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エンペラー  作者:
11/32

10話 贈呈~ぞうてい・人にモノを贈ること差し上げること~

 僕と杏は他愛もない話でくつろいでいた。

 とても豪華なお弁当に狂喜乱舞で平らげた杏、その事は秘密にしてあげることにした。

 こと、食に関する事柄は誰にもかなわないと思ったことも秘密に、女の子ですしね。

 2人で食後のコーヒーを飲んでいると国立さんが入ってきた。


 トントン


「失礼します。嶋村くんお待たせ。鎌田も林田も君の事を待っているよ。それとアドバイザーの件も話しておいた。鎌田はびっくりしていたよ。なんて無茶なことをと言っていたけど、顔は嬉しそうだったけどね。鎌田も林田も簡易裁判の結果、永久無期懲役が決まったから」


「あの‥‥簡易裁判と言うのは何ですか?」


「あ!知らなくて当然だね。簡易裁判と言うのはね。通常の手順での裁判だと刑が確定するのにとても時間がかかる。そこで判明した事件だけで裁判をして手早く死刑判決を出し刑の執行をしてしまうと言うのが簡易裁判だよ。

 でないと能力を駆使して脱獄してしまうと元も子もないからね。それに、能力別の拘置所はすでに限界を超えている。凶悪性が強い犯人は素早く死刑判決を出し施行するのが安全だからね。なかなか酷い言い方だけどこれが現実なのさぁ」


「そうですね。なかなか凄いですね。ですが、凶悪犯ではなかった場合は‥」


「そう!まさにソコが問題だった。正直、私はエンペラーの能力を見たことがない。人から能力を奪い与える能力‥‥信じられないと言うのが私の心境です。でもソレが本当なら‥‥と考えてしまいます」


「そうですね。僕自身もピンときていません。でもお婆さんからトレースの能力をいただき、人の悲しみに触れることが出来るようになりました。

 僕は悲しみや苦しみを知っている人は打たれ強く我慢強い人だと思っています。でも中には悲しみや苦しみに染まってしまう人もいる。僕は父さんに言われました。全ての人に優しくなりなさい、その優しさが強さになると。その言葉の裏返せば、優しくなるためには強くならなければいけないと思いました。僕にとっての強さとは、仲間です。友が僕にとっての強さです」


「でも仲間は裏切りませんか?」


「そんな些細なこと気にしません。裏切られたらまた新しい友を作ればいいだけの事です」


「アハハハ!些細なことかぁ!嶋村くん、君は最高だね!私も君の仲間に入れてもらって良いかい?」


「もちろんです!それと嶋村くんはやめてください。勇気でいいですよ」


「そうかい!ありがとう。そう呼ばせてもらうよ」


「勇気くん。ここに鎌田静香がいる。鎌田はサンダーの能力者が3人で包囲して君が来るのを待っているよ。彼らは鎌田が能力を使い脱走しないように見張ってもらっているだけだから気にしなくていいよ。凶悪犯の場合は刑が施行されるまで犯人の側にいるからね。何があっても君の事は守るよ。怖がらなくても大丈夫だからね」


