15話 憂慮~ゆうりょ・心配すること不安に思うこと~
僕はアイスの事を棚上げにしてもう一眠りした。
寝ることで頭がリセットされてよい考えも浮かぶと言うしね。
そして起きた時刻は夕暮れが迫る頃になっていたことは申し訳ない。
急いで研究所に連絡をしょうとしたら携帯電話が繋がらなくて、谷口さんにつながる場所に案内してもらったが‥‥山を降りて電話をかけることになった。
初めに出た杏に怒られ、所長に変わっても怒られ、散々みんなに怒られてからやっと僕の話を聞いてもらえた。
ちなみに僕が電話をかけている間の谷口さんは買い物をしていた。
いつものことらしく手際のよい動作に驚きながらも僕は電話に集中した。
これからが僕の今日最後の闘いだった。
「所長、本当にすみませんでした。‥‥相談なのですが‥‥」
事の顛末と翔が現れた事を話した。
麗子さんと谷口さんの件は難なく了解がとれたことに安堵した。
玉瑛くんについては麗子さんの子供としか報告はしなかった。
僕が話していい事ではないかただ。
「勇気くんが決めたのなら私に依存はないよ。では竹井に赤ちゃんがいることを話しておくよ」
「ありがとうございます。折を見て詳しく話しをします。‥‥すいません。明日、戻ります」
「そうだね。明日、詳しく話を聞くよ。今日はゆっくり休みなさい」
「はい!おやすみなさい」
「おやすみ」
そう言って電話を切った。
全ての闘いに決着がついたと思う。
どこかホットした事は内緒だけどね。
谷口さんは買ったものをリュックに詰めている最中だった。
そのリュックを僕が背負って麗子さんの待つ家へと帰った。
その道中、僕は今朝からの事を考えていた。
拉致されて山間の崖にへばりついているような神殿に連れてこられた。
麗郷さんのアイスを奪い、孫の玉瑛くんが宋心家の当主になるのなら与える事を約束し、近親者との婚姻をやめさせた。
さらに翔とのバトルで僕がアイス保有者だと知られてしまった。
まぁ~今の翔の能力をバッチリ見たから、それはいいのだが‥‥麗子さんにとって、玉瑛くんにとって、宋心家にとって本当にこれで良かったのだろうか?
もっと違う道があったのではないのだろうか?
そんなことを考えながら谷口さんの背中越しに暗い空をぼんやりと見ながら思っていた。
でも宋心家に着いて、僕の目に飛び込んできた光景に、これで良かった!と確信した。
だってそこには、帰ってきた谷口さんに玉瑛くんを抱っこさせながら笑っている麗子さんとその後ろでお茶をしながら談笑している麗郷さんと瑛鉄さん。
どこにでもいる暖かい家族の姿がそこにはあった。
奪うことで得るモノがある!と言うことを知った気がした。
でも僕にはやらなければならない事が増えた?
