8 失われた伝承3
ドンドンドン、と数回扉を叩くと中から厳しい表情のジーンが姿を現した。彼は予告なしにやって来たレクスに驚いた表情一つ見せなかった。恐らく彼がここに来る事を予測していたのだろう。
「陛下、ようこそおいで下さいました」
「メヒャーニク伯爵は?」
「奥に居ます、すぐに出てくると思うのでこちらでお待ち下さい」
抑揚の無い声音のジーンにレクスはチラリと視線をなげた。共をしてきた兵は外においてきた。彼等はそれに反論をして文句を言っていたが、今ここで武力を使って脅しては駄目だと思った。それは、王としての勘だ。
「なら、私も奥に……」
「無駄です。陛下は中に入ることさえ出来ません」
きっぱりとした口調にレクスの表情が不機嫌そうに歪む。誰も彼も皆王であるはずの彼を王とは思っていないのではないかと思う。
「私は……王だ」
「それでも無理だと申しています」
「連れて行け」 冷たい視線とイライラしたような声音のレクスにジーンは呆れとも諦めともつかない表情を浮かべた。
「入口まではお連れします」
溜息一つ、きびすを返したジーンのあとをレクスが悠然と続く。入口にさえたどり着ければ何とでもなると思っていた。
「ここです」
地下に降りる入口は何の模様も無いシンプルな木の扉だった。レクスが試しに取っ手を取って引いてみたがびくともしない。
「鍵は?」
「ありません」
「は?」
「ここの鍵は魔法です。神々が座した時代に開発されたと言われる魔法。異能者に呪をつけるのと同じものとお思い下さい」
言われた言葉にレクスの顔が歪む。それは、歴代の筆頭魔術師ですらも解明する事が出来ていないセレスティア永遠の謎だ。
そんな鍵を用いていると言う事は、中の様子も探る事が出来ないのだろう。
「だから……か……」
ポツリと呟いたレクスの表情はいつもの王としての偉そうなものではなくて、どこか悲しげで、淋しそうなものだった。
項垂れるレクスの前で、扉が内側に開く。そこから顔を出したミラとメルファンは驚いたようにレクスを見て、ジーンを見た。
「お兄様?」
「ここに連れてきたところで入れるわけでは無いからな。それで……?」
「レクス陛下。私はこの図書館のオーナー、メルファンブロックウェイです。あなたの欲しい情報をおもち致しました」
スッと優雅に礼をしたメルファンの表情は、ひどく消耗していた。
レクスが図書館を訪れた、丁度その頃、奥の間の扉が音も無く開いた。
「メルファン!!」
ガタッと慌てて立ち上がったミラを見るメルファンの瞳に色は無い。まるですべての感情を置いてきてしまったような表情をしていた。
「ミラ……」
「メルファン、大丈夫?ヒドイ顔色だけど……レーセでもそんなに辛いの?」
レーセ、神と龍人が残したこの部屋が記憶し続けていたセレスティアの歴史を読み取ることが出来る唯一の人。ここに記録されないものは無い。どんな些細な事でも、この国で起こっていることなら全てを拾う。故にレーセの印がある者以外がそれを読み取ろうとすれば莫大な情報量に頭がついていかずに廃人となってしまう。
メルファンにそのレーセの印が現れたのは今から七年前の十歳の時。それまでの生活から一変して、全く違う環境に放り込まれたけれど、それを嫌だと思った事は無かった。それはミラやメイビーナ、ジーンやマドンナという解ってくれる仲間がいたから。でも、今この時、初めてレーセである自分を憎いと思った。
「ちがう……。確かに辛かったけど、違う。……ミラ、どこまで話せばいいのかな?」
「どこまで?話したくない事でもあるの?」
コックリと頷いたメルファンにミラは暫く考えて、一つの問いをよこした。
「それって、歴史に関すること?」 「……ちがう。今」
「なら、言わなくていいんじゃないの?陛下が欲しいのは黒の塔に関する過去の記述だもの。今のことなら、不要よ」
確かに理屈から考えればそうなのかもしれない。でも、その結果この国が更なる危機を迎えてもそんなことが言えるのだろうか。
「メルファン、いいのよ。レーセの仕事は読み取る事。その結果感情が優先して人に伝える事が出来なくてもいいの。それは当たり前だもの。行こう」
未だうなだれているメルファンの手をミラが強く握った。話さなくてもいいというミラの言葉が正しいとは思えない。それでも、きっとこの一言を口にする事はできないんだろうな、と思う。
「ミラ……本当にいいのかな……?」
「いいのよ」
きっぱりと言い切ってくれるミラの言葉が今はとても嬉しいし、安心できる。
「ありがとう、ミラ。ごめんなさい」
小さく小さく呟いた言葉がミラに届いたのかどうかは、判らない。




