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鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第三部 漢の礎
125/126

漢の後継者

 漢王朝の後継者を選ぶ会議に出席している面々について述べよう。


 陳平ちんぺい周勃しゅうぼつ夏侯嬰かこうえい陸賈りくか灌嬰かいえい審食其しんいき酈寄れきき曹窋そうたつ季布きふ、琅邪王・劉沢りゅうたく、その臣下である田生でんせい、斉の臣下である劉敬りゅうけい、斉王・劉襄りゅうじょうの弟の劉章りゅうしょう劉興居りゅうきょいがいる。その他にも発言権の無い諸大臣が数十名いる。


 司会を務めるのは陳平である。


「次の帝位に登るべき者で各々推薦してもらいたい」


 周勃が発言した。


「少帝と梁王、淮陽王、恒山王(常山王)はどれも孝恵の本当の子ではないという噂がある。呂太后が計を用いて他人の子に名を偽らせ、実母を殺し、後宮で養って孝恵の子としたのである。帝の後継者や諸王に立てたのは呂氏を強くするためである。今、皆が諸呂を夷滅(誅滅)したが、呂氏に立てられた者達が成長して政治を行うようになれば、我々は無関係ではいられなくなる。諸王の中で最賢の者を選んで立てるべきであろう」


 先ず、除外すべき存在を彼は示した。


 劉敬が言った。


「斉悼恵王は高帝の長子であった方である。今はその適子(嫡子)足る劉襄りゅうじょう様が斉王になられました。根本を追求するのであれば、斉王は高帝の適長孫に当たる方である。彼を立てるべきだ」


 そこに待ったをかけたのは劉沢である。


「呂氏は外家(外戚)として悪事を行い、宗廟を危うくして功臣を乱そうとした。今、斉王の母家は駟氏で、舅(母の兄弟)の駟鈞しきんは虎が冠をしているように凶悪な人物であると聞いている。斉王を立てれば、呂氏を復すことになるだろう」


 彼は劉氏の中で長老格にあたり、その発言は重い。


「琅邪王、確かに駟鈞はその通りの男です。しかしながら彼らは既に斉悼恵王と共に討伐されている」


「その証拠はどこにある」


 劉沢と劉敬の間で舌戦が行われていると陳平はちらりと審食其をちらりと見て、発言を促した。


「駟鈞は呂氏と連絡を取っており、斉悼恵王暗殺を依頼されており、暗殺に成功したと聞いています」


「ほう」


 灌嬰が言った。


「では、みすみす先代の斉王の暗殺を斉王の臣下は許したということでよろしいのでありますか?」


「いえ、暗殺の件を察知し、返り討ちにしております」


 劉敬の反論に対して田生が言う。


「暗殺は成功したとお聞きしましたが?」


(上手いなああの人)


 陸賈は田生の発言の上手さを内心、褒めた。


 田生の言葉に審食其が頷く。


「確かに暗殺には成功しているはずです。その後も連絡を取っておりましたし」


「それは斉悼恵王が駟鈞を殺害した後、お亡くなりなる時に駟鈞の死を伏せよと命じられ、駟鈞が生きているように見せかけて、呂氏の目を逸らしていたのです。そのことは陳平殿もご存じです」


 劉敬、劉章、劉興居は陳平を見る。陳平は頷く。


「この話は本当である」


「その話は真実だとしても、みすみす先代の斉王の死を許したのは誠ということでありますな」


 灌嬰がそう指摘する。


「私は斉王の臣下の器量に問題があると考えているであります」


(そこに持っていくのか)


 陸賈は彼の指摘が中々に無いものであるため驚く。


「私は斉王の軍の陣営を見ましたが、その陣営は先代の斉王、曹参そうしん殿の頃に比べ、陣営は隙ばかり、とても今後の重責を担えるとは思えませんなあ」


「それは軍事としてでありましょう。今後、大事なのは政治手腕でございます。斉王を始め、その臣下に失政は無く、落ち度はございません」


「失政は無い。しかしながら善政を敷いているという話も聞いてはおりませんな」


 劉沢がそう指摘すると劉敬は不快な表情を向ける。明らかに劉沢の発言は斉王への嫌悪感があることがわかるためである。


「確かに政治手腕における問題もありますが、軍事手腕も長けているべきであると思われます。辺境の問題もございますしのう」


 田生がそう言った。


(これで灌嬰殿が発言しやすくなった)


 田生は劉沢のために話の誘導を行っている。


「そうであります。現在、王朝は辺境に匈奴という大敵を抱えております。彼らの侵略に対し対応できるようでなければいけないでしょう」


「では、灌嬰殿。あなたは誰が後継者に相応しいとお考えですか?」


 陳平が聞くと灌嬰は答えた。


「辺境の守備を担っております。代王様がよろしいと思いまする」


「辺境の守備というのであれば、南越との堺にあります呉王にも権利があることになります」


 劉敬が灌嬰の理屈があまりにも軍人目線しすぎるため、そう指摘した。


「南越は陸賈が交渉を行っており、南越の脅威は匈奴に比べれば、問題無いものとなっております」


 灌嬰は続ける。


「そもそも軍事と政治を切り離して考えるのは甘いと考えております」


 これに周勃も頷く。


「そのとおりだ。私も政治と軍事をになっている。どちらも大切なことであると考えている。我々は呂氏を誅殺して、再び政治の担うことになった。そのことをもっと我々は考えなければならない。我々は呂氏よりも上の政治を、軍事を行わければならない」


