13話 誘拐~ゆうかい・人をだますなどして連れ去ること~
静香さん塾から晴れて卒業が出来たのはもうじき梅雨が始まる季節。
卒業できた喜びとこれまでの運動不足がたたっていてマラソンではなくウォーキングをしていた。
体と心は別物だね‥‥日々精進いたします。
帰宅したら入り口で淡い水色の着物を着た日本人形のような若い女性と僕より頭2つほどの高さと2倍ほどのウェイトがある大柄の黒いスーツ姿の男性が訪ねてきていた。
ちなみに丸さんの大発明により能力を遮断する眼鏡を開発してくれていた。
手袋を応用したものらしいが、僕には理解不能。
開発班はすごいね。
視力は悪くは無いが僕は黒縁眼鏡を掛けていた。
おかげでこの2人がどんな能力者かはわからなかった。
「ここに嶋村勇気さんとおっしゃる、お方がいると聞いて来たのですが、ご在宅でしょうか?」
「はい。え~と勇気は‥‥あ!」
「僕に何のご用意ですか?」
「あなたが嶋村勇気さん?」
「はいそうですが何か‥‥うっ!」
あっという間の出来事だった。
僕に当て身を食らわせた大柄の男は、僕とその若い女性を軽々と抱えて飛んで行ってしまった。
杏の悲鳴を頭のどこかで聞きながら僕は意識を手放した。
目を覚まし一番初めに飛び込んできたのは朱色の太い柱だった。
どこかの神殿か神社を思わせるような造りで杉の良い匂いで意識を取り戻した。
取り戻して最初に感じたことは寒いだった。
それもそのはず窓や壁などは無く空と崖の世界、下から吹く風が、ここが谷間だと言うことを僕に教えていた。
僕は手足を前で縛られ体は柱に繋がれて思うように動けなかった。
それでも顔だけは上げ、辺りを伺った。
そこで初めて気がついた。
僕は眼鏡も手袋もしてはいなかった。
「手荒なまねをしてすみません」
「いいえ大丈夫です。こちらこそすみませんが手袋だけは返してもらえませんか?」
繋がれている真後ろから声をかけられた。
何の返答もなくしばらく待った。
すると後ろから僕を連れ去った男が、手首の縄だけは解いてくれた。
目の前に手袋をポトリと落としながら静かな声で話し始めた。
「暴れないでいただきたい」
「その要求は返答次第です。僕に何の用ですか?」
僕は手袋をしながら状態を起こした。
手は解いてもらったが足と腰紐がまだ柱に繋がれていた。
僕はクの字型に寝かされていたようだ。
左腕が痺れている。
目の前にいる男性はやはり僕を連れ去った男だった。
でも顔は好青年の顔をしていた。
悪い人ではない?
「僕に何の用ですか!」
声を荒げてみたが男は何も話さず後ろに下がった。
また後ろから女性の声がした。
「声を荒げずとも聞こえています」
「そうですか、すみません。では改めて聞きます。僕に何の用ですか?
