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エンペラー  作者:
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1話 巣立ち~すだち・鳥の雛が成長し巣から飛び立つこと~

 核戦争も起こした。

 宗教戦争もやり尽した。

 底の見えない終わりなき放射能からの脅威も何時しか終焉を迎え、平和が訪れたかと思われた。

 しかし戦争が終わり始めた頃から、特殊なパワーを持った能力者が生まれ始め、それはあっ!と言う間に世界中に広がり、約100年後には全ての人に何かしらの能力が備わっている時代に突入した。


 産まれたとき病院では血液検査が行われる。

 血液中に含まれる能力によって違う成分を分析し、その赤子の能力が判るようになっている。

 基本、能力の遺伝はなく親子とは言え同じ能力者は産まれない。

 能力は性格にも影響を与える。

 ウォーター系なら冷静。

 ファイアー系なら熱血。

 スカイ系ならお調子者。

 と言った具合に性格が偏る傾向がある。

 そのせいか、同じ能力同士の婚姻が多いのはしかたがないのかもしれない。


 そんな世界で能力を持たない子供が産まれた。


 嶋村勇気は何度となく血液検査をしても、どの能力も見つける事ができなかった。

 そのせいで家族からも社会からも拒絶されてしまう。

 小学校でも中学校でも高校でもいじめを受け、教師にすら存在を無視し続けられた。

 生きていくためには能力に関係ない職業につくしかない!と考えた勇気は公務員を目指したが‥‥結果はさもあらん。

 面接でバカ正直に能力が無いことを話してしまい、気味悪がられ落とされた。


 嶋村家は父の重幸がファイアーの能力で、母の雅子も同じファイアーで、妹の幸子がスカイ能力者の4人家族。

 雅子は幸子を妊娠したときに産もうかどうかと悩んだ。

 勇気のように能力の無い子が産まれるのではと、恐怖にかられ堕胎まで考えた。

 そこはファイアー系の熱血漢、重幸と話し合いで産む事にした。

 産まれてみればスカイの能力かあり安堵した。


 ‥‥‥‥でも僕にしたら幸子に能力があったせいで‥‥‥‥家でも居る場所は無かった。


「あの人いるの?」


「部屋にいると思うわ」


「外に出ないで欲しいと思わない。だって能力が無いなんて、誰にも知られたくないもん。もしバレたら‥‥お母さん家族の縁を切ったら?」


「‥‥でもね‥‥」


 そんな会話が漏れ聞こえて来た。

 いつもの会話だ。

 多分、朝ご飯の最中の会話だね。

 父さんも母さんも言葉にはしないがどう接していいかわからないようだ。

 2人ともファイアーなのにね、子供に気を使っている。

 この僕にね。

 何だろう可笑しな話だ。


「おごちそうさま。お母さん私、遅くなるから!メイと二人で航空ショーに行くの。今日は土曜だから遅くなっても平気よね」


「かまわないけど‥‥お父さんが帰って来る前までには帰って来るのよ!危ないことをしてはだめよ!もし何かあったら連絡してね!」


「わかっているわよ!じゃ行ってきます!」


 妹が出かけたようだ。

 何時も騒がしい人だなぁ。

 そして母さんも何時もの心配症だ。そして僕は何時もの‥‥なにもない。


 ピンポーン


 チャイムの音が響いた。

 聞き覚えのない声が聞こえてきた。


「すみません。能力開発研究所の知花杏と言うものです。こちらに何の能力も無い方がいるとうかがいまして。もし本当にそんな方がいるのならぜひ話を聞きたいのですが、ご在宅ですか?」


