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鴻鵠の志  作者: 大田牛二
第三部 漢の礎
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呂氏の封王

 ここまで具体的に呂雉りょちがどんな政治を行ったのかを書いてこなかった。あまり書かれることもないというのもあるが、やはり後世における彼女への目線があまり良いものではないというのも大きいと思われる。


 さて、この年、彼女はある詔を出している。


「前日、孝恵皇帝が三族罪と妖言令を除きたいと語っていたが、議が決する前に崩じてしまった。今、これらを除くことにする」


 彼女の鶴の一声により、「三族罪」と「妖言令」が廃された。


「三族罪」は重罪を犯した者の三族を処刑する法である。「妖言令」は誤った発言を「妖言」とみなして罰する法である。どちらも秦の苛烈な統治を象徴している法律である。


 彼女は過酷な法律を取り除くということで民衆の感心を買うやり方をとったことがわかる。これは劉邦りゅうほうがやった手であり、彼女は夫のやり方を真似たと言えるかもしれない。


 ここで彼女に悲しい知らせが届いた。


 娘の魯元公主が死んだのである。


 娘の死を悲しみつつも彼女は自分の一族を封じるために劉邦の功臣への封侯を行うことにした。


 先ず初めに張買を南宮侯に封じた。張買は父の張越人が劉邦の騎将として功を挙げたため、今回封侯されたのである。


 次に呂平を扶栁侯(または「扶柳侯」)にした。呂平の母は字を長姁といい、呂雉の姉という説があるが、本来は父親の性を引くものであるからありえないという説もあるため彼は呂氏であっても親戚では無い可能性もある。


 続けて郎中令・馮無擇を博城侯に封じた。馮無擇は呂澤の郎中であった人である。


 斉の丞相・寿じゅ(「斉受」)を平定侯に封じた。これは陳平ちんぺい駟鈞しきんの名を出してめり込んだ人物である。


 少府・陽成延(陽成が姓)を梧侯に封じた。陽成延は長楽宮、未央宮や長安城の建築を担当した人物である。


 呂種を沛侯に封じた。呂種は呂釋之の少子である。


 更に呂氏を封王するために、まず恵帝の子とされる者達(恵帝の後宮の子)を王にすることにした。


 劉彊(劉強)が淮陽王、劉不疑が恒山王とした


 更に劉邦の子の一人である劉友は淮陽王であったが、趙王にした。


(ここまでやればいいでしょ)


 呂雉は大謁者・張釋(または「張澤」「張釋卿」「張擇」)を使って大臣達に呂氏封王の意向を知れ渡らせた。


 大臣達は彼女の意を汲んで、悼武王・呂澤の長子に当たる酈侯(または「鄜侯」)・呂台を呂王に封じるように請うた。


 斉の済南郡を割いて呂国が立てられた


 更には呂産も洨侯(または「郊侯」「交侯」「汶侯」)に封じられた。呂産は呂澤の少子である。


 紀元前186年

 

 せっかく王にした呂王・呂台が死んだ。呂台の太子・呂嘉が跡を継いで王とした。


 呂雉、詔を発した。


「高皇帝が天下を匡飭(正して整えること。ここでは統一の意味)し、功がある者は皆、地を分けられて列侯となっている。万民は大安となり、休徳(美徳)を受けていない者はいない。私は久遠の後に功名が埋没し、大誼(大義)を尊んで後世に伝えることができなくなるのではないかと思念している。よって、今から列侯の功によって序列を定め、朝位(朝廷での地位)を決めて高廟に保管しようと考えている。世世(代々)途絶えさせることなく、嗣子はそれぞれその功位を踏襲することにする。丞相は列侯と議定して奏上せよ」


 命令を受けた丞相・陳平は彼女の意図を理解している。


「謹んで絳侯臣・周勃しゅうぼつ、曲周侯臣・酈商れきしょう、潁陰侯臣・夏侯嬰かこうえい、安国侯臣・王陵おうりょう(左遷して封地に引きこもっているが、意見は求めたということ)らが共に協議しました。列侯は幸いにも餐銭(俸禄)・奉邑を下賜されておられますが、陛下は更に恩恵を加えて功績の序列によって朝位を定められました。我々はこれを高廟に保管することを請います」


 呂雉は陳平の上奏に同意した。


 具体的な序列について簡単に説明する。例えば位次一は蕭何しょうか、二は曹参そうしん、三は張敖ちょうごう、四は周勃、五は樊噲はんかい、六は酈商、七は奚涓、八は夏侯嬰、九は灌嬰、十は傅寛等である。百人以上いるため省略する。


