30話 遠望~えんぼう・遠くを望み見ること~
準備万端?
果たして本当に?
準備が終わったのか?
それすらもわからないくらいの慌ただしさ。
夏の残暑も秋の清々しい空も冬の寒さも、感じることなく準備に追われていた僕ら。
全ての準備を終えるのに約4ヶ月もかかってしまた。
季節はもう少しで新しい年を迎える月まで来てしまっていた。
「勇気!私も行くわ!お願い……私も!」
「杏……大丈夫だよ。心配しないで。このモニターで見ていてよ。何か合ったら合図をするから!」
「そうだせ!杏!勇気には俺と静香が付いてんだ!心配する事ないぜ!」
「そうですね。当麻だけだと心配ですが、私も一緒です。それに壁一枚隔てたこちらに皆さんがいます。何かあれば合図を送ります。安心して下さい」
「ちょっと待て!静香!俺が役に立たないような言い方じゃねぇかぁ!」
「もう!静香さんも当麻さんも!静かにして下さい!じゃれ合うなら向こうでして下さい!」
「へ~い」
「……」
「あはは!勇気も当麻兄さんも静香兄さんも何も変わらない!うん!何か大丈夫な気がしてきた!
でも……やっぱり……うん!大丈夫!絶対無理はしないでね!」
「うん!」
「おう!」
「はい……では行きましょうか」
杏の声援を受け僕と当麻さんと静香さん3人はナポレオンこと翔の最後のバトル会場へ足を踏み入れた。
皆は隣の部屋に移動した。
結局、静香さんの提案を受け入れたのだ。
ただ周りを固めているのはSATだけではない。
そもそも国会議事堂内の警備は両議院の事務局職員である衛視と言われる警備員が守っている。
もちろん今回は特別に議長の権限で警察官も介入しているけれど僕たち研究所の面々も沢山いた。
隣の部屋でモニターを見ていたのは杏、丸さん、ゲンさん、麗子さん、昇さんで見ていなかったのは竹井さん、紗弥加さんだった。
他の国立さんや福田さん、慎吾さん、あかねさんは懇談会室の外。
無線で中の様子を聞きながら待機していた。
ちなみに玉瑛くんは麗郷さんが里から出てきてくれて研究所の職員と一緒にお留守番をしてくれている。
玉瑛くんは研究所でもアイドルとして君臨していたし麗郷さんは職員のアドバイザーとして照臨していた。
「あ!勇気が入って来た!」
「落ち着きぃ~なぁ~杏」
「そうや!そうや!俺らが設計した部屋やしぃ~大丈夫やぁ~」
「も!丸さんもゲンさんも変なん言葉でしゃべらないで下さい!気が抜けます」
「「そんなぁ~」」
「杏さん、ナポレオンが来たようです。風の振動を感じます」
「本当ですか?昇さん。きゃ!」
「本当に派手に登場しましたね。綺麗なステンドグラスが粉々ですわ。もったいないですね。
まぁ!あのお姿は所長さんに似てらっしゃいますね」
「麗子さん……それは言わないで下さい。所長の息子さんでも今は私たちの敵です」
「杏さん……そうですわね。ごめんなさい」
「それにしても良く飛ぶなぁ~。丸あれで大丈夫なん?」
「チッチッチ!ゲンちゃん甘い!甘い。
あればホログラムを取り入れたハーフ立体スクーンだよ!
しかもナポレオンをビュンビュン飛んでんだぜ!人間は目で見た物は脳で処理するだろう。そのとき判別し難いものや見えにくい物は前の記憶から勝手に引っ張り出して処理しちまうんだ。そのせいで同じ形をした物は同じ物と誤認しちまう!という事さぁ!皆の衆、わかったかなぁ?」
「……」
「反応無しかい!」
「おっと!丸、バレなかったみたいだぜ。みんな!揺れるぜ!」
「……揺れた?麗子さん、昇さんは何か感じました?」
「杏さん……私は何も?昇は?」
「私は、少しだけ感じました」
「ゲン!すげーよ!俺は全く感じなかったぜ!これで地震もイケるんじゃねぇの?」
「すんげ~だろう!
でも……確かにすんげ~けど弱点もある。やっぱし、自然界の縦揺れと横揺れは防ぎきれない。じゃんけんだって何を出すかで勝負が付くだろう。始めに解っていれば必ず勝つことができる。地震も同じで、何を出すのか解っていれば完璧に防げるんだ!
