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鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第三部 漢の礎
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劉友

 紀元前181年


 匈奴が狄道を侵して二千余人を奪った。


 北の匈奴の侵略が度々行われても呂雉りょちは軍を匈奴には向けなかった。理由としては軍を率いる者を選ぶのが難しかった。軍を持たして取って返した時が怖いのである。


 また、呂氏の一族で軍を率いるに足る人物がいれば、問題はなかったが、いないということも頭を悩ます問題であった。


(下手に軍で一族が失敗する方が問題が起きる)


 彼女はどこまでも慎重であった。


 呂雉が趙王・劉友りゅうゆう劉邦りゅうほうの子)を招いた。


 劉友は呂氏の女を王后にしていたが、寵愛することなく、他の姫妾を愛していた。


 呂氏の女は怒って趙を勝手に去ると呂雉に讒言した。


「劉友は『呂氏がなぜ王になれるのか。太后の百歳の後(死後)、私が必ず撃ってみせる』と申していました」


 そのため呂雉は趙王・劉友を招いたのである。


 趙王が長安に入ると、呂雉は劉友を趙王邸において誰にも会えなくした。


 更に彼女は衛士に命じて趙王邸を包囲させ、食事も与えなかった。趙国の群臣で秘かに食糧を届けようとした者もいたが、全て捕えられて処罰していく。


(王朝内部にいる協力者を釣り出したい)


 それが呂雉の狙いである。


 餓えた劉友は歌を作った。


「諸呂が専権し、劉氏が危うくなる。王侯を脅迫し、無理矢理、私に妃を授けた。我が妃は嫉妬して私を悪だと讒言し、讒女が国を乱しているにも関わらず、陛下は気づくことがない」


 最初の部分はわかりやすいのだが、次の句は解釈が複数ある。


「国を失ったのは私が忠臣ではなかったということなのか」


 自分がなぜ幽閉されたのかわからないという困惑を表している。または忠臣が自分にはいないそのため幽閉することになったと解釈する説もある。


 次の句は、


「中野(原野)において自らには、蒼天(青空。天)と直(正しい道理)がありそれに準じている」


 自分が正しい道理の元で生きてきたということであり、次の句は、


「ああこれでは、後悔もできない。どうせならば、早く自害するべきだった」


 少し付け加えると国を早くに捨てるべきであったという意味である。


 最後はこう歌った。


「王になりながら餓死すれば、誰が憐れむことだろうか。呂氏は道理を絶った。天に仇討ちを託すだけだ」


 彼は幽閉されたまま餓死した。自決しなかったところに彼の最後の意地が見えなくはない。


 呂雉は庶民の礼で劉友の葬儀を行わせ、長安の民冢(庶民の墓)の傍に埋葬させた。


 彼女は殺したい相手には徹底的な仕打ちをし、生かしたい相手はとことん尊重するところが彼女にはある。


(皇太后は始皇帝しこうていに似てる)


 陳平ちんぺいは彼女の感情の動きを見て、そう思った。


 そんなある日、皆既日食があり、昼なのに夜のように暗くなった。


 呂雉はこれを嫌って心中不快になると左右の者に、


「これは私が原因です」


 と言って身を謹んだ。


 二月、梁王・劉恢りゅうかい(劉邦の子)を趙王に遷し、呂王・呂産りょさんを梁王に遷した。


 しかし呂産は封国に行かず、少帝の太傅として長安に留まった。


 呂雉自身は政の人としての器量があるが、身内への贔屓が強すぎるところがある。










「今度は劉友様が……」


 薄姫はくきは報告を聞き、ため息をついた。そして我が子を思う。


(あの子は兄を失った時でも動揺していたし、今度は弟を失った……)


 兄弟への愛情が深いところがある劉恒りゅうこうが以前のように喪に服すような真似をしないか不安になる。


 今、劉邦の子もだいぶ減った。しかしながらその最年長が今や劉恒なのである。


(大丈夫、大丈夫よ)


 呂雉からは信頼されている自信がある。


(あの方は情の深い方、私を斬り捨てることは無いわ)


 それでも震える。自分がいつ戚夫人のようになってもおかしくはないのである。


「ここでもう少し工夫が必要かしら……」


 真っ先に思い浮かんだのは陳平である。しかし、彼は現在のところ呂雉の信頼を受けているが、その彼と関われば、呂雉の警戒を買いやすくなる。


(味方が欲しい……)


 陳平とは違う繋がりをどうにかして作りたい。


(そう言えば、今回の劉友様が死に追い込まれたのは呂氏の妻の讒言があって……)


 そう言えば、劉氏一族で他にも呂氏の娘を娶っている者がいる。そして、呂氏に疑われる危険性がないとなると……


(営陵侯……)


 営陵侯・劉沢は劉邦の従兄弟にあたる人物である。彼も呂氏の娘を妻としている。問題はその夫婦仲であるが、


(以前、一度お会いした時には傲慢なところのない人という印象がある。なら……)


 薄姫は呂雉に書簡を送った。


 この行動が後に彼女と劉恒の運命に関わる小さなきっかけとなるのだが、彼女はそのことを知る由もなかった。







「ふむ、不思議な絵だ」


 長々と複数の絵を眺める劉沢がいた。


「細かく相手の特徴が書かれているものだ。とても観察眼に優れているのですなあ」


「いえいえ、そのような」


 田生は首を振った。


「複数もらいたいのだが、後で金を送るでよろしいかな?」


「構いません」


 劉沢は満足そうに頷く。


「これほどの絵であるから、王宮に飾るのも悪くありませんなあ」


「献上なさるのですか?」


「ふむ、それも悪くないが……いずれ王になれれば飾りたいものだ……」


 劉沢はため息をついた。自分が王になることは無いだろうと思っているからである。今は呂氏の世である。


(この方は王になりたいのか……)


 田生は彼の様子を見て、そう思った彼は、


(絵を買ってくださっているしのう、口添えできると良いのだが……)


 最近では呂氏の元にも絵を売ることができている。彼らは珍しいものが欲しいというだけなのだが、劉沢は技術を褒めてくれている。それに報いるのも悪くないだろう。


 田生はそんなことを考えた。


 少しずつ、歴史の歯車が噛み合い始めていた。







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