「僕は鎌田さんを怖いと思ったことはありません!大丈夫です!でも杏はここで待っていて、たぶん見ていてあまり気持ちのいいものではないから」


「それは‥‥言葉が過ぎたようですね。すいません。確かに知花さんは別の部屋で待っていて下さい。なに大丈夫です。みんなで部屋までは一緒に行きますから」


「はい‥‥わかりました」


 杏は何かを悟ったのか珍しく言うことを聞いてくれた。

 3人で総監室を出て地下に向かった。

 杏が先に個室に入り、僕は別の部屋に通された。


 僕は緊張して中に入った。

 中に入ると思っていたよりも広い部屋だった。

 暗くて窓が一つもない部屋に息苦しさを感じるほど圧迫感、僕は圧倒された。

 そんな部屋は椅子以外何もない空間だった。


 部屋の真ん中あたりで、3人の男たちが座っている鎌田さんを中心に三角形をなして佇んでいた。

 国立さんが話していたサンダーの能力者だ。


「国立さん。彼らはサンダーの何ですか?」


「見てわからないのかい?」


「いや、見えてはいるのですが僕の近くに黄金色のサンダーの能力者がいないので能力の違いと色の違いがよくわからなくて。‥‥サンダーの雷神ですか?」


「そうですか。まだ整備中と言ったところですかね。でも当たりです。さぁ、行きましょう」


「整備中ですか。お上手です」


 そんなに広くは無かったのに近付いて始めてわかった。

 鎌田さんは目隠しをされていた。


「目隠しまでする必要があるのですか!」


「その声は勇気?勇気さんですか?」


 国立さんは縛られている鎌田さんに近付いて目隠しを取った。

 そのときサンダー使いの3人が構えた。

 国立さんが手を挙げて制した。


「勇気さん。今はコレぐらいしないと我々では太刀打ち出来ないのですよ。

 皆が鎌田のような聞き分けの良い方ばかりではありませんから」


「勇気‥‥怪我は大丈夫ですか?」


「はい大丈夫です」


「また無茶なことをしましたね。私と当麻をアドバイザー‥‥ですか」


「はい‥‥誰も死んでほしくはなかった‥‥でも、これで本当に助けたことになるのですか?

 外に出ることも出来ないですし能力も奪われます!僕は‥僕は‥‥」


「勇気さん、十分です。そもそも私は死ぬつもりだったのですよ。それだけの罪を犯したのに私は悔いてはいない‥‥死刑判決でもよかったのですから。

 でも当麻は違います。彼には待っている人がいます。当麻は今どうしていますか?」


「林田さんは大丈夫です。まだ入院していると思いますが?」


 僕は静香さんの後ろにいる国立さんを見た。


「本来ならその様な事を話さないのですが勇気さんの頼みなら仕方がないです。林田は今、警視庁の特別室にいます。林田本人は至って元気ですよ」


 と明らかに不服そうな顔で答えくれたけれど、僕は国立さんの態度にカチンときた。


「その態度はどういうことですか!鎌田さんも林田さんも抵抗はしていなかったはずです。そればかりか協力しているはずです!なのに!その言い方は‥‥」


「勇気さん、止めなさい!彼らのしている方が正しいのです。それに彼らとて好きでしているのではありません。仕事なのです。正義のためと信じ淡々とこなしているだけです。責めてはいけません」


「でも‥‥」


「そんな事より、当麻は無事なのですね。それはよかった」


「いいえ、無事と言うわけではありません。僕がとっさに林田さんのファイアーを奪ってしまって‥‥。本人に返そうかとお話をしたのですが杏にあげてほしいと言われてしまって。今、当麻さんは能力が無い状態です」


「そうですか。‥‥そう言うことですか。なるほど!それで私が無期なのですね!」


「はい、そうなんです。凶悪犯に対して僕がエンペラーの能力を施行して能力を奪い裁判を行いたいと法務大臣と警視総監に頼まれました。でも凶悪犯といえども人から能力を奪う事は犯罪です。奪うときに一度心臓が止まります。死んでしまうことだってあるのです。だから能力を奪う是非は、僕に決定権を下さいとお願いしました。

 僕はトレースを持っています。過去を視て決めようと思っています。そこで鎌田さんと林田さんに僕の相談役になってもらおうと思ったのですが‥‥鎌田さんのウォーターを奪う事で警視総監との折り合いがつきました。

 すみません、僕はただ鎌田さんともう少し話がしたかっただけなのに‥‥ご両親も唯一残った妹さんも奪われたのに、今度は僕が能力を奪おうとしています‥‥‥‥すいません」


「勇気さん、顔を上げて下さい。確かに父や母も妹も奪われましたが能力は奪われていませんよ。勇気さんに上げるのです。奪われるわけではありません。勇気さんに使ってもらえるのなら本望です。

 それに能力だけが力ではありません。最近の人達は能力に頼り過ぎなのです。全く駄目ですね。勇気さんも能力に使われてはダメですよ。心も体も鍛えてください」


「はい精進します。それでは国立さんどうしますか?」


 僕は国立さんに向き直った。


「はい、こちらとしては今すぐにでも能力を奪っていただきたい。何か必要な物はありますか?それと勇気さんを信用しないわけではないのですが鎌田の血液検査をさせてもらってもいいですか?」


「はい、お願いします。AEDの用意をお願いします。能力を奪うときに心臓が停止してしまうのでお願いします。それとこの手錠をはずしてください。椅子に座ったままではやり難いです」


「え!手錠を外すのですか!それは‥‥」


「国立さん!僕を信じてください!鎌田さんは暴れたり逃げたりする人ではありません!

