千年の時の彼方に
ドンドン、木製の扉を叩く煩い音に読んでいた本から顔を上げたメルファンは不機嫌そうな表情で扉を内に引き開けた。
「アヴィア?何か用?」
アヴィア・ブロックウェイ。本来はメルファンの祖母と言う立場だった人だが、今の姿は大体二十才前後。ゆえに名で呼んでいる。
「メイ。又新たなレーセが地上で命を落としたわ」
あの頃呼ばれる事の無かった名は今はメルファンにとって唯一の名になっている。
アヴィアの誘いにメルファンは呆れたような表情を浮かべた。
「アヴィア、何で毎回毎回呼びに来るわけ?私はいくら新たな龍人が生まれるからってわざわざ命の泉には行かないわよ?明日からは普通にここで暮らしていくんだも……」
メルファンは突然光を放ち始めた鍵に目をやり、絶句した。前回マドンナが目を醒ましたのは今から数日前。いくらなんでも早すぎる。普段は一年に一回だけなのに。それに、いつもは不快なほどに強い青い光を放つ鍵が、今放っているのは淡い、今にも消えそうな光だった。物凄く嫌な予感がする。あの、封印の時から数千年と言う長い時間が過ぎたけど、メルファンにとってマドンナの死は予測するのも嫌なことなのだ。
呼びに来たアヴィアもその光に目を止め顔を顰めた。
「弱い……ね」
「……行って来る。マドンナは……封印の要となるほど強い魔力を持つ先祖がえりだけど……レーセでは無いから」
これで最後になるかも知れないと、声を震わせて訴えるメルファンにアヴィアが小さく頷いた。
「行っといで。後悔しないように」
強く頷いたメルファンの姿がその場から消える。
「さようなら……メイビーナ」
悲しげに、泣きそうに顔を顰めたアヴィアの声がメルファンに届く事は無かった。
「マドンナ……?」
既に弱々しい様子になっていたらどうしようと半ば覚悟していたメルファンの表情が驚いたようなものに変わった。
メルファンの目の前でイレウスとマドンナがゆったりと茶を飲んでいる。その彼等の間にある机の上にはユシテルとイレーネを封印した小瓶がちょこんと乗っていた。
「何を……しているの?」
「最後の晩餐……かな。全部終わらせようと思って」
ニコリと笑うマドンナは今にも死にそうな様子には見えなかった。レティシアの頃とは様子が違う。ただ、彼女の最後と同じように、今のマドンナが実体を持っていることだけは確かなようだが。
「終わらせる??」
「ああ、神の勝手で作り、迷い込んできた人に乗っ取られたセレスティアを終わらせる」
「……そういえば疑問、なんですけど……何でセレスティアに人が入り込んできたんです?龍人も神も外に出れないような強い結界が張ってあったはずなのに」
眉を顰めるメルファンにイレウスがチラリと笑みをこぼす。
「何故って、彼等が純粋に人だったからだ。神や龍人のようなモノを排除する結界ではあったが、人は対象外だった。最も彼等が通ったことで、結界も人の気配を覚え、人をも弾く結界になったから、以後は誰も出入り出来ていないがな」
どうやら最高神の頭に人の存在は無かったらしい。神にとって人とは何なのだろう……?
「そ……そうですか……。それで、終わらせるってどうやって」
「地下に居る龍神と我とマドンナとメイビーナ、そなたの力を合わせてユシテルとイレーネの魂を完全に天に返す。それと同時に最高神がかけた魔法を打ち破る」
「そんなことが……」
最高神は、誰も叶わない強い力を持っているからこその最高神なのだ。そんな神の掛けた魔法を破るなんて想像する事も出来ない。
「これだけの強い力を持つ者が力を合わせれば可能だ。……本当はもっと早くこうすべきだった。我の力が完全に残っているうちであれば我とユシテルとリアンだけで事は足りたのだ。……それが出来なかったのは、我が神にありえぬ弱さを持っていたから。それが全ての始まり。だから我が終わらせる」
その最後にメルファンやマドンナを巻き込む事にイレウスは謝罪をしはしなかった。そして、それは、当然なのだと判る。
「魔力を、放て」
その言葉はまるで、セレスティア中に轟いているように聞こえた。グルグルと回る思考を最後に、メルファンの長い生は終わりを迎える。
「ありがとう……」
最後に聞こえた声が、誰のものなのか、メルファンにはわからなかった。