いろいろと頑張らなければ‥‥明日からね。
そう結論づけたら猛烈な眠気に襲われ早々に布団に入った。
そうして僕は深い眠りについた。
「麗子さん、谷口さん。おはようございます。何だかすっかりお世話になってしまってすみません」
「いいえ、いいのですよ。それより、朝ご飯の支度ができました。勇気さんだけですので、ゆっくり食べてください」
「すみません!僕が寝過ごしてしまったのですね!すぐにいただきます!」
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。ゆっくり食べてください。昇さん、玉瑛は私が抱っこしていますから、勇気さんを支えてあげて」
「そうですね。では、玉瑛様をお願いします」
「谷口さん!僕は大丈夫ですよ。確かに昨日はふらつきましたが、今は大丈夫です!」
「そうですかぁ?」
谷口さんは不安そうに僕の横についた。
僕は立ち上がり平気です!と言わんばかりにジャンプして見せた。
そんな子供のような行動にお茶を飲んでいた麗郷さんが笑っていた。
もちらん谷口さんも。
「私も勇気さんと呼んでもよろしいですか?私の事も昇と呼んで下さい」
「もちろんです!僕も昇さんと呼ばせてもらいます。もう一緒に働く仲間ですからね」
「はい!それと勇気さん‥‥ありがとうございます。昨晩、お嬢様と‥‥麗子と婚約しました。玉瑛は俺の子供として育てます」
「本当ですか!それは良かった!本当に良かった!」
本当に嬉しかった。
エンペラーの能力も使い方ひとつで変わることを知った。
僕の方こそありがとうございます。
僕は用意していただいた朝ご飯を食べてから、これからの事について僕の意見を話した。
「みなさんちょっと相談なのですが‥‥聞いて下さい。
麗子さんと昇さんは大学の入学と同時に上京してください。その間にこちらで色々と準備しておきます。それと玉瑛くんの出生の秘密以外は警視庁と法務省と研究所の所長には話してもいいですか?」
「警視庁と法務省‥‥?」
「はい。え~と‥‥話しても大丈夫だと思います。これから話すことは誰にも言わないで下さい。
実は昨日、襲ってきた男は僕と同じエンペラーの能力者です。でも心が闇に支配されてしまっていて暴走しています。僕は彼を止めたい、助けたい、そう思っています。みんなからは考えが甘いと言われていますが、僕はみんなを助けたい、その中にもう1人のエンペラー能力者、勝又翔も入っています。
たぶん彼はアイスの能力を求めてここに現れたと思います。ですが僕にアイスの能力があるとわかり退散しました。彼の事は政府も知っています。知っていると言うより、国に宣戦布告していて‥‥能力の弱い者は切り捨て強い者は奪い切り捨てる‥‥国はそんな彼の事を恐れています。だからこそ、もう1人のエンペラー能力者である僕に対処するように言われています。もちろん国は僕に丸投げすのではなく協力してくれています。その証拠が警視庁と法務省なのです。ですがちゃんと見返りは要求されましたけどね。
そんな訳で麗郷さんのアイスを僕が奪った事と将来、玉瑛くんにアイスを与える事を話します。余計な事はけして言いません。え~っと‥‥玉瑛くんの出生の秘密と神柱は秘密がいいですか?」
僕の話を黙って聞いていた麗郷さんが瑛鉄さんと目配せをした。
それから麗子さんと昇さんにも同じ様に目配せをして僕に向き直った。
「そんな事が起こっていたのですね。ここにいると下で起こっている事に疎くっていけないわね。勇気さん玉瑛の事以外なら何を話してもいいですよ。話す、話さないは全て勇気さんに一任します。それと勇気さん、もう1人の皇帝の能力者、勝又翔の事を占ってみましょうか?」
「占いですか?」
「お婆様の占いは物凄く当たりますのよ!」
麗子さんは嬉しそうに話した。
女の人はなぜ占いと聞くとテンションが上がるのでしょうか?
「麗郷さん、麗子さん、ありがとうございます。ですが僕と彼の間には何かしらの繋がりがあると思っています。現にここで会いましたしね。いずれ彼とは決着をつけるときがくると思います。僕はその時までに力と言う名の仲間を得たいと思います」
「そうですか。勇気さんには彼の事がわかっていたのですね。では私から助言です。ファイアーの女性には気をつけてくださいね」
「え!!ファイアーの女性ですか‥‥誰だろう?」
「うふふ、勇気さんには心当たりはあるのですか?お婆様の占いはハズレたことがないのですよ。よ~く、覚えておいて下さいね!」
「‥‥はい」
麗子さんはニコニコ顔だった。
僕はドギマギしながら心にメモをした。
そんな僕に麗郷さんがサラリと問題発言をした。
どうも誰も知らなかったようだ。
「そんなに怖がらなくてもいいですよ。ただ忘れないで下さいね。それと一度、研究所に謝罪と挨拶に伺います。いつ頃がよろしいですか?」
「謝罪って‥‥確かに怒ってはいましたが、それは連絡をしなかった僕に対しての怒りだったので‥‥」
