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鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第三部 漢の礎
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劉章

 趙王・劉恢(りゅうかい劉邦りゅうほうの子)は梁から趙に遷されたことが不満で、心中楽しめなかった。


 しかも呂雉りょち呂産りょさんの娘を彼の后にしており、王后の従官は全て呂氏の出身で、趙国で専横を行った。しかも自分の言動を秘かに監視しており、劉恢は自由に行動できなかった。


 ある日、劉恢は一人の姫妾を寵愛した。それを憎んだ王后はその姫妾に酖毒を与えて殺してしまった。


 悲しんだ彼は四章の歌詩を作って楽人に歌わせた。


 六月、劉恢は悲憤に勝てず自殺した。父・劉邦には似てない人である。


 それを聞いた呂雉は、彼が婦人のために宗廟の礼を棄てた(国を棄てて自殺した)とみなし、子孫が継承することを禁じて趙国を廃してしまった。









 劉氏の勢力が削られ、呂雉の権力が増していくことに対して、苦々しい表情を浮かべていたのは朱虚侯・劉章りゅうしょう劉肥りゅうひの子)である。彼は劉氏が政権を失っている現状に憤っていた。


 ある日、入宮して呂雉の酒宴に参加した時、彼女は劉章を酒吏(酒宴を監督する官)に任命した。


 すると劉章はこう請うた。


「私は将種(将門の生まれ)です。軍法によって酒宴を進行することをお許しください」


 呂雉はあっさりと、


「いいでしょう」


 と答えた。劉章がとても若く、斉王の親族であり、駟鈞しきんの監視下にいる。そのため警戒心はなかったのである。


 宴が始まり、酒がまわって酔い始めた頃、劉章が駟鈞に酒を勧めて歌舞を披露した。暫くして劉章が言った。


「太后のために『耕田歌』を歌わせてください」


 呂雉は劉章を子供とみなしていたため、笑った。


「汝の父ならば、田(農業)を知っていたと思うが、汝は生まれながらにして王子である。田の事が分かるはずがなかろう」


 しかし劉章は、


「私は知っています」


 と答えたため、彼女はむっとして、


「試しに田について歌ってみよ」


 と言った。


 それを受けて、劉章は歌い始めた。


「深く耕して種を増やそう。苗を立てるために距離をおき、遠くまで種を撒こう」


 劉氏の繁栄を暗示した歌である。


「さあ、種が異なる者は鋤で除き去ろうではないか」


 と続けた。種が異なる。つまり呂氏排斥を暗示しているものである。これを目の前で堂々と披露する劉章の豪胆さは中々のものである。


 そのことをすぐに気づきつつも呂雉は黙ったままであった。何ができようかという思いがあったためである。


 暫くして呂氏の一人が酔って酒席から離れた。酒の席から勝手に離れるということは軍においては勝手に持ち場を離れることを意味する。


 それを見つけた劉章は後を追うと剣を抜いてその者を斬り殺し、戻ってこう報告した。


「亡酒した者が一人いましたので、謹しんで法を行い処刑しました」


 呂雉の左右の者は皆、大いに驚いたが、既に軍法を用いることに同意していたため、罪にはできなかった。酒宴はこれで終了した。


 この後、呂氏の者達は朱虚侯を畏れ始め、その一方で大臣たちは朱虚侯に頼るようになった。


「ふん、呂氏など恐れるほどのものではない」









「目立ちすぎだ」


 陳平ちんぺいはそう言うと劉敬りゅうけいも同意する。だが、彼はこう返した。


「だが、あの行動で群臣たちの意識がよくなった」


「ああ、まあな」


 劉敬は目を細めて言った。


「これが斉王への天意だ」


「正確に言えば、朱虚侯に、であろう」


 だが、これにより劉氏が徐々に増強していくことになることを思えば、天意と言えなくはない。事実、呂雉は手を出せないでいる。思った以上に群臣たちが彼の周りに集まったためであると思われるが、


(これを機に呂氏と敵対する群臣たちを探ろうとしていたのではないだろうか)


 それほどに呂雉には余裕があるように感じる。


 しかしながら事実、群臣たちは劉章を慕い始めている。


「漢の礎とすれば、何も問題はないはずだ……」


 それでも呂氏の討伐を行える勢力の形成はまだできていない。その間に事を起こすことはできない。下手な行動を起こして周りを巻き込まれかねない。


「やれやれ、これほど私が心配性だったとはな」


 陳平は頭を抱える。


 そんな彼が一人、静居にこもって考え事をしていると、どこからか声が聞こえた。聞いたことが或声であるが、気にしないことにした。気にしたら負けな気がするからである。


「陳平さん、遊びましょう」


 にこにこした表情で陸賈りくかがいつの間にか陳平の後ろにいた。


「門人を通さずにきたのか」


 陳平が咎めるようにいうのを聞いているのか聞いていないのか。陸賈はさっさと座る。


「相変わらず、長い思考に入っているねぇ、陳平殿?」


「私が何を考えていたか分かると?」


「君は既に富貴を極めており、それ以上を求める欲もない。それでも憂念(憂慮)があるということは、諸呂と少主について悩んでいるに違いないと思っているけどどうなのかな?」


「その通りだ。だがこれ以上どうすれば良いかわからない」


「天下が安定している時は相が注目されるものです。天下が危うくなれば将が注目されるもの。将相が和調(調和)すれば士が帰順し、天下に変事があっても権力が分散することはないでしょう。社稷のための計は両君(文武の君)に掌握されています。私は太尉・絳侯(周勃しゅうぼつ)にもこの話をしようと思っていましたが、絳侯はしばしば私に冗談を言っており、私の言を軽く見ている。君はなぜ太尉と交驩(親しく交わること)して深く結ぼうとしないの?」


 陳平は無言のままでいる。


「なんで、そこまで協力し合おうとしないのさ」


「軍部の者は斉王の弟君を見て、彼に従う可能性が高い」


「君は斉王は皇帝になるべきではないと?」


「天意は別のところにある」


 陸賈はそれ以上言わせないとして手を前に出す。


「敢えて、それ以上いうのはやめよう。君の思考に鈍さがあるのはそれのせいだね。だから私は聞かない」


 彼は指を一本立てていう。


「今の現状で私が常識的に考えて、周勃たちと協力し合うべきだ。君は劉敬と好を結んで、太后の目から逃れる動きをしているけど、それで現状の打開ができると思えない」


「わかってる。だが、今回の朱虚侯の動きを見て、彼を慕う者は増えるだろう」


「君は天意と斉のことばかりに目を向けすぎているよ」


 陳平はもっと単純に物事を考える方が良いと陸賈は思っている。


「そうだなあ、敢えて天意の話しをしよう。私たちは知っているはずだよ。この世で誰よりも天意のある人を」


 そう誰よりも天意を受けた存在、劉邦と一緒に戦乱を駆け抜けてきたではないか。


「そして、その人を守り通してきたのは誰だい?」


 今、原点に戻る時なのである。誰が劉邦を守り、共に戦ってきたのか。


「君が信じるべきなのはその人たちなんじゃないの?」


 

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