今からはコレを応用するか、違う方向からアプローチをするか、悩みどころだね。
それにしても竹井氏は女傑だね。ウチのマムも結構な女傑だけど……」
「ゲンそれは違うぜ!ココにいる女どもは皆、女傑だぜ!」
「もう!2人ともバカを言ってないでちゃんと網の準備をして!」
「「は~い」」
「丸さん!今!」
「ホイ!ポチとなぁ!」
「あの……丸さん。本当に大丈夫なのですか?あの網は炎や水で簡単に穴が開きそうに見えますが……」
「麗子さん、大丈夫です!あ!昇さんも不安そうな顔をしていますね。
あの網は新素材と言うかぁ~元からあった炭素繊維に、ギリギリの炭素を足して……ちょっと難しいかったかぁ。えっ~と、高度、つまり、硬さがダイヤモンド並みで……まぁ!要は物凄く小さいダイヤモンドを並べて網にしたモノなんや。それだけやない!ダイヤモンド並みと言うことは熱さにも寒さにも負けへん硬さをもっとる!」
「あら!だったら寒さ=アイスにも強いのではないのかしら?」
「麗子さん……確かに寒さ・冷たさには強いが硬さには弱い!原石のダイヤモンドをカットする刃もダイヤモンドなんや。麗子さんクラスのアイスやったらダイヤも砕く!勇気で確認済みなんや」
「なんや!なんや!うるさい!勇気がアイスさえ使わなかったらいいのよね!」
「杏様……その通りです」
「仲がよろしいですね」
「も~麗子さんも昇さんもゲンさんも!笑ってないでモニターを見てください!
勇気が……きゃ!!当麻兄さん!!」
「杏!落ち着け!大丈夫……みたいだ。スクリーンの影に隠れて無傷のようだぜ。お陰で俺の力作が……」
「丸……それは仕方ない!命が大事だ!」
「そ、そ、そうだね……命が大事だね……ゲン……はぁ~」
「それにしても壮絶だねぇ!ナポレオンの腕から水の鞭でムチムチ!それを勇気がメラメラの炎の壁で防御!あぁ~らら!水蒸気でなんも見えん」
「ゲンさん……言い方というものがありませんか!ムチムチとかメラメラとか気の抜けた言い方やめて下さい!」
「 うひゃひゃ~、杏ちゃん、すまんすまん。それにしても凄いね! 勇気って意外に武闘派なんやね」
「そうやろ!ゲン。俺もビックリ!」
「丸さんもゲンさんも開発でお忙しかったからご存知ないでしようけど勇気だって頑張っていたのです!」
「杏……なんで中途半端な敬語なん?」
「も!丸さん!そんな言い方しないでよ!私だって緊張してんだから!」
「杏さん、丸さん、水蒸気が晴れそうですよ」
「麗子さん……勇気……当麻兄さん……静香兄さん……無事でいて!」
誰もがモニターから目を離すことが出来なくなった。
話すことも動く事も出来ないまま、水蒸気のモヤモヤが収まるのを見つめていた。
永久に続くかと思われるほどの時間が過ぎたが、実際には5分ほどしか経ってはい。
モニターに映し出された映像に歓喜が湧いた。
そこには勇気を支えている静香兄さんと当麻兄さんがナポレオンを支えている姿だった。
モニターには福田さん達が部屋に入りナポレオンを連行していく姿が映し出していた。
杏が全ての人や物をなぎ倒し駆け出した。
「勇気!!」
「杏」
「大丈夫……なの?」
「うん!大丈夫だよ。あ!当麻さん!静香さん!翔の事をよろしくお願いします!
翔!!すぐに会いに行くからな!」
勇気のこの言葉に違和感を感じながらも当麻兄さんも静香兄さんも手を振って答えていた。
そしてナポレオンもしっかりした足取りで勇気に手を振って答えていた。
なぜ?とも思ったけれど今はそんな事よりみんなの無事だった事に安堵。
「杏!僕達の家に帰ろう!」
「うん!」
破壊された窓からは新しい空気と優しい朝日が射し込み、すべての終わりを告げていた。
「元気?って変かぁ!」
「確かに変だね」
「少しは落ち着いた?」
「いいやぁ……毎日ハードだよ」
そう言って笑った顔は世界の破滅を考えていた顔ではなく僕達と何ら変わらない、まだまだ若僧の顔。
どことなく所長の雰囲気を漂わせた若僧、能力を奪われたナポレオンこと勝又翔は全ての罪状を認めて死刑すらも覚悟をしていたと言う。
しかし判決は違っていた。
静香さんや当麻さんと同じ能力を奪われての永久無期懲役だった。
なぜ?とマスコミ各社が取り上げたが裁判官の最後の言葉に納得せざる終えなかったとの事。
「彼もまた被害者です」
この一言が騒ぎ立てるマスコミを黙らせた。
その代わり、父親である所長にたいして激しいバッシングがあったが、所長はそれすらも自分に与える罰だとして受け止めていた。
そして最大の謎は……何故、翔が素直に罪を認め刑に服したのか?