 しかしながらこの位次三の張敖に関しては顔師古が、


「呂后との関係によって曲升したものである」


 としている。「曲升」とは事実を曲げて上にすることである。


 五月、彼女は楚の元王・劉交(劉邦の弟)の子・劉郢客を上邳侯に、斉の悼恵王・劉肥りゅうひの子・劉章りゅうしょうを朱虚侯に封じた。


 二人には入宮を命じて宿衛を担当させることとし、呂禄の娘を劉章に嫁がせた。


「上手く劉章様を入れることができた」


 劉敬りゅうけいは陳平にそう言った。


「ああ、そうだな」


「これにより、時が来たとき、斉王が東より攻め上がり、内側から劉章様と我らで決起する流れができる。そこまで持っていくのは大変であるが大筋は作ることができた」


「そのあとは?」


「それは決まっている斉王が即位なさる。呂氏を誅殺する功績ができるのだからな」


 当たり前ではないかとばかりに劉敬はいう。


「それは斉王自身もそのつもりか?」


「その通りだ」


 陳平は目を細める。


(先代の斉王の功績は後世は知らずとも天を感動させるに足るものであったと私でも思う。しかし、その息子が皇帝となることまで天が許すだろうか……)


 天はこの世で誰よりも平等に不平等を与える存在である。その存在が許すだろうか。劉肥の気高い意思に子供たちは受け継ぐに足る者を示しきれるだろうか。


「皇帝に即位するのは天意によるべきだ。混乱の中であるならなおさらにな」


「天意は斉王にある」


 劉敬は不快そうに言った。


「そう思い過ぎると足元をすくわれるぞ」


 陳平はそう返した。


「天意は覆らない」


「そのとおりだ。だが、天意は複数あり、優先順位がある。果たして斉王に与えられた天意の優先順位はどれほどのものであろうか」


 彼は思う。薄姫はくきが見知らぬ老人から聞いたという予言はだいぶ前に告げられたものである。その予言は今なお生きているように思える。


「お前は先代の斉王の行動を忘れたのか」


 劉敬はまるで斉王・劉襄の即位を歓迎しない陳平の言動に恩義を忘れた男に見えて仕方が無かった。


「忘れてはいない。忘れるものか」


 劉肥の行動が彼に関わってきた者たちの心を打ったのは事実である。もしあの予言さえ聞いていなければ単純に斉王の即位を歓迎することができたはずである。


(あの予言を知っているからこそ、劉肥の意思が自分の子が皇帝となることにあるとは思えない)


 天を感動させる動きであった彼の息子に天は微笑むとは限らないではないか。そのための努力が斉王にあるだろうか。


(しかし、それでもあの予言だけでは小さすぎる。もっと大きなきっかけが見えてこないことが恐ろしさを感じる)


 誰が本当の漢の礎を築くことになる皇帝となるのか。その天意が見えてこない。


(だが、既に天意は動いているはずだ。天意は何処にあるのか。近いのか遠いのか……)













 長安は都として多くの人が行き来している。その混雑した中を歩く老人が一人いた。


「長安とは人が多い場所じゃのう」


 彼は世俗と関わることを嫌い、あまり他者を近づける生活を送ってこなかった。だがある日、長安に行こうと思った。


 なぜかはわからない。それでも行こうと思った。


 しかしながらこうも人が多いと嫌気が差し始める。


「帰るかのう」


 長安を出ようとすると、


「良いのか?」


 後ろから声が聞こえた。振り返るとそこには黄色い服の男がいた。


「長安を出て、今までどおりの生活に戻るのか?」


 彼の言葉の意味を問おうと老人は男に近づこうとしたが人が多くいる道であるため、人の波に巻き込まれて、黄色い服の男の姿が見えなくなってしまった。


「なんじゃったのじゃろうか」


 わからなかった。しかし、その言葉の意味を知りたかった。長安に留まれば、別の未来が開けるのだろうか。


「まだ出て行かなくても良いかのう」


 長安から離れないことにした。しかしながらここで暮らすとなれば、生活費が必要になる。そこで彼はあることを始めた。それは絵を描き、売ることである。


 元々彼は絵を描くのが好きであった。しかしながらこの時代、まだ絵による芸術への関心は薄い。そのため馬鹿にされることが多く、そのため世俗から離れた暮らしをするようになったというのもあった。


 しかしながらこれにしか取り柄がないと思っている老人は、取り敢えず絵を売ることにした。あまり期待はしておらず、仕事を見つけるまでの暇つぶしの意味のが強かった行動であったが、意外にも意外、彼の絵は売れた。


「都というところは不思議なもんじゃ」


 特に技術を磨いて描いたものではない割には多くの人が褒めた。


「夢の中にでもいるのかのう」


 そんなことを考えながら取り敢えず生活費が賄えると前向きに考えることにした。やがて彼のことは噂となり、広まっていくことになる。そして、その噂はある男の耳に入ることになるのだが、それは少し先の話しである。


 因みにこの老人の名は田生でんせいという。



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