「勇気さん。あなたを無理やり連れてきたのは私たちです。謝罪するのが筋でしょう」
「麗郷さん‥‥、一緒に謝りましょう!」
「ありがとうございます。勇気さんが一緒なら怖くありませんね」
「だったら麗郷さん、一緒に研究所に行きませんか?」
「そうですね。谷口、すぐに用意しますから待っていて下さい」
「お婆様!お一人で行かれるのですか!私も行きます!」
「麗子、谷口は2人が限界です。私と勇気さんで行きます。とりあえず謝罪とこれからの事を話してきます。許していただけるのなら‥‥の話ですが」
「麗郷さん。大丈夫です。僕は麗郷さんの見方です。全力で援護します!麗子さん達も安心してください」
「勇気さん‥‥お婆様をよろしくお願いします」
「麗子さん。任せてください」
「あ!ちなみに勝又翔の事をコードネームでナポレオンと言います。あの‥‥秘密にしてください」
麗子さん達に約束をしてから、麗郷さんと僕を連れて昇さんが研究所へと出発した。
途中、麗郷さん行きつけの和菓子屋に寄り手土産を購入してから向かった。
もうお昼を過ぎていた。
「すみません!今戻りました!」
「勇気!」
大きな声で僕の名前を叫び僕に飛びついた。
「うわ!杏!」
「勇気のバカ!バカ!バカ!どれだけ心配したと思っているの?」
「本当ですよ。静香さんが止めていなければ警察組織の力を使って探していました」
「国立さん!静香さん?え!福田さん!何でお二人がいるのですか?」
「「当たり前です!」」
揃った声と共に電話をかけ始めた。
何と2人とも研究所に来ていた。
でも何で静香さん?と思いつつ杏を引き離した。
僕の謎に答えてくれたのは国立さんだった。
「勇気さんが連れ去られたと連絡をいただいたとき、ちょうど4人でお茶会をしていました。そのまま静香さんと当麻さんに相談したのですが‥‥知っていましたか?あのお二人は刑務所内のボスですよ。静香さんが能力の分析をして、当麻さんが的確に動く。あのお二人にかなうものなどこの世にはいませんよ」
その後ろで福田さんが大きく頷いていた。
そんな話をしていると僕の後ろから咳払いがした。
「ウォホン!勇気さん、所長さんはどなたですか?」
「あ!麗郷さん。すいません。ちょっと待っていてください。杏、所長はいる?」
「え!所長なら‥‥」
と杏が後ろを振り向くとネクタイを外したヨレヨレのシャツとシワが寄ったパンツ姿の所長が立っていた。その顔は寝てはいない様子だった。
僕はその姿を見たとき『しまった!』と思った。
急いで所長の前まで行き頭を下げた。
「所長!すいません!連絡が遅くなってしまって‥‥すいません」
「勇気くんが無事ならそれでいいよ。何があったのか話してくれないか?」
所長はとても優しい声だった。
でも少しだけやつれていたけれどね。
僕は顔を上げ、順序立てて話をした。
もちろんこの場では福田さんや国立さん、杏だっていたので玉瑛くんの事は話さなかった。
僕が話し終えると黙って聞いていた麗郷さんが僕の前に出て話し始めた。
「この度は誠に申し訳ありませんでした。一族のために我を忘れておりました。警察でもどこへでも参ります」
そう言って深々と頭を下げた。
その後ろで昇さんも頭を下げていた。
僕は慌てて所長と麗郷さんの間に入ってへたくそな擁護をした。
「所長!ちょっと待ってください。確かに有無を言わさず連れていかれましかたが、ちゃんと理由があってですね。え~っと‥‥それにナポレオンが何を保有しているかわかりましたし、それに‥‥それに‥‥」
「勇気、はい、眼鏡。連れて行かれた時に落として行ったでしょう」
「杏‥‥ありがとう」
僕の右横から杏が眼鏡を差し出しながら連れ去られた後の事を話してくれた。
「勇気が連れ去られた後、私パニックになってしまって警察に電話をしょうと思ったの。でも警察に電話をする前に国立さんの事を思い出して連絡したら、静香兄さんと話すことが出来たの。
静香兄さんが考えるに‥‥命に関わることはないだろうって。たぶんエンペラーが目的の誘拐だから落ち着きなさい。明日になっても何の連絡もなければもう一度、相談しょう‥‥と言われて、私は落ち着いたわ。
でね。静香兄さんが‥‥所長に勇気がさらわれたことを話すとパニックになるから杏がしっかりしないといけないよ‥‥と言われて電話を切って所長に勇気の事と静香兄さんの事を話したの。そしたら所長は一睡もしないで電話の前で待っていたわ。勇気‥‥まずは所長に謝って、そしてみんなにも謝って。本気で心配したのよ!」
「うん‥‥杏の言う通りだね。所長、本当にすいませんでした。連絡をしょうと思えばもう少し早く出来たのに‥‥僕は‥‥僕は」
僕は所長の方を向き、頭を下げた。
僕の足元に涙が落ちた。
まさかそこまで心配しているとは夢にも思っていなかったから。
他人に、家族にすらそんな心配してもらえる自分ではないと思っていたから。
僕なんて生きている価値などない存在なんだと思っていたから。
そんな僕を所長やみんなにどれだけの心配をかけてしまったのだろうか?