 僕は以前、鎌田さんの過去を視ました。その僕が言うのです!信じてください!」


 国立さんは目を閉じ深呼吸して決断した。


「わかりました。私はあなたを信じた訳ではありません。少しでも妙な動きをすれば、その場で射殺します。私は勇気さんを守る立場です」


 鎌田さんは静かに頷いた。

 国立さんは一度、外に出てAEDを持ってきてくれた。

 それから僕にAEDを手渡して、椅子の後ろに回り鎌田さんの手錠を外した。

 でも腰のロープは国立さんがしっかりと握っていた。

 その隣で鎌田さんの後ろにいた黒服の男が拳銃を構えた。

 満を持して国立さんが合図を言ってくれた。


「勇気さんいいですよ」


 と声をかけてくれた。

 僕は左手の手袋を外し鎌田さんに近付いて跪かせた。


「鎌田さん、あっという間に終わります。次に目が覚めたときには能力が無い状態です。いいですか?」


「どうぞ。あ!そうそう、次に目が覚めた時はぜひ下お名前で呼んでください」


 と静香さんが僕に微笑んでくれた。

 僕を信じてくれている証だと感じた。


「はい‥‥静香さん!僕の事は呼び捨てで呼んでください。ではいきます!」


 自分に気合いを入れた。

 跪いている静香さんの額に左手を当てて、頭の後ろを右手で支えた。

 静香さんは目を開けて僕を優しく見ていた。

 僕は頷き、息を大きく吸い込んだ。

 そして一言叫んだ。


「奪う!」


 開いていた目がさらに大きく開き、静かに閉じた。

 僕は静香さんを支えながら横にして心臓マッサージを始めた。


「誰か早くAEDを持ってくて下さい!」


 僕の左側にいた黒服の男性が動いてくれた。

 右側にいた黒服の男性も後ろにいた黒服の男性も国立さんも動いてはくれなかった。

 激しく憤りを感じた。

 犯罪者だから死んでもいいと考えているのか!そう思うと怒りを通り越し悲しくなった。


「ありがとうございます」


「休んでください。後は私がやります」


「はい、お願いします」


 僕はそう言って後ろに下がった。

 すぐに手袋をして一言、文句を言わないと気が済まない!そう思って3人の顔を見た。

 すると、動かなかったのではなく動けなかった。

 目の前で起こった事に理解出来なく呆然としていた、そんな顔をだった。

 僕の怒りは誤解だと気づき倒れている静香さんに近付いた。

 静香さんはしっかり呼吸をしていた。


「すみません。ありがとうございます」


 僕がそう言うとAEDをしてくれた男性は体を硬直させながら後ろに下がった。

 そのとき僕は男性の心情が意図もたやすく分かった。

 あきらかに4人とも僕を畏れていた。

 僕は立ち上がり両手を広げて少しオーバーに言った。

 もちろん笑顔でハキハキと。


「大丈夫です。この手袋は能力を遮断します。エンペラーもトレースも手のひらで行う能力です。安心してください。

 それと誰でもいいので静香さんの血液検査をしてください。たぶんこの中で一番、弱いと思いますよ」


「誰か弱いと?それこそ傲りですよ」


 と横になったままの静香さんに言われてしまった。

 僕はサラリと聞き流してから静香さんに向き直った。


「気づかれましたか!大丈夫ですか?」


「はい大丈夫です。能力がなくなってもたいしたこと無いですね。何ともないです。

 私が弱いと言った勇気と腕相撲でもしましょうかね」


「アハハハ!すみません。それだけ強気の発言が出来るのなら大丈夫ですね」


 静香さんと話をしながらAEDをしてくれた黒服の男性が血液検査をしていた。

 すると事態を理解した国立さんが我に返って、血液検査の結果を見た。

 能力が無くなっていることを確認してから指示を出した。