 これに夏侯嬰、灌嬰も頷く。


「そうであります。だからこそ、斉王の臣下の器量に問題がある以上、代王の方が辺境を守っているという点においても相応しいと考えるであります」


 ここで田生が劉沢に耳打ちする。劉沢は頷くと発言した。


「それに高帝の残された御子息の中で最も最年長であり、仁孝寬厚な人であると聞いている。太后の家である薄氏も謹良であり、そもそも年長者を立てるのは元から道理に順じたことである。仁孝が天下に知られているのならなおさらだろう。彼こそふさわしいと考える」


(田生は言う時というのを心得ているなあ)


 ここまで斉王の臣下についての灌嬰の主張が大きく示してたが、彼の発言には大きな欠点がある。それは逆に代王の臣下の器量の問題についての指摘に欠けていることである。


 その指摘が行われる前に別の話題に切り替え始めたのである。


「薄氏は確かに評判はよろしいですが、元は魏豹の妻であった方であり、その後は呂太后の元で女官として働いておりました。太后足るに相応しいとは思えません」


 劉敬の指摘にここまでほとんど発言してこなかった季布が言った。


「その理屈で言えば、斉王の母は駟氏であろう」


 この指摘は中々に痛い。


「確かにそうでございますが、斉王の家は直系の家でございます」


 劉敬の理屈に季布が言い返す。


「皇太后に据えるべき方の理屈を述べられたにも関わらず、その理屈を持ち出されるのは道理に合わんぞ」


「ここまでで代王、斉王では王としての本質には可もなく不可もなく、評判は悪くなく、代王の方が臣下の器量、外戚の善良さで優れているということでよろしいか?」


 酈寄が言うと陳平は頷く。


「それであれば、代王で問題なかろう」


「お待ちください。今回、呂氏の誅殺において最も活躍されたのは斉王を始め、その弟君であられる劉章様、劉興居様である。そのことを忘れてもらっては困ります」


 劉敬は此度の騒動の功績を上げた。すると劉沢が言った。


「斉王の功績は確かにありましょう。しかしながら挙兵をされた勇気はともかく、軍事としては目立った行為は行わず、日和見を行っていたと聞いているが?」


「それは灌嬰殿に止められたからでございます」


「では、長安でのことはどうでございましょう」


 田生がそう言うと劉敬は自信満々に言った。


「劉章様の手で呂氏一門の者たちが斬られていったのである。功績は大いに有りましょう」


「確かに、しかしながらそれは周勃殿の指示によるものが大きいとお聞きしておりますなあ」


 田生の反論を受けて、周勃は陳平を見た。


(陳平が劉章様を動かすように促したのはこのためか)


 周勃の指示によるもの。という印象をつけるために陳平はできる限り、周勃から劉章に命令が行くようにしていた。


「斉王の功績は確かに褒められたものではあることは確かである。しかしながら先ほど、灌嬰殿が斉王の軍の侵攻を止めたとお伺いしました。それは何故でしょうか?」


 酈寄の問いかけに灌嬰が答えようとすると陳平が咳払いをする。その瞬間、田生が発言した。


「それは将軍が長安に無理やり侵攻し、帝位を得ようとするのを止めたためです。斉王の野心を警戒したのでしょう」


 この発言に会議全体が騒ぎ始める。この状況で発言しようとする灌嬰に対し、見えるように陸賈は口元に指を一本立てて喋らないように指示を出す。


「お待ちください。斉王は義によって起たれたのです。そのようなつもりなどございません。そうでございましょう」


 劉敬が灌嬰を見る。しかしながらここで劉沢が怒鳴り声に近い声を発した。


「証拠はある」


 一気に会場の群臣たちの目が劉沢に向けられる。


「斉王は挙兵を行った際、私の元に書簡を送り、力を貸してもらいたいと言ってきた。私は嬉しかった。彼が王朝のために正義のために立ち上がろうとしたのであると。先代の斉王も勇気のある方であった。良き御子息を持たれたと私は思っていた」


 皆、じっと彼の発言を聞こうとする。


「私は斉王の元に行き、彼の指示を受けようとした。しかし、そこで私は幽閉され、斉王は我が国の元に人を派遣すると偽りの命令を発して我が国の兵を勝手に動かしたのである」


 会場がざわめく。明らかに問題のある行為であるからである。


(無理もない)


 そんな中で劉襄の行動に同情を示したのは陳平であった。劉沢は離れたところから見るとどの立場に立っているのかが非常にわかりづらい。王として封じられた時も微妙な時であり、呂氏に通じているとも見えなくはない。それでも呂氏からしても不気味であり、陳平から見てもどの陣営の人なのかわかりづらかった。


 敢えて言えば、あの状況で究極の中立の状態であったのが彼であったと言えなくはない。


 その中立者に対しての対応を劉襄は間違えた。


(どこに落とし穴があるかわからないものだ)


 陳平は会議の空気が一気に斉王から代王へと移り変わっているのがわかる。


「斉王の野心は本物である。皆、彼を警戒するべきである。代王こそが皇帝に相応しい」


 劉沢の言葉を受けて、多くの群臣が彼に賛同する。劉敬は仰ぎ、劉章と劉興居は目をしたに向ける。


「もはや決まったな。新たな皇帝としての後継者は代王とする」


 陳平が決定すると群臣たちは一斉に拝礼を行い、決定を支持した。


 こうして代王・劉恒りゅうこうの即位が決まった。






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