表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第三部 漢の礎
124/126

呂氏誅殺

 趙王・呂禄(りょろくと梁王(呂王。以下同じ)・呂産りょさんは関中で兵乱を起こそうとしていたが、朝廷内には周勃しゅうぼつ劉章りゅうしょうらがおり、外には斉や楚等の宗族諸王が重兵を擁しており、また、軍権をもつ灌嬰かいえいが裏切る恐れもあったため、躊躇して決断ができず、灌嬰と斉軍が戦いを始めてから動くことにしていた。


 当時、済川王・劉太りゅうた、淮陽王・劉武りゅうぶ、常山王・劉朝りゅうちょう(三人とも恵帝けいていの子。少帝の弟)と魯王・張偃ちょうえんは年少だったため、封国に行かず長安に住んでいた。


 また、趙王・呂禄と梁王・呂産はそれぞれ兵を率いて南軍と北軍にいた。これらは全て呂氏に関係する人だったため、列侯群臣は自分の命も保つのが難しい状況に置かれていた。


「だからこそ、互いに互いを牽制しあって自由に動けないでいる」


 陳平ちんぺいが周勃に話す。


「今、あなたは太尉(軍事の長)にも関わらず、軍中に入って兵を指揮することができないでいます。そこで酈商れきしょう殿の御子息を利用しましょう」


 曲周侯・酈商は年老いて病を患っていた。その子・酈寄れききは呂禄と交流があった。


 そこで周勃と陳平は人を送って酈商を捕まえた。酈商を人質にして子の酈寄から呂禄にこう伝えさせた。


「高帝と呂后が共に天下を定めてから、劉氏は九王を立てて、呂氏は三王を立てました」


 高帝の弟にあたる楚王・劉交りゅうこう。高帝の子にあたる代王・劉恒りゅうこうと淮南王・劉長りゅうちょう。高帝の兄の子にあたる呉王・劉濞りゅうび。劉氏の親族にあたる琅邪王・劉沢りゅうたく。高帝の孫にあたる斉王・劉襄りゅうじょう。恵帝の子にあたる常山王・劉朝、淮陽王・劉武、済川王・劉太が九人の劉氏の王。


 呂台の弟にあたる梁王・呂産。呂釋之の子にあたる趙王・呂禄。呂台の子にあたる燕王・呂通が三人の呂氏の王。


「全て大臣の議によるものであり、この事は既に諸侯に布告されています。そのため諸侯も当然のことだと思っています。しかし今、太后が崩じて帝が幼いにも関わらず、あなたは趙王の印を佩しながら急いで国に帰って藩を守ろうとせず、上将として兵を指揮してここに留まっています。これでは大臣や諸侯の疑いを招いてしまいます。あなたはなぜ将印を返して兵を太尉に属させ、梁王(呂産)に相国の印を返すように求め、大臣と盟を結んで封国に行かないのですか。そうすれば斉兵は必ずや解散し、大臣も安心でき、あなたも枕を高くして千里の地を治めることができましょう。これこそ万世の利となります」


 呂禄は酈寄の計を信じて兵権を太尉に返したいと思うようになった。そこでまずは人を送って呂産や呂氏の老人たちに伝えた。しかしながら呂氏の人々は、ある者は賛成し、ある者は反対したため、決断できなかった。


 今まで呂雉りょちという決断力に長けた人がいただけに彼らは決断力に欠けていた。


 呂禄は酈寄を信じていたため、時々一緒に外出して狩猟をした。


 ある日、呂禄が途中で呂須りょす(呂雉の妹。樊噲はんかいの妻)の家を訪ねた。彼女は激怒してこう言った。


「お前は将になりながら軍を棄てました(軍権を返そうとしている。または狩猟をして軍から離れている)。呂氏は今後、身を置く場所がなくなることでしょう」


 呂須は家の中から全ての珠玉宝器を運び出して堂下にばらまき、


「他人のためにこれらの物を守る必要はない。今後、人の手に渡るくらいなら早く捨てたほうがましです」


 と言って泣いた。


 彼女ほど姉の偉大さを理解した呂氏の者はいなかっただろう。


 朝、平陽侯・曹窋(曹参の子)が御史大夫としてとして相国・呂産に会いに行き、国事を計った。


 この時、郎中令・賈寿が使者として斉に行っており、ちょうど帰って来たところであった。


 賈寿が呂産を責めて言った。


「王はなぜ早く国に行かないのですか。今から行こうとして間に合うとお思いですか」


 賈寿は灌嬰が斉・楚と合従して諸呂を誅滅しようとしていることを呂産に詳しく語り、急いで入宮するように促した。先に皇帝を手に入れれば灌嬰や斉・楚が逆賊になるためである。


 それをその場で聞いていた曹窋は走って周勃と陳平に報告しに行った。


 曹窋の話を聞いた周勃は、軍権を握って呂氏を討伐するために北軍に入ろうとしたが、符節がないため拒否された。符節は襄平侯・紀通きつうが管理している。紀通は紀信の子である。


