」


 明らかに秦打倒の勢いが弱まりつつある。


「どうする沛公?」


 蕭何しょうかがそう尋ねたが、劉邦は特に反応をしない。


(このまま泥沼に沈んでいってしまいそうだ)


 蕭何はそう思いつつもどうすることもできない。


「取り敢えず、雍歯を討たねばならん。そのための兵を借りるため、景駒に帰順しよう」


 劉邦は静かにそう言った。


「わかった。そうしよう」


 蕭何は目を細めながらそう言った。


 劉邦は馬上の人となった。馬に揺られながら劉邦は空を眺める。


(どうして雍歯は私を裏切ったのか)


 そして、なぜ豊の人々は雍歯に従ったのか。そのことが劉邦にはわからない。


(俺は何かを間違えたのか)


 裏切られた理由がわからない劉邦は悩み苦しんでいた。


(結局、俺は信陵君しんりょうくんにも孟嘗君もうしょうくんにもなれず、何者にもなれないままこの世の中で埋没していくことになるのか)


 そう思いながら馬に揺られていると前に一団があるのを見つけた。


(俺たちと同じところに行こうとしているのだろうか?)


 そう思い、彼は一団の長らしい男を探した。


(あれかな?)


 一団の中で貴族のような服を着ている男がいる。ぱっと見てひ弱な印象を受ける姿である。


(まるで女のようだ)


「おい、女みたいな男。そんななりで戦でも出るのか」


 からかい混じりにそう言うと男はこちらを振り向いた。その容貌は婦女の如し、されどその双眸に宿るは豪火であった。それを見て劉邦は思わず、


(美しい)


 と思った。その男は劉邦をきっと睨みつけると劉邦を指差し、言った。


「そのド頭を鉄槌で叩き割ってみせましょうか」


 その瞬間、劉邦は目を見開き男を見た。


(この男が張良ちょうりょうか……)


 全身に驚きがかけ走った。














 張良が陳勝が死んだと聞いた時、驚きはなかった。なぜなら陳勝が滅びることはわかっていたことだからである。しかし、予想外だったのは秦軍を率いる章邯しょうかんの実力である。


(これほどに強い将だったのか)


 このままでは秦打倒を掲げた勢力は彼によって駆逐されていってしまうことだろう。


 そう考えた彼は景駒のことを知ると彼の元に向かうことにした。これ以上、秦との戦いにおける勢力を失わないためである。


 その道中で彼は不快な言葉を聞いた。振り返ると変な竹の冠を被った男が兵を引き連れている。


(兵の感じから裏の社会で粋っていた男だな)


 そう思った張良は、男を指差し、


「そのド頭を鉄槌で叩き割ってみせましょうか」


 と言った。すると男は驚いたように目を見開き、身体を震わせ始めた。


(はっ図体だけの男だ)


 そう思った張良はさっさとこいつらから離れようとした時、男が馬から降り頭を下げて謝罪し始めた。


「すまなかった。あなたがあの張子房ちょうしぼう殿とは思わなかったのだ」


 先ほどまでの傲慢さはどこへやら、しっかりとした謝罪をする男に張良は意外そうに見る。


「俺は劉邦って言う。皆からは沛公と呼ばれている」


(沛公……沛で県令のみを切って独立した男か)


 張良はこの動乱の中、情報収集を行っていたためそのことを知っていた。


「本当にあなたが張子房殿なのですか?」


 丁寧な言葉で劉邦は問いかけた。劉邦という人は不思議な人で、傲慢なところがある割には、謝り上手であり、怒られ上手であり、聞き上手である。


「そうです」


「そうですか」


 劉邦は張良の目をまっすぐ見据える。すると劉邦は突然、涙を流し言った。


「よくぞ生きてこられた」


 その言葉に張良はあっと心が震えるのを感じた。











 黄色い服を着た黄石こうせきが二人の出会いを見つめている。


「ついに王者となりし者とその師となりし者が出会った」


 彼は両手を上げ、天を見る。


「この出会いは偶然か、必然か」



 



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