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第十三話

 例えば特殊部隊の訓練を受けていたら、今廊下からマイの部屋に戻ってくる時の足音が二つだけではないという事が分かったのだろうか。何も知らない僕は、落ち着いたジュエラと、彼女の肩を支えるマイだけがいるのだと思ってならなかった。

「と、父さん」

 開いた扉の先にいた父親の存在。咄嗟に僕は立ち上がったが、足が竦んだ。

「あ、あ……」

 足は動かないし、舌だって回らない。

「どうして約束を破った。言ってみろ。そいつには会うなって今朝言ったよな」

「なんで、ここに、いるの」

「答えろ」

 どうして約束を破ったのかなんて分かるはずもない。直感だ。レーシャを守らなければならないと、神様が教えてくれたからだ。それをどう説明すればいい。

「わか、分からない。ごめん」

 あの強気なジュエラでさえ顔が固まっていた。

「分からないじゃねえだろ! おら、こっちにこい」

「離せよ!」

 僕は最初、誰がそんな怒声を出したのか分からなかった。僕の腕を父が強引に掴んで、扉の外に出ていこうとする。ところが突然聞こえたその声で、場が止まる。

 声は僕の物だった。その理解に及んだ時、ようやく僕は自分が怒っているのだと分かった。それが分かったら、父の全てが憎くなった。

「帰れ! あんたなんか大嫌いだよ」

 外のざわめきに負けなかった。

 どんな覚悟もしていた。殴られても結構。僕は男だ。真正面から、親の顔を睨んだ。声が震えていたのが頼りなかった。

「アラード」

 か細い声で、レーシャが言った。そして僕の、もう片方の手を弱く掴んで、くいっと引っ張った。

 簡単に父親の手が外れた。少し予想外であった。

「馬鹿が」

 捨て台詞を吐いて、父は部屋から出て行った。ああいや、なぜだか捨て台詞と一緒に部屋から出て行ったように見えた。それだと捨て台詞ではなくなるか。

 足から順番に力が抜けた。地面に膝をついて、背中が丸まって、正座になる。感情が隠し切れなかった。

 昔の父の姿が頭から離れないのだ。思い出が、言葉が全て収束して僕を襲って、涙を流させる。みっともない姿だった。女性三人に見られている中だから尚更だった。

「ごめん、少し外に出てくるよ」

 真っ赤になった目を見られたくなかった。俯いたまま言った。

「私もついていこうかな。ねえジュエラ、レーシャの事任せてもいいかな」

「分かったわよ。ねえアラード、そんなに落ち込む事ないじゃない。本当、弱虫ね」

「悪いな、弱虫で」

 今度は僕が肩を支えられる番になって、部屋の外に出た。大人びたマイがいてくれて、心の底から感謝した。本当に僕は情けない。情けないなあ……。


 マイの部屋だというのに、その本人はアラードを連れてどこかへ行ってしまっている。今部屋の中に残っているのはジュエラとレーシャの二人だけ。

「災難ね、レーシャちゃんも」

 ジュエラは座りながら言った。

「私は平気」

「そうなの? マイから聞いてるわよ。犯罪者扱いして、アラードの家に入れてもらえなかったんでしょ。普通の人なら怒ってもいいと思うけど」

「子供だからかも。よくわからないわ。吃驚するだけなの」

「そっかあ」

 おいで、とジュエラは膝の上に手招きした。レーシャは素直に従い、ジュエラの足を椅子代わりとする。

「私さー。アラードとか、レーシャちゃんみたいに、悲しい思い出ってないんだよね」

「悲しい思い出? 私は記憶がないわ。悲しい思い出もない」

「どんな理由でもさ、故郷に帰れないっていうのは悲しい事だよ」

「うーん」

 まだ歳の幼い子供には難しい話だったかもしれない、ジュエラは話を止めた。

「あ、そうだ。この町の中で、気に入った場所とかあった?」

「ここ。マイの家」

「あ~それは私も。マイが好きなんだ?」

「好きよ。優しいし、それに温かいもの」

「まあ、優しすぎるのもだめなんだけどさ。自分の意見があるなら言えばいいのに、言わない時とかあるのよ、マイは。だめだって何度も伝えてるんだけど、全然変わらないのよね。自我を出さなくちゃ。だからさっき、アラードが怒った時ちょっとだけ見直したのよ」

