8話 輔弼~ほひつ・天子の国政を補佐すること~
「ばか者!!」
父さんの声で目が覚めた。
僕の目に飛び込んできたのは病室の戸を開けるなりの怒号だった。
そして母さんが看護士さんに謝っていた。
白い天井に痛みの走る左肩で思い出した。
ここは病室だ。
見回してみると父さんと母さんと幸子と杏と所長が心配顔で僕のベッドに張りついていた。
僕はぼんやりとみんなの顔を見ていた。
「所長!うっ!」
僕は起こそうとして左肩が痛くて断念した。
でも痛みで意識がハッキリした。
僕は寝ながら所長に何としてでも林田当麻さんと鎌田静香さんを助けなければと説得を試みた。
「所長、鎌田さんはどうなりましたか?彼は犯罪者です。でも僕には彼の力が必要です。犯罪者なので死刑が妥当と思いますが彼は‥彼も被害者です。僕にもう一度、話をさせてください!お願いします!」
「勇気、落ち着きなさい。話は杏くんから聞いている。鎌田静香と林田当麻の事については後からにしなさい。今はその傷を治すことに専念しなさい。いいね!」
「でも‥‥はい。幸子!そう言えば幸子!大丈夫!怪我はない?杏も?大丈夫?」
「も!勇気のバカ!心配したじゃないの!‥‥私も幸子ちゃんも大丈夫よ!勇気は大丈夫なの?」
「ごめん。僕は大丈夫だよ。2人とも無事でよかった。それにしても、なんで幸子と杏が知り合いなの?そう言えば手紙がどうのこうの?」
「それね‥‥勇気が手紙を書かないからでしょう。勇気の代わりに私が手紙のやり取りをしていたの。そのうち幸子ちゃんとは文通みたいになっちゃって、私たちとっても仲良しよ!私、こんな妹が欲しかったの!」
「私もお兄ちゃんよりお姉ちゃんがよかった!」
2人で楽しそうに話をしていた。
すると幸子はモジモジしながら、横になっている僕の左手付近に目をやりながら小さな声で話を始めた。
「ほら!幸子ちゃん、ちゃんと言わないと‥‥ほら!」
「お、お、お兄ちゃん‥‥助けに来てくれて‥‥ありがとう」
「幸子‥‥ありがとう。幸子が無事で良かった」
「そうだ!お兄ちゃん聞いて私ね!CAの専門学校に合格したの!私スカイだけど頑張る!」
「偉い!幸子は明るくて元気があるからなれるよ!ただ‥‥落ち着きがないのがたまにきずかなぁ?」
「も!!お兄ちゃんヒド!お兄ちゃん‥‥能力があって良かったね」
「ありがとう!でも能力があるのも良し悪しだよ。あれほど能力が欲しい!と思っていたけど、人を傷つける能力なら無い方がよかったよ」
「お兄ちゃん、それは違うよ!能力は人を傷つける事はないよ。人を傷つけているのは人だよ。父さんがいつも言っていたじゃない!忘れたの?バカだなぁ?あ~そうかぁ!お兄ちゃん能力は無かったし、なにより外に出なかったものね。忘れたのでは無くて知らなかったのね。私が教えてあげる!能力で人を傷つけてはいけないの!能力をごじ?こぶ?こ、こ‥」
「誇示」
「も!お父さん言わないで!そうよ!誇示。能力を誇示しない!いい、お兄ちゃん!珍しい能力だからって見せびらかしたりしたらダメよ!」
「アハハ!うん!わかったよ。流石、幸子だ!僕はバカだね。そして僕は幸せ者だね。よかった‥‥幸子の兄として産まれてこられて本当によかった」
「バカね!そんなことで泣かないでよ」
「違うよ!傷が痛いだけだ!」
本当に嬉しかった。
昔も今も変わらない態度で僕に接してくれた幸子に感謝した。
昔は辛い態度だと思っていた行動も彼女にすれば能力の善し悪しで変わることのない態度だっただけのこと今も昔も彼女は変わらない、それがまた嬉しい。
それに幸子の言う通りだとも思った。
能力は人を傷つけ無い。
傷つけているのは人だ。
鎌田さんの過去でもサリーの過去でも人が人を傷つけていた。
翔の過去でも、父親の行動が翔を傷つけた。
父さんの言う通り逃げてはダメだった。
所長はその事を今も悔やんでいる。
そして僕に翔を重ねていると思った。
だから強烈に翔を救いたいと思ったのかもしれない。