 僕とたいして、かわらないぐらいの女性の声がした。

 丁寧だが、明らかな疑いの色が混じった言い方をしていた。

 間違いなくファイアー系の能力の持ち主だろう。

 父さんのような芯の強さが伝わってくる気がした。


「はい‥‥それなら息子の勇気ですが」


 困惑ぎみに母さんが答えた。


「話を聞くことはできますか?」


「え‥‥出来ると思いますが‥‥少々お待ちを」


 バタバタと母さんが僕の部屋前まで来た。


「勇気、起きているの!あなたの話が聞きたいのですって、出てこられる?」


 探り探りの母さんがドアの向こうから話をした。


「わかったよ」


 少し自暴自棄になっていたのかもしれない。

 全てにおいて“どうとでもなれ!”と言う気持ちが強かった。

 能力開発研究所‥‥間違いなく僕はモルモットとして連れていかれるのかなぁ?それがいいのかもしれない。

 誰にも迷惑をかけることもないし僕が何かしらの役に立つのかもしれないから。

 そんな想いが頭と心を占めていた。


 僕はドアを閉めて客間に向かった。

 そこには声の通りの女性が座っていた。

 やはりファイアー系の人だ。

 顔にも芯の強さがうかがえた。

 僕は彼女の前に座る。


「僕が何の能力もない。何にも無い嶋村勇気です」


「はじめまして。能力開発研究所の知花杏です。不躾ながら、率直に話をします。本当に何の能力もないの?」


 疑いの眼差しで話してきた。

 そんなとき母さんがお茶を持って客間に入ってきたが毎回、同じ内容で話し出した。


「え、本当に何の能力も無いですよ。産まれたときも病院で何度も調べてもらいましたから」


 僕が答えるより早く、母さんが答えた。

 でも目は合わせてもらえない。

 いつものことだけど、だからこそ自爆的になって話を進めた。


「はい。何にもありません。空を飛ぶ事も火をつける事も何も出来ません」


 僕は真っ直ぐ彼女を見た。

 すると彼女も僕の目を見てはっきりと話した。


「私達と一緒に働きませんか?」


 僕は目と耳を疑ったし……からかっているのでは?とも考えたが、目がマジだった。


「モルモットですか?それとも、僕をからかっているのですか?

 そもそも、どうして僕の事を知ったのですか?」


 矢継ぎ早に質問攻めにした。

 すると彼女は僕にたじろぎながらも答えてくれた。


「モルモットでも実験体でもありません。からかっているわけでもありません。我々、能力開発研究所は能力の種類やパワーバランスなど、能力に関する全ての事の研究をしている所です。あなた事は市役所から連絡がありました。我々は国家の援助で運営しています。‥‥どうでしょう?」


 思わず笑った。

 僕以上の早口でまくし立てながら話したからだ。

 でも言いたいことは理解できた。

 しかし今の僕にはどうでもよかった。

 どこにも僕の居場所は無い。

 家すらも僕の居場所は無い。

 だから思わず言ってしまった。


「わかりました。どこにでも行きますよ。どうせ僕なんていてもいなくても同じですから。いっそのこといない方がいいのかもしれない」


 僕自身は気がつかなかったが、どうも冷めた笑みを浮かべていたようだ。

 その顔を見た彼女は狼狽しながら席を立った。


「ちょ、ちょっと待って!」


 慌ててバタバタと玄関まで戻り電話をかけていた。


「ちょっと所長!私では無理です。うまく説明出来ないし、なんだかこの世の終わりみたいな顔をしています!ただ能力が無いのは本当だったようです。お願いします。所長!ちゃんと私達の事を理解出来るように話して下さい!」


 玄関先でコソコソ話をしていた。

 凄いなぁ。

 ファイアー系のクセに、冷静に僕の事を見ているなぁ。

 と感心していたら客間から彼女が戻って来た。


「すみません。どうも私では上手に説明が出来なかったようなので、上司に来てもらうようにしました。所長はスカイの能力者なのですぐ来てくれると思います。もう少し待っていて下さい。お願いします!」


