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第十二話

 外に出た時にはその正体がなんなのか、僕はすぐに分かった。ただこの町にいる子供たちには、あの車がどんな意図を持って公道を走っているのか分からなかったみたいだ。

 黄色い、トラックくらいの大きさの車が小さな道を通り抜ける。一丁目の間は車が一応走れるほどの間隔はあったみたいだ。

 二台のトラックがすぐ目の前を通りすぎ、僕は自分の名前を呼ばれて左右を見渡した。首を二度動かして、そこにロエの姿がある事が分かると、僕は手を振った。

「なんの騒ぎだよ?!」

 息をきらしながらロエは言う。

「どこかで火事があったんだ。この町のどこかで」

「お前、あの車の事知ってるのか」

「あまりこの目で見た事はないけどね。あれは、消防車だよ」

 サイレン音がけたたましく、普段、この町で大きな音を出す騒動は全くないという事が住民の反応からうかがえる。住民全員が家から外に出て、僕とロエの真似事をするように、住民同士でなんだなんだと犇めきあう。

「ちょっとまて。火事だって? そんな馬鹿な事ないだろう。俺は生きてて、まあまだ十七年だが、一度も見た事がない」

「大丈夫、それは僕もだから。ところでグロウの所にはいかなくて大丈夫かい」

「その通りだがよ、こっちに来てくれ」

 来た道を引き返すロエに続いて、僕も歩き始めた。

 この町にいる限り、絶対にないと思っていた。ここの住民の危機管理能力は一流で、どんなに優秀な人材でもミスをする事はあるだろうが、普通に生活していて消防車が何台も出動する必要がある火事に発展する事はあるだろうか。他の区画からも消防車が通っているようで、サイレンの音は遠くからも聞こえてきている。

 朝に学校で起きた殺人に続き、火事。学校で起きた事件は、言葉にしたくない言葉だがロエが犯人だ。だからこの火事は、誰が犯人という事はないと思う。だが仮に、確率は低いだろうが――そもそも人生は確率というものを当てはめるべきではないが、あえて――もしこの火事に犯人がいるとすると、ロエがありもしない罪を着せられてしまう予想ができた。

 平和な町で事件は一切なかった。だからその町で一度事件があって、二度目が起きてしまったとしたら、それは一度目の犯人が起こした物だという意識が高まる。便乗して事件を起こすという狡猾で最低な人間がいないと信じる事により、主張できる論理ではあるが、この町の住民は互いが互いを信じあうという文化がある。

 犯人がいない場合も、一度でも第一の事件の犯人の仕業ではないかという仮想が生まれてしまったら、ロエは悲惨な事になる。

「これを見てくれ」

 道路が簡素に封鎖されていた。黄色のテープが町を横断しており、通行止めのマークが残されている。

「グロウはこの先にいるんだが、ここが通れないんじゃ会えないな」

「向こうの道は? もしかして町の端から端まで封鎖されているのかい」

「どうやらそうみたいだ」

 途端、黒煙が渦を巻くように空に向かう景色が浮かんだ。焦げ臭いような、なんだかスッキリしない香りも辺りに立ち込める。住民はみんな家に閉じこもってしまっており、誰も外に出ていない。

「なあロエ、向こう側には何があるのかな。何が燃えているのか分かれば、少しは安心できるんだけど」

「特別な建物は、何かあったような気がするが覚えていない。だが、向こうの区域にはグロウの家があったはずだ」

「じゃあ、グロウの家が燃やされたとか……」

「変な事をしゃあしゃあと抜かすなよ。それに、燃やされた? なんの事だ」

「あ、いや、気にしないで。この町で火事なんて起きた事なかっただろう。だから、誰かが意図的に燃やしたんじゃないかって思って」

「信じたくない話だ」

「とりあえず一度、ロエは家に戻った方がいい。きっと家族が心配しているはずだよ」

 家族の顔が目に浮かぶといったロエには僕も同じ意見を持った。通行止めの前で別れると、僕はマイの家へと向かった。不幸中の幸いなのだろうか、マイの家は向こう側ではない。