僕は右手を伸ばし父さんの左手を掴んだ。
「父さん‥‥僕は大丈夫。僕は独りじゃない。杏だって所長だって僕の側にいてくれる。僕の味方になってくれる。僕は‥‥僕はみんなを守れるだろうかぁ?」
そんな僕に握った手から力強い応えがあった。
「父さん‥‥」
「勇気‥‥迷うな!逃げるな!信念を貫け!悲しくなったら父さんと母さんのところに帰ってこい。全ての人に優しくなりなさい、その優しさが強さとなる」
僕は大きく頷いた。
父さんの後ろで母さんがハンカチで目頭を押さえていた。
僕の涙もろさは母さん譲りかぁ。
父さんと母さん、幸子に全てを話した。
エンペラーの事、お婆さんからいただいたトレースの事、杏の承諾をえて林田さんからファイアーを奪った事、鎌田さんの事などを話をした。
幸子にしてみれば話が大きすぎて理解出来なかったようだ。
母さんも似たようなところのようだ。
でも父さんだけは理解してくれたようだ。
理解と言うより知っていた?感があった。
母さんと幸子は僕の入院に必要な手続きをするために一度家に帰った。
杏は僕の着替えなどを取りに研究所に戻った。
今いるのは父さんと所長と僕だけだ。
「父さんは理解できたの?それともエンペラーを知っていたの?」
「皇帝だろう。直接は知らないが聞いたことがあった。俺が小さいときお爺さんから聞いたことを思い出したよ」
「お爺さんは‥‥革命軍だったのですか?」
「詳しくは知りませんが、そうだったと聞いたことがある程度です」
「あの‥‥所長、革命軍とはなんですか?お婆さんの時もその革命軍と言っていました。革命とはなんですか?」
「勇気が知らなくても仕方のない事だよ。革命とは今から約100年前に能力者の地位と人権を確立するために国内で起こったテロ行為だよ。ただ日本ではテロ行為は禁止されているから勇気たちが知らなくても当然だね。ただ規模が大きかったから伝聞や政府の機密書類などには詳しく記載がある。私は能力開発研究所の所長としては知って然るべき事だったので知っていたよ」
「そんな事があったのですね」
僕と父さんは2人して感心した。
歴史の一片を見た気がした。
そんな話をしているうちに母さんと杏が戻ってきた。
「杏、そろそろ行こうか。勇気、今日は疲れただろうからゆっくり休みなさい。では、行こうか」
「はい」
「所長!待ってください。所長にまだ話が‥‥」
「勇気、話は退院してからだ。とりあえず今は傷を治すことに専念しなさい」
「でも‥‥」
「そうよ!勇気がむちゃした罰よ!気合いを入れて治しなさい!」
「杏‥‥気合いでは治らないよ。杏じゃ~あるまいし‥‥」
「ひどいわね!人をゴリラみたいに言わないで!」
「でも気性は似ているけどね!」
「も~!!」
「これ!杏!ここは病室だぞ!」
「すみません‥‥勇気また明日ね!」
「うん!また明日!」
それから2週間の入院となった。
産まれて初めての入院。
実は病気らしい病気をしたことのない僕。
病院と言うところは騒々しさと静けさが入り混じった不思議なところだった。
朝から昼ぐらいまでは色んな人が行き来しバタバタ忙しいそうで騒がしい。
一転、日が暮れると静かになる。
まるで誰もいないかのように錯覚するほどの静かさだ。
この2年間で人には慣れたと思っていたが‥‥流石に疲れた。
入院から2日目に丸さんが見舞いに来てくれた。
丸さんは僕の能力より手袋の方に興味があったようで、どうしても貸してほしいと泣きつかれ右手だけ貸した。
もちろんすぐに返してもらう約束で。
研究熱心なのか遊んでいるのかがよくわからない人だなぁ。
僕の入院ライフはそんな感じでで終了した。
迎えに来てくれたのは所長と杏。
僕にとってこれからが正念場を迎える。
戦うための強さは優しさと仲間!そして家族!
僕にこのことを教えてくれたのは父さんだ。
それを証明するためにも何としても鎌田静香さんと林田当麻さんを助けなければ!
僕の戦いは始まった!