 頭を下げた彼女はリクルートスーツに身を固めていた。

 顔はやはり僕と同じ歳のように思う。

 目鼻立ちはスッキリとしていて美人と言うより活発で利発的な印象を受ける。

 そんな事を考えているとチャイムがなった。

 来たようだ。

 彼女の待ち人、所長さんが。


「すみません。私、能力開発研究所の所長を務めております勝又春樹です。息子さんと話をさせてもらってもよろしいですか?」


 丁寧な物言いで切り出した。

 勝又春樹と名乗った男は、年の頃なら父さんとたいして変わらないよう印象で紳士的で知的な感じのするダンディーな人だった。

 仕立てのいいダークブラウンのスーツにオールバックのヘアースタイル。

 所長と言うより嘘っぱちの政治家と言った方が似合っているように感じた。


「突然すまないね」


 優しく微笑んだ。

 その笑顔はやはりペテン師に見えた。


「いいえ。僕は‥‥」


「こちらこそすいません。所長さんまで来ていただいて。でも‥‥」


 いつものごとくお母さんが話し出した。


「すみません。お母さん。勇気くんと話がしたいのですが?よろしいですか?」


 ピシャリ。

 これには僕も驚いた。

 こんな事を言う人は誰もいなかった。

 父さんでさえ僕の事は無視していたぐらいだから。

 お母さんにしてみれば僕なんて外に出したくない恥の部分だと思っている。

 だから僕には喋らせない。

 いつものこと。

 そんな事を言われたお母さんは驚いた顔をして目を白黒させていた。

 この隙に所長さんが話を始めた。


「すまないね。勇気くん。突然で驚いたことと思う。

 我々は能力の種類や分布などを調査している所です。決して怪しい実験などしている所ではないのだよ。社会保障も公務員なみだしボーナスもでる。

 我々と一緒に働かなかぁ?」


 とても紳士的にわかりやすく話してくれた。

 確かに魅力的な話だ。

 でも今の僕には何も響かなかった。


「どこにでも行きますよ。どうせ僕なんていてもいなくても同じだから。

 何で僕は産まれてきたのでしょうか。幼稚園のころからいじめられ小学校から高校までは存在自体を抹消され。教師でさえ僕の事を無視していた。社会からは気味悪がられ、どこにも僕の居場所はありません。

 この家にいても僕の居場所はあの部屋だけです。そこから見える景色に僕はいない。朝昼晩、家族団欒に僕の姿はない。妹は忌み嫌い、お母さんは腫れ物を触るかのように僕を扱い、目すら会わせてもくれない。父さんは他の人と同じように存在自体を撲殺している!」


 僕は話しているうちに抑え込んでいた感情を吐露していた。

 こんな事を言うつもりは無かった。

 言った所で仕方がない事ぐらいはわかる。

 だからこれまで誰にも言わなかったのに‥‥僕は知らず知らずのうちに涙を流していた。

 気がついた時には遅く、自分が誰に何を言っていたのか分からずに言い切った。

 そして涙を流していた。

 どうしょうかとうつむいているとハンカチが差し出された。

 僕は驚いて顔を上げてしまった。


「そうかぁ。大変だったね。そうかぁ‥‥うん。

 勇気くん。世の中にはいろんな人がいるのだよ。ひょっとしたら能力のない人もいるかもれない。そこで相談だが、一緒に探さないかい。我々はそのお手伝いをしたい。

 それに苦しんできたのは勇気くんだけでは無いのだよ。極端に能力が低い人や特殊すぎて閉じ込められていた人もいる。実は我々、能力開発研究所は保護施設でもある。家族にはなれないが仲間ならたくさんいると思うよ。同じ痛みを分かち合える人ならたくさんいるよ。どうだろう我々の仲間になろう!」


 右手を差し出していた。

 僕はパニック状態になっていた。

 だって僕のような人はいないし、社会に拒絶されても仕方ないと思っていた。なのに‥‥仲間になろう‥‥そんなこと‥‥。


「所長さんは‥‥」


 差し出された右手を見つめながらつぶやいた。


「私は‥‥私の息子は特殊な能力の持ち主だった。そして‥‥助けられなかった。私に力が無かったばかりに何も出来なかったんだよ。だから能力開発研究所を設立した。勇気くんのような能力の差で苦しんでいる人をたすけたくてね。

 仲間になろう!一緒に苦しみを分かち合おう!」


 所長さんは右手を差し出したまま話していた。

 僕は話を聞いて、涙で前が見えないままで、借りたハンカチを握りしめ、所長さんの右手を強く両手で握ってしまった。


「ありがとうございます‥‥よろしくお願いします」


 そう話すのが精一杯だった。

 僕が産まれてきたことは悪では無いのかもしれない。

 僕と同じような人が他にもいるのかも。

 そんな事を考えたことも無かった。

 本当にそんな人がいるのかどうかなんて、どうでもいい。

 僕に、仲間になろう!と声をかけてくれたこの人の力になりたい。

 ただ純粋にそんな気持ちになった。

 すると繋いでいた手をグイッと所長さん側に引き寄せ左手で僕の頭を優しく撫でてくれた。

 僕は咳を切ったかのように涙が止まらず所長さんの左肩を涙で濡らしてしまった。

 一生分の涙を出してしまったかもしれない。

 でも所長さんは何も言わずただ僕が泣き止むまで頭を撫でてくれた。

 ものの五分ぐらいの出来事が僕には長く感じた。

 泣いてわかったことがある。

 人は泣くと心が軽くなる……そして視界が広がる。

 僕は泣き止み所長さんの肩を解放した。


「すいません。スーツが……」


「ははは、気にすること無いよ。私はスカイだから飛んでいればすぐ乾くよ。それよりどうだろう……すぐに我々と行くかい?」


「はい!ぜひともお願いします」


「もちろんいいとも。だったらまずは親御さんに説明と承諾を取らないと。勇気くんは未成年だし。その間に荷物の整理でもしておいで」


「は‥‥い」


 言うには言ったが‥‥僕は母さんをチラッと見た。

 驚いた。

 だって母さんはエプソンの裾で涙を拭っていたからだ。

 僕は理解に苦しんだ。

 だって僕の事あんなに疎ましく思っていた母さんなのに‥‥なぜ?