名前も名乗らず、姿もみせず、では話すら出来ないと思うのですが」
「それもそうですね。失礼しました」
「お嬢様!いけません!」
「谷口!下がりなさい」
「‥‥はい」
そんな掛け合いがあり僕の目の前にあの日本人形のような若い女性が現れた。
「申し遅れました。宋心麗子と申します」
「いいえ、こちらこそ。このような格好で申し訳ありません‥‥すいません。いかな僕でも何も告げられず拉致するように連れてこられ、さらに縛られこの座間です。暴れたりしませんから縄を解いて下さい」
「‥‥わかりました。谷口、解いて差し上げて」
「‥‥はい‥‥ただいま‥‥」
不服たっぷりな顔と態度で谷口と言われた男が僕の縄を解いてくれた。
僕は体の具合を確認しながら立ち上がり、正面から宋心麗子と名乗った人物を見た。
やはり最初に見た淡い水色の着物を着ていた。
どう見てもおかっぱ頭の日本人形だった。
でも顔には哀愁が張り付いていた。
「皇帝と言う能力をご存知ですか?今はエンペラーと言う方がわかりやすいですか?」
「研究所の職員です。もちろん知っています。古の能力で今では存在しない能力です。その‥‥エンペラーがどうしたというのですか?」
「オホホホ~なかなか面白い冗談ですね。情報は獲ています。
あなたが男から能力を奪うのを見たと言う話を聞いています」
彼女の声は冷静だったが表情は悲しみが溢れていた。
そんな彼女の悲しみに流されてしまい‥‥思わず話してしまった。
僕はどうも悲しみを抱えた人に弱いようだ。
「‥‥‥だったら、どうだと言うのですか?」
「本当ですか?お婆様!お婆様!皇帝です!本物の皇帝です!お婆様!」
「静かになさい。麗子、はしたないですよ。そんな大きな声でなくても聞こえています」
僕の後ろから声がした。
柱の影になりわからなかったが、居住区の入り口があったみたいだ。
そこから凛とした小柄のお婆さんの姿があった。
そのお婆さんがゆっくり歩き、僕の横でピタリと止まった。
麗子さんが近寄ろうとしていたがお婆さんは手で止めて、僕を見上げて話し出した。
「本当に皇帝をお持ちですか?」
「信じてくれなければそれで結構です。僕を研究所に帰してください」
そう言って僕はお婆さんを見た。
おや?
麗子さんと同じ?
淡藤色は確か‥‥ウォーター系アイスでも何か違和感がある。
孫と祖母なら能力が同じでもおかしくはないが何だろうかぁ?
アイスはアイスでも能力の差は少しはある。
ウォーターやファイアーのようなハッキリとした差はないがあるにはある。
そもそも人の数だけ能力が存在している。
種類やレベル差などなど分類できない珍しい能力だってある。
それなのにこの2人は全く同じ色をしていた。
僕が麗子さんとお婆さんを何度も見比べた。
「どうされましたか?」
「いいえ失礼しました。僕の表向きの能力はトレースです。
普段は能力を遮断する眼鏡をかけているのですが、ここに連れてこられる時に落としたようです。ちなみにトレースは昔で言うところの産婆です」
「知っています。産婆ですか‥‥麗子、玉瑛を連れてきなさい。
嶋村さん、今から連れてくる赤子を見てください」
すると奥の戸から麗子さんが赤ちゃんを連れてきた。
その子はとても色白で麗子さんによく似ている赤ちゃんで能力はウォーター霧雨だった。
「この赤ちゃんが何だと言うのですか?」
「嶋村さん、この子の能力は何ですか?」
麗子さんが恐々と聞いてきた。
僕は怖がって震えている麗子さんと僕の隣で目を閉じて返答を待っているお婆さんを交互に見た。
僕は彼女たちがどのような返答を期待しているのかがわからずに答えた。
「この子は‥‥ウォーター霧雨です」
僕の返答を聞いた麗子さんは赤子を抱えたまま膝から崩れ落ちた。
お婆さんは溜め息一つして僕に向き直り話し出した。
「やはりそうでしたか。この子の水を奪って私の氷塊を与えて下さい」
「お婆様!それはいけません!嶋村さん!私の氷塊をこの子に!」
「麗子、いいのですよ。私は85才、もう十二分に生きました。今の私に必要ない能力です。それに私の氷塊は一族最強です。玉瑛の力になるのなら本望です。
さぁ、嶋村さん、やっていただけますよね。それとも皇帝と言うのは嘘ですか?」
「誰も嘘とは言っていません。ですが訳も分からずエンペラーの能力を使うわけにはいきません。それにどこで僕の能力を知ったのですか?
