プロローグ
潮風と海の饗しはどこか懐かしく、私の心を温めた。
今、私を囲むのは水色の海だけだった。雄大な世界に置き去りにされて、本当なら寂しさのあまり泣いてしまうだろう。ところが太陽が私に微笑みを授け、寂寥感がまっすぐに掻き消される。
海水のベッドは心地よかった。
私はどうして、ここにいるのか分からない。この世界には鏡がないから、自分がどんな姿になっているのか想像がつかず、霊魂であり、死後の世界なのではないかという錯覚は容易い。証明する事はどうしても出来ない。
波に揺られながら宛のない道を進んでいく。私はもう人間の作った概念――時間や方位といった感覚は崩壊している。だからどれくらいここにいるのか、今どこに向かっているのかを説明する事ができない。腹は減っているが、海水を飲めば最低限の生命は保たれる……と、私は信じている。
ただ流されるしかなかった。流されて流されて、辿り着く場所には何があるのか。それさえ分からないまま、今まで何度太陽と月は物語を見てきただろう。
いつしか私は瞼が重くなった。瞼が重くなったから、眠る。とても自然な事だ。大自然に囲まれる中、自然に反するのはとんでもなく無粋な出来事のように思って、私は目を閉じた。
つい先程よりも太陽を近くに感じた。
――おやすみ。僕が見守っていてあげるから、安心しておやすみ。