 とは思ったが、たぶん大丈夫だと思う。

 母さんにしても父さんにしてもやっかい払いが出来ると思うから。

 賛成はしても反対はしないと‥‥思う?けど?そんな思いで母さんを見た。


「そこまで言っていただいてありがとうございます。ですが‥‥私1人では決断しかねます。主人に話してみますので‥‥」


 意外な返答だった。

 僕は明らかに何故?と言う顔をしたのに。


「それはごもっともです。では私は知花くんと一緒に一旦戻ります。こちらに電話をしていただけたらすぐにでも迎えに参ります。

 勇気くんは素晴らしい能力を持っています。目に見える能力だけが能力ではありません。勇気くんには人を思いやる優しい心を持っています。そればかりではなく苦難に耐えることも出来る強靭な心も持ち合わせています。素晴らしい能力です。どうか私たちに勇気くんと言う力をお貸しください。

 よい返事を待っています。では知花くん行こう」


「は、はい」


 席を立って行ってしまった。

 僕は愕然とした。

 何だか見放された気分になったからだ。

 呆然としているうちに2人は行ってしまった。

 母さんも見送りに同席した。

 僕の事なんかどうでもいいと思っている人達だから大丈夫だと自分に言い聞かせ我に返った。

 仲間と言ってくれた人の見送りもしていなかったことに、今頃慌てて僕も席をたった。


「必ず行きます!僕も仲間に入れて下さい!」


「もちろんだとも!一緒に働けなくても仲間だよ!ね、知花くん!」


「そうよ。いつでも遊びにおいで!私待っているから!」


「はい!必ずうかがいます!必ず!」


 固い握手をして帰っていった。

 母さんはそそくさと電話をしていた。

 僕は急いで自室に戻り荷物の整理をした。

 たいして荷物なんて無い。

 もしもダメだと言われたら‥‥はどんなに考えてもその答えは無いと思った。

 すぐ行けるように荷物はなるべく軽くしてと、あたふたとしていると父さんが帰ってきた。

 母さんからの電話をもらい、ちょうど時間もよかったらしく勤め先の消防署から帰ってきた。


「お父さんよかった。早く帰ってきてくれて。さっきまでいらしたのよ。感じの良さそうな方でしたよ。でね‥‥」


 事の顛末を父さんに話し出した。

 僕は自室にて、もちろん聞き耳を立てて話を聞いていた。


「勇気は‥‥」


「部屋にいますよ」


 言う声が聞こえ、僕は慌てて荷物の整理をしているフリに戻った。

 でも荷物の整理は終わってしまったのだが。


「勇気、入るぞ!」


「どうぞ」


 言うと父さんが部屋に入ってきた。

 ファイアーの父さんは消防士をしている。

 母さんも女だてらに消防士をしていた。

 体型は大柄のガッチリとしていてファイアーマン。

 ファイアー系の性格は熱血漢の一言につきる。

 要は暑苦しく感情の起伏が激しい、出たとこ勝負のきらいがあるのがファイアー系の性格なのだが、父さんはどこか冷静だ。

 父さんの両親がどうもウォーター系だったのが影響しているみたい。

 会ったことはない。

 そりが合わなかったらしい。

 父さんが18歳になったとき自立したそうだ。

 実家には結婚の報告をしたとき以来帰ってないらしい。

 父さんが冷静なので母さんは100パーセント、父さんに頼っている。

 何かを決めるときは必ず父さんにおうかがいを立てる。

 一昔前の亭主関白が嶋村家だ。


「話は母さんから聞いた。勇気は行きたいのか?」


「もちろん!」


 僕は即答したが、目を合わせる事が出来なかった。

 父さんの口数は極端に少ない。

 決めた事は成し遂げろ!の気持ちがあり強制はしないが許しや甘えはゆるさない、そんな頑固さがある人。

 父さんが許してくれなければ行くことは出来ない。

 僕にはそんな父さんに対決する心は持ち合わせていない。

 もし‥‥ダメなら‥‥といろいろ考えていると、なんの前置きもなく父さんが話をした。


「この家から出れば誰も勇気を守る者はいないぞ!」