ちなみに、氷塊と言うのは今のアイスのことですよね‥‥そもそも不思議なのが、麗子さんとお婆さんの能力が全く同じと言うのもおかしな話です。
僕は能力の研究と分布について調べています。同じ能力は沢山いますが、全く同じ能力者はいません。同じスカイのジェットでも多少の違いはあるものです。でもあなた達は全く同じです。そこのところも詳しく話してください」
「では全てを話せば皇帝を施行していただけますか?」
「‥‥いいえ、考えさせてください。エンペラーと言う能力はとても怖い能力です。おいそれと使っていい能力ではありません。なぜエンペラーを使わなければいけないのか僕に話してくれませんか?」
僕は微笑んで座り込んでいる麗子さんに手を差し伸べた。
麗子さんは大粒の涙を赤子に降らせながら僕の手を受け取り立ち上がった。
「お婆様‥‥」
「麗子‥‥瑛鉄を呼んできなさい。それとお茶を飲みながら話をしましょう。少し長くなります。
嶋村さんこちらに」
「はい、お婆様。すぐ用意いたします」
そう言って麗子さんはパタパタと小走りで後ろの戸に消えた。
そこには簡素なベンチとテーブルがあった。
朱色に塗られたベンチとテーブルは昔の中国映画を思い出していた。
でも出されたお茶は日本茶だった。
お茶を出してくれたのは中年の男性でこの人もやはり麗子さんやお婆さんと似た能力を持っていた。
僕の視線に気がついた男性は挨拶をしてくれた。
「初めまして、麗子の父の瑛鉄です」
そう話しだけして、お婆さんの後ろに立った。
僕の前にはお婆さんで横には赤子を抱いた麗子さんが座っていた。
その後ろを守るように瑛鉄さんが、睨みを利かせ立っていた。
さらにその後ろに控えていたのが谷口と言われた男性だった。
とても息の詰まるお茶会。
僕は出されたお茶を一口飲んでから話をふった。
「僕のことをどこで知ったかなんてあえて聞きません。そしてエンペラーをどこで知ったかも聞きません。人の口には戸を立てられませんからね。エンペラーの能力も伝聞で知っていたと考えられるからです。ですが何故、エンペラーの能力が必要かだけは教えて下さい。そうでなければ使うことがでいません。誰彼と使っていい力ではないからです。理解してください」
「わかりました。お話しますが‥‥他言無用でお願いします」
そう前置きして、今度はお婆さんがお茶を一口飲んで話し出した。
聞いたことのない話に僕は言葉を失う事ととなる。
「我ら宋心一族は代々この地を守る氏神をしています。この地を守るには氷塊の能力が必要不可欠です。ですから氷塊の能力を持ち続けるために‥‥近親者の婚姻を続けて参りました。私の幼き頃は30人ほど一族の者がいたのですが、この80年の間に私達だけとなりました。そこで皇帝と言う能力の事を思い出しました‥‥これが全てです」
僕は理解するのに数分の時間がかかった。
もちろん僕は馬鹿ではない。
頭がいいわけでもないが悪いわけでもないが‥‥そんな僕が理解に苦しんだ。
確かに、遺伝子の近い間柄の婚姻なら同じ能力を持った子供は産まれなくはない。
あくまで確率の問題で、0%から5%ぐらいの確率に変わるだけでほとんど同じ能力は産まれない。
それなのに、この一族は近親者の婚姻を続けて30人はいた親族を4人にまで減らした。
なんと馬鹿げた話なのだ!
僕は目の前にあるお茶を見つめ今の話を反芻していた。
そこにはスヤスヤと麗子さんの腕に抱かれた赤子の姿が映っていた。
そのとき僕は漠然と理解した。
この子は麗子さんと実の父親との間の子!
僕は目を激しく瞑り深呼吸をした。
心を落ち着かなければ怒りにまかせて暴れそうだったからだ。
僕は深呼吸をして心を落ち着かせて話し出した。
「僕はエンペラーの能力を使うときは能力を奪う相手の悲しみを背負う事にしています。お婆さんの能力を奪うなら、お婆さんの悲しみを背負わなければなりません」
「私の悲しみを背負う?」
「はい、そうです。トレースの能力には手に触れた人の過去を視る事が出来ます。僕がお婆さんに触れ、あなたの過去を視る事をお許しください」
「‥‥‥いいでしょう。どうぞ‥‥あまり気持ちの良い過去ではないわよ」
そう言って両手をそっとテーブルの上に置いた。
顔はかなり半信半疑だったが承諾しないと僕がエンペラーの能力を使ってくれないと考えての事だと思われた。
僕は手袋を外しお婆さんの両手の上に手をを合わせた。
視えたものは悲しい一族の物語だった。
僕は声を上げず静かに涙を流した。