 親子喧嘩が始まった時、誰の心境も穏やかではなかった。マイなんて怯えていた。だが、そこはさすがジュエラ。アラードの変貌振りをしっかりと眼中に入れ、見直する余裕がある。

「でも、アラードの事は嫌いなの?」

 レーシャは不思議な顔をして訊いた。

「嫌いよ。嫌いな振りをしてるんじゃなくて、本当に」

「アラードも、優しいと思うわ」

「私もそう思うけどさ。多分、合わないのよ性格が。男には色んな人がいるけど、合わないだけ。それなら、無理に仲良くする必要はないじゃない?」

「仲良くしてって、私は言ってないわ」

「ま、まあそうだけど」

 大人になってくると、段々相手の言いたい事が分かるようになってくる。マイはそういう能力に特に優れていた。ところがレーシャは全く経験をしていない。ジュエラは奇抜な会話の応酬に頭を抱えたくなった。

「気になる男の人はいるのかしら」

 そして牽制のパンチだ。ジュエラは面食らった。

「え、え? いや、いない事はないけどさ。と、突然じゃない」

「どんな人?」

 どうしてか、ジュエラは年下に主導権を握られていた。いつもはジュエラが意地悪な質問をする方だったが、今日は反対側に回ってしまったのだ。

「私の事よりもマイの好きな人の方が気にならない?」

「気になる」

「でしょ。もしかしたらレーシャはもう気づいてるかもしれないけどさ。あの子、隠し事苦手だからすぐわかっちゃうんだよね」

 主導権を取り戻し、ここぞとばかりにまくしたてる。ジュエラは得意気な顔になってマイの事を話し続けた。

「アラードの事が好きなのよ。彼女は」

「やっぱり」

 ジュエラの小さなくすくす声がレーシャの耳をくすぐった。

「私はあんまり、良い気分はしないけどさ。結構お似合いなのかなって諦めてるわ。なんだかあの二人って、似たようなオーラない?」

「優しかったり絵を描いてたり」

「そうそう。それに、強気な男……チンピラとかがマイと肩並べてる所とか想像できないし。この町にチンピラはいないけどさ、強気な男は結構いるのよ。グロウとかね」

「グロウ?」

「町一番っていう程でもないけど、大人からしてみれば厄介な奴よ。マイは苦手って言ってたけど、私はそうは思えないなあ」

「どうして?」

「前ね、どっか知らない町から変な集団が入ってきた事があったのよ。この町ってほら、平和だから、この町の住民って舐められてるのよね。仕方ないんだけど――それで、その集団にちょっと色々されそうになった所を助けてくれたのがグロウとかロエとかだったって訳」

「正義のヒーローね」

 ヒーローをチンピラ呼ばわりするのは勿体ないからと、ジュエラはグロウをチンピラと呼ばなかった。

「強気な男がマイの近くにいたら、マイはただ従うだけになると思うのよ。奴隷、は言い過ぎだけどね。だから気弱な男くらいがマイも色々という事ができて、バランスが良いの」

「でも、弱い男ってあまり、魅力的に見えないわ。強くないと」

「勿論よ。アラードもさ、マイが近くにいると強くなるしかないのよ。マイも弱いから、危機が迫った時とか、グロウのように強くなるしかない」

 折角会話の主人公になっているマイとアラードが帰ってくる気配が全く無かったが、話しているうちに二人は段々と仲が深まっていく。すると、会話をするだけでも楽しくなってくる。

「ジュエラ、あなたって良い人ね」

「まったくさ、レーシャちゃんはいつも突然よね」

「最初はアラードに色々嫌な事言ってたから、あまり好きじゃなかったわ。だけど、あなたって良い人」

「ごめん。さっきは結構イライラも募ってたからさ。ラーヤもいたし」

 今は外に出ているが、彼女はマイの部屋に来てからずっと、すみっこで本を読んでいるだけであった。ジュエラがいなかったら話に率先して入ったのだろうが。

「どうしてラーヤの事は嫌いなの」

「それ、言わなくても分からない?」

 少し悩んだ後、レーシャは口を開いた。

「分かったわ」

 多分友情が深まるというのはこういう事なのだ。

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