あれほど世界を恨んでいた翔なのに、今は自分の罪と真摯に向き合っているのはどうしてか?
それは……最後の戦いに秘密があった。
話は最後の戦いまで戻る。
翔が火の玉で当麻さんがいるスクリーンを攻撃してきた後、水の鞭で当麻さんと静香さんを攻撃してきた。
「見えていますよ!」
僕達はずぶ濡れになりながら吹き飛ばされてしまった。
「おや?あなた達は確か……ウォーター……何でしたっけ?そうそう役に立たなかった人達ですね。
こちらがウォーターでこちらがファイアーでしたね」
言い終わらないうちに、壊れたモニターの影から突進してきた当麻さんに水の玉を僕の後ろにいた静香さんに炎の玉を繰り出してきた。
この攻撃はあらかじめ予測出来ていた。
そしてこの攻撃こそ僕が待っていた攻撃だった。
水の玉は面攻撃には強いが突き攻撃には弱い。
水の表面張力が壊れ威力を失う事を知っていた当麻さんは水の玉を諸ともせずにそのまま突撃した。
そして何故、僕が静香さんの前にいたのか?
それは、この炎の玉攻撃を待っていたからだ。
炎の玉に同じ大きさの水の玉を当てるとどうなるか?
答は部屋中に水蒸気がたちこめて何も見えなくなる。
そう、この状況こそが僕に時間をくれた。
当麻さんの最初の突撃で翔は右の頬を殴られ、体が勢いで右向きになったところを静香さんが手套で首を叩き昏倒した。
何と最初の攻撃で最後のバトルは終了していたのだ。
「翔!お前の攻撃はお見通し何だよ!」
「そうですね。能力に溺れているあなたなんかに負けるわけがない」
そう捨て台詞を言って翔を僕の前に横たえた。
その姿は生贄の祭壇に奉げられた乙女……まぁ~あの時はそんな悠長に物事を見ている余裕なんかある訳はなく、後から静香さんにー生贄を奉げる乙女に見えましたよーと情緒感たっぷりに教えてくれた。
どこか楽しそううにね。
そして静香さんと当麻さんはあたかもナポレオンと戦っているかのように演技した。
組み手?ケンカ?をしている姿は真剣そのもので激しいバトルを始めた。
僕は横たえた翔の額に左手を当てた。
「勝又翔から全てを奪う!」
僕の叫びは部屋にいる人にしか聞こえない。
もちろん音声も隣の部屋にも聞ようにしたあったのだが、2人のバトルが激しく話声などかき消していた。
心臓が止まった翔に隠し持っていたAEDで蘇生させた。
目が覚めた翔は目を閉じ、自分の状況を確認している。
そして一言。
「何も……ない……」
この言葉で翔は終わったことを理解した。
でも僕にすればまだ終わりではない!
これからが僕の時間だ。
僕の、もう一人の僕を取り戻す!!
「……おかえり……翔。君は独りじゃない!僕がいる!僕がいる!!
君はもう1人の僕だ。僕が助けなくて誰が助けるの?一緒に歩いて行こうよ。
君は独りじゃない!君はもう独りじゃない!!」
「勇気……」
翔は仰向けのまま静かに涙をこぼした。
「君はナポレオンじゃない!勝又翔で僕だ!
昨日でも明日でも100年前や100年後でもない。僕達は今を生きている!だから翔!僕と一緒に行こう!僕たちと一緒に行こう!!どこまでもずっと……」
ナポレオンだった翔は僕の差し出された手を取り立ち上がった。
そしてと最高の笑顔でたった一言。
「ありがとう」
その顔には悪意も殺意も憎しみも悲しみもない。
少しだけ照れくさそうな笑顔は僕の宝物になった。
「翔、なかなか厳しいだろう!あの2人」
「あぁ~鬼だね。でも勇気は堪えたんだろう?」
「まぁ~ねぇ~」
「じゃ~何とかなる!」
「何だよ!それ!」
「ぎゃっはっは 」
「ぎゃっはっは 」
下品な笑い声が談話室に木魂した。
もうすぐそこに暖かい春が来ていた。
もうすぐそこに僕たちの春が来ていた。




