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鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第一部 動乱再び

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違和感

 紀元前208年


 十月(歳首)、秦の泗川監(郡監。監御史。泗川郡は泗水郡)・へい(平は人名)は兵を率いて豊の沛公・劉邦りゅうほうを包囲した。


 二日後、劉邦は出撃して秦軍の包囲を破ると雍歯ようしに豊を守らせ、十一月、劉邦は兵を率いて薛を攻めた。


「私に兵を率いろと申されるのですか」


 曹参そうしんは驚いたように蕭何しょうかに言った。


「そうだ。沛公がそう指示を出した」


「蕭何殿も知っておられるでしょうが、私は一度も兵を率いたことはありませんし、武術の心得はありません。一文官に過ぎないのです」


「わかっている。だが、元々兵を率いたことなどほとんどおらず、人手がいないため沛公はお前を起用することにしたのだろう」


 蕭何は事務処理を並行して行いながらそう言った。


「それはわかりますが……」


(もしや私に危ない目に合わせようということではないか)


 劉邦の旗下において曹参はそこまで劉邦という人を信頼していない。そのためそう思ったのである。


(それか蕭何殿が……)


 自分の地位を安定させるためと考え、頭を振った。


(我らは泥船に乗ったようなもので、その泥船での地位など……)


 曹参は取り敢えず、軍議に参加することにした。


「いいかお前ら」


 劉邦が主な薛での戦いでの作戦を説明し始めた。


「先鋒のやつががっと行って、右翼のがぐっと行って、左翼もそれに合わせんだ。いいかあ」


「わかりやした兄貴、いや沛公」


 曹参は頭を抱えた。


 彼は軍議が終わってから樊噲はんかいの腕を掴んだ。


「おい、沛公の作戦というものがわからなかったんだが、教えてくれるか?」


 正直、樊噲なんぞに聞くのは屈辱であるが、聞かなければならない。


「仕方ねぇなあ」


 やれやれとばかりに樊噲は言った。


「要するに、目の前のやつをぶっ飛ばせということだろ?」


 曹参はまた、頭を抱えた。


 戦が始まった。


「これが戦か」


 右翼に配置された曹参は自分なりに劉邦の指示を解釈して、盾をもって矢を防ぎながら兵に指示を出していった。しかし、兵は言われた通りに動かず、上手く機能しない。


(やはり文官という立場だった故か)


 彼はそう思いながら盾を持って矢が降り注ぐ中、前に出た。


「前に出るしかない」


 流石に大将が傷つけば、旗下の兵にも処罰がある。そのためそれを恐れてついて来ずにはいられないだろうと思ったためである。


 その姿を見て、兵士たちは、


(文官って聞いていたが、度胸がある)


 曹参の考えとは違う考えを持って彼の後を追った。


 一方、先鋒の樊噲を始め、盧綰ろわんらが一気呵成に泗川守(郡守)・そうが率いる軍を攻めてその軍を打ち破った。そのまま戚に逃走した泗川守・壮であったが、左司馬の曹無傷そうむしょうに追いつかれ殺された。


「何もできなかった」


 右翼と左翼の援護が追いつく前に先鋒だけで押し切ってしまった。曹参は戦が終わった後、ふっと鼻で笑った。これで文官の立場に戻されるだろうと思ったためである。


「やはり将としては樊噲が一番か」


 猛将として樊噲はいかなる時も凄まじい結果を出している。蕭何がそう指摘すると劉邦は首を振った。


「樊噲は武勇だけだ」


 劉邦はそう言うと傷だらけになりながらも兵たちに言葉をかけていく曹参の姿を見た。


「将としては曹参が一番だろう」


「曹参……戦ではほとんど結果を出せていなかったようだが?」


「まあな。だが、やがて一番になるのはあいつだろう。その次は周勃しゅうぼつあたりかな。曹参は戦を行う上で頭を使って兵を動かしている。周勃は割り切り方が上手い」


 劉邦は曹参が盾を持って前に出た時、兵たちが彼の後を追っていく姿を見ていた。兵との関係はまだまだだが、今回の戦で曹参の勇気を兵たちは見た。


「次の戦では曹参は活躍できるだろうさ」


 彼はそう言った。


(劉邦は戦において配下たちに成長してもらいたいと思っているようだ)


 蕭何はそう思った時、ふと違和感を覚えた。


 明らかに自分たちと劉邦の考えにズレがあるのではないかと思ったのである。


(さて、どういうことだろうか?)


 その違和感を言葉にできない蕭何はただただ黙っていた。劉邦は言った。


「亢父に引き返してから次は方與を攻めることにしよう」


 劉邦の言葉に更に違和感を強くしながら、


「そこまで行くと魏の領域に接触することになるのではないか。無理するべきではないだろう」


「いや、ここを抑えて魏との間をしっかりと確保するべきだ」


 劉邦はこうして次の戦の方針を決めて軍を動かした。


 その次の戦でも曹参は盾を持って、戦に出ることになった。


「なぜだ?」


 曹参はそう叫びながら前に出ていく。その後ろには以前よりも早く付き従う兵の姿があった。


 それから数日後、


 豊の地にある男がやって来ていた。


「あなたも劉邦の動きに違和感を覚えておられましょう」


 その男は凛々しい顔を持ち、


「劉邦は所詮は己の我欲を満たすために動いているに過ぎないのです」


 声は鈴の如き、清々しさを感じさせる。


「雍歯殿。魏王も魏の宰相もあなた様のことを尊重されようとしています」


 雍歯は額に冷や汗を貯めながら言葉に詰まりながら言った。


「証拠が欲しい……」


 男はコロコロと笑う。


「よろしいでしょう。次にお会いする際に用意をしましょう」


 男は立ち上がり、拝礼を行う。


「しかしながら何度も幸運が参り込まないことを理解なさった上で次の返答を考えてくださいませ。雍歯殿」


 陳平ちんぺいはそう言って去っていった。



 



 









Q 蕭何には兵を率いさせないの?


劉邦「あいつに兵を率いさせると兵糧の計算が楽になるって言って無茶な突撃仕掛けさせるからさ」



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