「すみません。常識を越える出来事に呆然としました。確かに鎌田静香の能力は無くなっています。サンダー部隊は解散。それぞれの役職に戻ってよし」


 国立さんは黒服3人に号令を出した。

 僕は慌てて血液検査をしていた黒服の男性を呼び止めた。


「すみません。何故あなただけ動いてくれたのですか?」


「私の本職は警察病院の医者です。あなたの心臓マッサージは完璧です。

 ただもう少し力を抜いて体でマッサージをすると疲れませんよ」


「はい!ありがとうございます!」


 と僕は頭を下げた。

 黒服の男性達は僕にも敬礼をして部屋を後にした。

 振り向くと国立さんが静香さんのロープも解いていた。


「勇気さん、本当に鎌田の能力がないのですか?不思議ですね?ナポレオンも同じ能力があるのですよね」


「はいそうです。ただナポレオンは心臓マッサージをしません。そのままです」


「ですが‥‥能力が無くなるなんて考えられないのですが。私なら耐えられないかもしれません」


「何の平気ですよ!国立さん。僕なんて20年間、能力無しのレッテル貼って生きてきました。

 平気です。静香さんならどこでだって生きていけます」


「そう言う言い方はやめてください。なんだか私が化け物みたいではないですか。

 それより勇気、ウォーターを使ってみてください」


「え!でも手袋をしていますし‥‥」


 僕は躊躇をしていると、静香さんはあきれたような顔をして腰に手を当てて話し出した。

 まさに鬼教官だ。


「勇気!もう少し自分の能力を研究してください。

 ほら!手先から水を出すのではなく腕の先から水を出す感じで!腕から水を投げるみたいな感じですよ!そう!そうです。鞭を持っているような感覚で!力を入れてはダメですよ。

 優しく~優しく~やってみてください」


「はい!」


 話を聞きながらやってみると、初めはチョロチョロだった水がまるで鞭のようにしなりながら床を叩いた。

 力加減が難しい。

 僕が能力に振り回されているのが楽しかったのか笑いながら国立さんが僕の後ろに立ち肩に思いっきり手を置いた。

 まるで叩くようにそっかりと。


「肩に力が入りすぎています。鎌田さんも力を抜くように!と言っていたでしょう。それに体の軸がなっていない。能力を使う前にまずは体力を付けてください」


「その通りですよ!」

「も~痛いです!2人で言わないで下さい。僕に足りないものなんて分かっているんですから!」


「勇気さん。そろそろ行かないと知花さんが心配しませんか?」


「そうですね」


 僕が言ったとき静香さんが両手を国立さんに突き出した。

 国立さんが、あ!と言う顔をして後ろ手に手錠をして腰にロープをつけた。


「国立さん!なんで?」


「勇気、体面ですよ。私は無期懲役の身です。手錠もロープもなしではいけないと思いますよ。たとえ能力がなくなっていたとしてもね」


 と楽しそうに話してくれた。


「すみません。鎌田さん。私としたことが、つい楽しくて失念しておりました」


「いえいえ。これも仕事です。フッフフフ」


 2人してニヤニヤしていた。

 ひょっとしたらこの2人、似た者同士。

 僕は思わず、あとずさった。


「ほら勇気。何しているのですか?早く行きますよ」


「‥‥今行きます‥‥」


 僕は肩を落として後をついて部屋を出た。

 顔を上げると国立さんと静香さんが楽しそうに談笑している姿が目に入った。

 何だか嬉しくなった。

 静香さんは罪を犯した事に悔いは無いと言っていたけれど、でも本当は罪を犯していない幸せな自分を思い描いた事もあったと思う。

 僕は静香さんを救えたのだろうかぁ?などと思いながら杏が待っている部屋に入った。



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