 大雑把にみて二十五丁目前後の地点が全区画で通行止めになっている話だが、マイはそれよりも前の地点に土地をもっているおかげで巻き込まれなかった訳だ。

 途中の曲がり角を素直に曲がって、マイの家へと直行した。特に気にはしていなかったが、港の方に人々が集まっていた。多分、運悪が悪く通行止めより奥に住居を持っている人々が避難しているのだろう。遠目に見ているから分からないが、あまり賑やかにはしていない。喜ばしいパーティではないという事はすぐに分かる。

 集団を無視してマイの家に駆けこみ、チャイムも鳴らさずに――しかしスリッパにはちゃんと履き替え――レーシャとマイがいるであろう部屋へと向かった。

「大変だ火事だよ! もう知ってるだろうけど、大事件だ!」

 取り乱して慌てる僕。扉を開けた途端、飛び出すように口からその言葉が出てきたが、部屋にマイとレーシャ、そしてそれ以外の人物がいる事に気づいて冷静さが戻った。

 冷静にはなったものの、気分は穏やかにはならない。好ましいとは到底思えない状況だった。

「うるさいんだけど。ちょっと静かにしてよ」

 ジュエラだ……。僕は彼女が苦手だった。彼女が僕を苦手としているから、僕は彼女が苦手だった。初対面で突然、「なんでマイと仲良いの?」と訊いてきた、マイと同い年の、要するに僕から見れば年下の年頃の女性。おそらく彼女は、僕とマイとが二人きりで話しているのが気にくわなかったのだ、その時は。

 顔だけみるとかわいらしく感じるのに性格が勿体ないと思った。黒に近い茶色の髪は両側で綺麗に束ねられており、それでもまだ長い髪は腰の所まで垂れている。馬の尻尾が二つ肩に垂れていて、丸い顔には愛嬌がある。少しだけお腹が膨れていて、マイ曰く気にしているのだそうだ。

「ご、ごめん」

 強気な彼女の前に、僕は黙った。開けっ放しにしていた扉をしめて、その場に座った。

 最悪なのは続いた。部屋の端っこに、遠慮がちに体育座りをして本を読んでいる、これまたマイの同い年の眼鏡っ子、ラーヤがいるのだ。最悪といったが、僕は彼女の事が嫌いじゃないし、彼女が僕の事を悪く言ったこともない。関係は今のところ良好である。ではなぜ最悪なのかというと、ジュエルとラーヤは明らかに敵対関係を結んでいるのだ。

「火事、大変ですよね……」

 ほら明らかに。律儀なラーヤが、僕の何でもない言葉に返答してくれたのに対し、ジュエラは小さく舌打ちしてラーヤを鋭く睨んだ。マイも苦笑した。

 お人よしなマイにはいろいろな友人がいるが、その友人同士がまた友人になるとは限らない。特に今日は相性の悪い二人がここに揃ってしまっていた。だから最悪なのだ。

「二人とも、家に帰れないから私の家に来てくれたんだよ」

「そうなんだ。頼りにされてるんだね」

 すると、ジュエラが不機嫌そうに言う。

「あんたと、あの根暗がいなかったらもっと楽しかったんだけど」

「わ、悪かったよ。帰った方がいいのかな」

 片足だけ立ち上がって帰ろうとする僕を、マイが引き留めた。

「ううん、ここにいていいよ。ジュエラもさ、あんまり邪魔者扱いするのやめてね」

「ふん。マイに触ったらどうなるか、覚えておきなさい」

「わ、分かったよ」

 一体どんな関係なのか、気になっても深く追及するもんじゃないと思って僕は常日頃を生きていたが、まるでジュエラは保護者のようじゃないか。

 二人の事も気になったが、レーシャの視線もまた気になった。何とも言えない表情でジュエラを見ているのだ。怒っているのだろうか?

 気がおかしくなりそうな空気感。一刻も早く部屋から出れば良いだけの話であったが、立ち上がるのもまた勇気。救世主はいないものかと辺りを見渡してみても、映画や漫画に出てくるような天使の生えた女神はいない。レーシャは女神に近かったが、羽根が生えていない。