 周勃は紀通に符節を持たせ、帝命を偽って北軍に周勃を受け入れさせた。


 周勃は軍に入る前に酈寄と典客・劉揭りゅうかつに命じて呂禄にこう伝えさせた。


「帝は太尉(周勃)に北軍を守らせ、あなたには国に赴いてほしいと考えております。急いで将印を返して辞去してください。そうしなければ禍が起きることでしょう」


 呂禄は酈況(況は酈寄の字)が自分を騙すはずはないと信じていたため、将印を外して劉揭に渡し、北軍の兵権を周勃に授けた。


 周勃は軍門を入ると軍中に令を出した。


「呂氏のために働く者は右袒せよ。劉氏のために働く者は左袒せよ」


 袒というのは腕を袖から出して上半身を裸にすることである。左袒、右袒は片方の肩から腕を出すことである。


 軍中の者は皆、左袒して劉氏への忠誠を示した。


 周勃が軍中に入った時には、呂禄は既に去っており、上将の印も返していたため、周勃が北軍を完全に掌握した。


「あとは南軍だな」


 南軍はまだ呂産が軍権を握っている。


 曹窋は賈寿が呂産に話した事(急いで入宮するという内容)を陳平に話した。


「ならば、劉章様と対応しなければならない」


 陳平は朱虚侯・劉章を招いて周勃を助けさせることにした。


 劉章が来ると、周勃は劉章に軍門を監視させました。また、曹窋から衛尉(宮門守備兵の長)にこう命じさせた。


「相国・産を殿門に入れてはならない」


 呂産は呂禄が北軍を去ったと知らず、未央宮に入って乱を起こそうとした。しかし殿門で遮られたため、門前を行ったり来たりした。ここで彼がやるべきはすぐに別の行動を行うべきだったが、そのための決断力に欠けていた。


 曹窋は呂産が無理やり、門衛の守備を破って宮門を突破することを恐れ、走って周勃に報告した。


 周勃は劉章に言った。


「急いで入宮して帝を守らなければなりません」


「わかっている。大尉よ兵をくれ」


 劉章は周勃に兵を求め、周勃は千余人を与えた。


「良いのですか?」


 曹窋が尋ねると周勃は、


「活躍させておく必要はある」


 と答えた。


 劉章が兵を率いて未央宮の掖門(正門の両側にある小門)を入ると、呂産が既に宮門を入っていた。


 日餔の時(申時。午後三時から五時)、劉章は呂産を撃ち、呂産は逃走した。ちょうど天が大風を起こしたため、呂産の従官は混乱に陥り、敢えて戦おうとする者はいなかった。


 劉章は自ら呂産を追いかけ、郎中府吏の厠の中で殺した。

 

 劉章が呂産を殺すと、帝が謁者に符節を授けて劉章を慰労させた。劉章が謁者から節信(符節)を奪おうとしたが、謁者は拒否した。


 そこで、劉章は謁者を同じ車に乗せ、節信を利用して長楽宮に駆けた。そこで長楽衛尉・呂更始を殺した。


 劉章は戻って北軍に入り、周勃に報告した。周勃は立ち上がって劉章に拝賀すると、


「患いるべきは呂産だけでした。今誅されたため、ほぼ天下は定まったでしょう」


 と言った。


 周勃は人を分けて呂氏の男女を全て捕えさせ、老若に関わらず皆殺しにした。


 呂禄を斬り、呂須を笞殺(鞭打ちで殺す刑)した。また、使者を送って燕王・呂通を殺し、魯王・張偃を廃した。


 更に帝太傅・審食其を左丞相に戻した。


「殺さなくて良いのか?」


 周勃が陳平に尋ねる。


「ええ、殺さなくてかまいません。彼の忠義は皇太后だけに注がれていますので」


 済川王・劉太を梁王にし、同時に朱虚侯・劉章を派遣し、諸呂誅滅を斉王・劉襄りゅうじょうに伝えて撤兵させることにした。


「王よ、撤退することはありません」


 魏勃ぎぼつが劉襄に撤退することなくそのまま長安に入ることを進言しているとそこに滎陽にいる灌嬰が魏勃にこちらに来るように指示を出した。


 流石に彼を無視することができないため、魏勃は渋々彼の元に向かった。


 灌嬰は魏勃が劉襄に挙兵を導いたと聞いており、彼の器量を試すために敢えて譴責した。すると魏勃は、


「失火した家がどうして先に丈人(年長者)に報告を行ってから、火を消す余裕がありましょうか」


 と言って後ろにさがり、脚を震えさせて起った。恐れて他には何も言えなかった。灌嬰は魏勃を熟視してから笑って、


「人は魏勃の勇を称えるが、妄庸の人に過ぎない。これで何ができようか」


 と言い、魏勃を返すことにした。


「このまま帰還されよ。帰還されなければ我が軍が一戦することになるだろう」


 魏勃は完全に彼に威圧されて、そのまま去っていった。斉王が撤退していくのを見てから、灌嬰も兵を率いて滎陽から帰還した。


 呂氏が誅殺され一層されてから、長安にいる主な群臣たちが集まり、話し合いを開始した。まとめ役を行うのは陳平である。彼は集まった群臣たちに向かって言った。


「さあ、話し合いを始めよう。この漢王朝の未来を決める話し合いを」


 この会議が漢王朝の未来を決める。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