申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「勇気、頭を上げなさい。どこも怪我をしていませんね。無事なのですね。良かった」
そう言って僕を強く抱きしめた。
背中に回された手が少し震えていた。
僕は所長の肩越しにみんなを見た。
その顔は明らかに寝てはいない顔をしていた。
僕はこの時に思った。
もう昔の自分とは違うのだと。
僕には、僕のことを本気で心配してくれる仲間がいる。
彼らは僕の能力ことを心配し、信じて待っていてくれた。
僕も彼らの事を信じ、守っていかなければいけない。
出来る、出来ないではない、やらなければならない!
そのために僕がする事は‥‥強くなることだとそう想った。
それから先は所長室で話をした。
部屋にいるメンバーは、所長と竹井さんに杏と僕、麗郷さんと昇さんの6人だった。
福田さんと国立さんは報告と書類などあるために席を外した。
すると麗郷さんがいきなり話し出した。
「所長さん、私たち宋心一族は神柱を守るために氷塊の能力が必要でした。そのため近親者の婚姻を繰り返しました。その結果、私と息子の瑛鉄と孫の麗子だけとなりました。‥‥玉瑛は瑛鉄と麗子の子供です」
「麗郷さん!それは‥‥」
「勇気さん、いいのですよ。すべてお話しいたします。近親者の婚姻は勇気さんに怒られてしまいましたわ。勇気さんの優しさに触れて一族の因襲から解放されることが出来ましたの。勇気さん、改めてお礼と謝罪を‥‥」
そう言って、麗郷さんと昇さんが頭を下げた。
僕はそんな麗郷さんの肩に手をやり起こしながら謝罪を中断させた。
「麗郷さん、もういいですよ。今回の事で、奪う行為が救う事もあるのだと知りました。それにこちらこそありがとうございました。麗郷さんからお借りしているアイスを使わせてもらっています。とても強い力です」
僕は麗郷さんから手を離しみんなを見回した。
「僕は強くならなければいけないと思っています。強くなるためには仲間を得ることと優しさだと思っています。肉体的にも強くならないといけませんね。
僕には足らないモノばかりです‥‥どうか僕に力を貸してください」
僕は頭を下げた。
すると所長が僕の手を取り力強く言ってくれた。
「もちろん!」
顔を上げて周りを見るとみんなが頷いてくれた。
嬉しかったしありがたかった。
国立さんと福田さんが報告やら書類やらを持参して所長室に入ってきた。
麗郷さんはその他諸々の手続きをして神道学科のある大学の下調べと入試のための必要な物などなどを所長や国立さん、福田さんから聞いていた。
昇さんはもっぱらメモ係りのようだ。
すべての用事を終わらせ名残惜しそうに帰って行った。
最後に昇さんが恥ずかしそうにしながら話し始めた。
「また会いに来てもいいですか?」
「もちろん!いつでも大歓迎です!」
「ありがとうございます!」
そう言って照れくさそうな顔をしながら頭を軽く下げ、麗郷さんを抱えて飛んで行った。
それは梅雨入り直前の爽やかな風が吹く6月末日の出来事だった。