 もう既に気がおかしくなっているような気がした。

 廊下の方から足音が聞こえてメルヘンチックな想像が掻き消された。その人物はノックをして部屋の中に入ってくると、ニュースのアナウンサーみたいな口調で言った。

「火事が起きたのはラフレさんの家よ。ラフレさんの家はもう、ほとんどが真っ黒になってるんだけれど、他の家に火が燃え移る事はなかったみたい」

「え、嘘……」

 両手で抱えていた本を落としたラーヤ。彼女の顔面は白かった。

「ラーヤの家、だよね」

「はい、私の家で……。え、お父さんは大丈夫なんですよね?」

「大丈夫、死者はいないわ。でも、ちょっと不審な火事なんですって。火が出始めた時、ラフレさんは家にいなかったのよ。だから命が助かったという事なんだけど、つまり、家の中には誰もいなかったっていう事なの」

「えっと、ラーヤとラフレさんは二人で家に住んでいたのかな」

「はい。お母さんがお父さんとすごく喧嘩して、仲直りするまで別居してたんです。もしかして、お母さんが何かしたのかな」

 文学に関心のある少女の想像力は計り知れない。今彼女の頭の中では、油を撒いてマッチを擦る母親の姿が浮かんでいるのだろう。もっとも、僕は彼女の母親を見た事がなく想像の余地もない。

「そんな事はないよ」

 マイの手がラーヤの背中を撫でても、落ち着きはしない。想像を掻き消さなければどんな慰みもラーヤにとっては無意味だろう。僕が彼女と同じように。

「ラーヤちゃん、ラフレさんがあなたの事を呼んでいたわ。行ってきなさい」

「はい」

 キャリーおばさんがラーヤの手を引いて部屋から出た。残された僕たち四人は、どう口を開けばいいのか分からなかった。

「不思議ね」

 一番手を取ったのはレーシャだった。

「朝、ひどい事件があって、お昼また不幸な事故があったわ」

「とうとうこの町の誇りも薄れちゃったって事よ。はあ、もう散々」

「機嫌悪いね、ジュエラ」

「当たり前でしょう。殺人事件があって、しかも私のクラスよ。進路に響くかもしれないじゃない。殺人事件があった学校の生徒っていうだけで印象が悪くなるに決まってるのよ」

「いや、そうでもないよ」

 反論じみた僕の返しに、彼女はほとんど怒りを含めた視線を僕に飛ばした。

「なんで。部外者だからって調子乗んないで」

「違うよ。考えてもみなよ。殺人を起こしたのは一部の生徒だけで君じゃない。それなのにどうして印象悪くなんなくちゃいけないんだい」

「あんたさ一回痛い目みた方がいいわよ」

「ねえジュエラ、どうしてそんなに意地悪な事を言うの? アラードが何かしたの?」

「だって――」

 彼女は言葉を続けなかった。その代わりか、立ち上がって扉の方へ向かった。

「どうしたの」

 マイも立ち上がって、ジュエラに呼びかける。

「もういい。ほっといて」

「待ってよ! ……ごめんね、アラード、レーシャちゃん。ちょっとここで待ってて」

「う、うん」

 ついにレーシャと二人きりになってしまって、そしたらなぜか、レーシャの事が異様なほど愛おしく思えて彼女の方に顔を向けた。ぼうっとした表情で扉の方に顔を向けていたが、僕の方に向いた。

「……うん?」

「あ、悪い、なんでもないよ。二人が帰ってくるのを待ってようか」

「そうね。ところで、お買い物はしなくて平気なのかしら」

「火事の区域内のところでさ、できないんだ」

「そう。あ、お掃除は終わってるから、心配しなくていいわ」

「わかった。でもそれ、僕に言われてもなあ」

 マイが帰ってくるのを待つ間、僕とレーシャは口を開かなかったが、だからといって重い空気は流れていなかった。レーシャは多分、観察するのが好きなのだ。窓の外の雲を見上げて、見つめているだけで満足気。僕はそんなかわいらしい彼女を見て、満足気。まるでペットのようだ。

 不審な火事、という言葉が頭を渦巻いた。事故というのは、特に火事は人間がいるから起こりうる事故だ。ラフレという人物が、もしかしたらとんでもなく恐れ知らずな科学者で、実験をしていて火が燃えた……とか。

 とても探偵らしからぬ推理だが、ラフレさんがその時家にいたなら不審とは呼ばれない事件だったのだ。じゃあ、本当に何者かが起こした事件なのだろうか?

 そういえば、僕は頭の片隅に不穏な言葉が流れた。その言葉は一昨日昨日聞いた言葉ではない。さっきだ。さっき、ロエから聞いたではないか。

 僕の父親はラフレという人物の家に向かっていたのだ。

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