 僕はキレた。


「そんな人、今も昔もいない!だいたい父さんだって僕のこと見たことないじゃないかぁ!今さら父親ぶるな!」


 自分でもこんな大声が出るとは思っていなかったし、父さんの目を見て話しをしたことも無かったのに‥‥今は真っ直ぐに父さんの目を見て怒鳴っていた。

 たぶん涙目だと思う。

 少しだけ父さんが歪んで見えた。

 僕は拳を握り締め、勝つ気のないファイティングポーズで対峙した。

 そんな僕に突然、父さんが抱きしめた。


「言えるじゃないかぁ!ちゃんと自分の声で俺の目を見て言えたじゃないかぁ!

 勇気‥‥耐えることも大切だでも言う事も大切だ。口に出して伝えなければ何も伝わらない。

 俺は心配だった。勇気は優しい子だ。自分が我慢すれば誰もが傷つかない。そう思っていただろう。でもなぁ~我慢と逃げるとは違う。俺は逃げて欲しくはなった。でも自分で気づいてほしかった‥‥勇気‥‥社会は厳しいところだ。勇気が考えている以上につらく悲しいところだ。でも仲間や家族がいれば乗り越えられる!仲間は裏切るかも知れないがそんな些細なこと気にするな!勇気は父さんと母さんの子だ!大丈夫!何かあれば父さんと母さんに頼りなさい!いいね!」


 抱きしめていた僕を放しポケットから茶封筒を出し、押し付けた。


「少ないけど持って行きなさい」


 その封筒には10万円が入っていた。

 けして裕福ではない家なので10万円はびっくりした。

 金額よりも父さんの行動に驚いた。

 あまりのことに目を白黒してしまった。


「まぁ~あんまり持たせてやることは出来ないが‥‥あと今、母さんが手土産を買いに行かせているからそれも持って行きなさい。ますは第一印象が大切だ。笑顔でハキハキと大きな声でしゃべりなさい。いいね!」


 僕の肩を叩いた。

 もらった10万円を封筒に入れ直しまじまじと封筒を眺めてしまった。


「ありがとう。‥‥父さんっておしゃべりだった」


 照れくさくて、まともに父さんの顔を見られなかった。

 すると父さんも照れくさかったようで頭を掻きながら話した。


「はは~俺はファイアー系だぞ。気分屋のおしゃべりだ!豪快で優しい男だぞ!」

「父さん!自分で言っているよ!」


 2人で笑った。

 お互いの顔には涙の道がキラキラ輝いていた。

 僕はこの家に産まれて良かったのかもしれない。

 父さんも母さんも僕の事を心配していた。

 そして自分たちの甘やかしが僕をダメにする事もわかっていた。

 だから突き放した。

 自分1人で生きていかなければならないときのために、僕を訓練してくれていた。

 わかりにくい!でも‥‥ありがとう。


 母さんが電話をしたら本当に、すぐ迎えに来てくれた。

 来てくれたのは所長さんと知花さんの2人だった。

 意外に父さんとうまがあった所長さん。

 それと母さんと知花さん。

 それぞれが楽しそうに話をしていた。

 ほんの4時間前なら間違いなく自室に戻っていたと思う。

 でも今なら僕も楽しんでこの場所に居られる。

 心の持ちよう一つでこうも変わる。変わることが出来る。

 それは凄いことだと思った。


 父さんは僕に踏み出す勇気を教えたかったのだ。

 その事に気がついて本当に良かった。

 そう思ったらどうも僕はまた泣いてしまったようだ。

 母さんがそっと僕にちり紙をくれた。

 ハンカチじゃないところが母さんらしい。

 思わず笑ってしまった。そんなこんなで1時間ほどで家を出た。


「勇気‥‥メールでも手紙でも何でもいいから近況報告はしてね」


 涙ながらの母さんから言葉をもらい。

 父さんからは無言で抱きしめられた。

 妹の幸子は‥‥会えなかった。

 一生会えない訳ではないからまぁ~いいかぁ。


 そんな気持ちで僕の新たな旅立ちとなった。

 旅立ちより巣立ちに近いかもしれない。

 それでも新たなる扉をくぐった。


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