3 黒の塔の異変3
風と共にディオスが連れてこられたのは大きな灰色の建物のすぐ脇だった。風が消え、終息していた音が戻ってくると同時に耳に響いてきた音に彼女は軽く顔を顰めた。建物のところどころにはめられている鉄格子の一つから小さな悲鳴が聞こえてくる。懸命に抑えようとしているのが判る音、耳慣れた音にディオスは耳を塞ぎたい衝動と戦った。いくら聞きなれていても決して聞きたい音ではない。いつもはこの時間には聞こえてこないはずの音がやけに耳につく。あの部屋の中で何が行われているのか、実際のところディオスは知らない。ただ、この中に居る人は数日中に命を落とすか、逆らう気力すらも失って道具である事を受け入れるかのどちらかだ。
ギリッと何かを引っかくような音が聞こえ、ディオスはそちらに視線を転じた。彼女が気づいたのと同時に相手も気づいたらしく、ジッと厳しい表情で鉄格子を睨みつけていた男がこちらを向いた。
「あ……」
鉄格子を睨みつけていた男は、本来ここに居るべきではない人間だった。彼女達異能者は名前を口にすることさえ許されない。
思わず声を上げたディオスを男は咎めなかった。さっきまでの厳しい表情から一転して人懐っこい表情を浮かべている。
「こんばんは。こんな所で何をしているの?」
「……………………仕事の、帰りです」
「君は……ごめんね」
ディオスの抑揚の無い声に彼は悲しげに目を伏せた。彼の口から出た謝罪にディオスが軽く目を見張る。道具に謝罪をする人間なんて聞いたことがない。
「僕も、兄も絶対にこのままになんてしないから。こんな……人の尊厳さえも奪うような事、止めてみせる」
「え……」
「君のような人間を今後出さないためにも、そして、君たちが人として生きられるように。最も、暫くはそれどころじゃないだろうけど」
彼の視線が今は静けさを取り戻した王都の町並みに向けられる。既に収まったようにも見えるが、あの、黒の塔がくっきりと姿を現した様は不気味以外の何者でもない。
だが、そんな物思いに耽っている様子の彼の感傷を、ディオスは意図も簡単に断ち切った。
「私たちは……人じゃない。道具よ。それは一生、永遠に変わらない」
「今は、そう思っている人間が多いのは事実。でも、それは真実じゃない。人から生まれた君たちが人じゃないわけが無い。絶対に、そんな認識、変えてみせる」
そんなこと、出来るわけが無い。それなのに、ディオスは体が凍りついたかのように動けなかった。彼の目が嘘を言っている目ではなかったから、特に。
「ディオス!!」
パクパクと口を開こうとしたディオスの言葉は途中で遮られた。冷たい視線と共に寮の、異能者の番人が現れる。彼、グレーディル・サムソンはディオスが共に居る相手を見て、驚いたように固まった。
「ウィリアム殿下。このようなところで何をなさっているのですか?ここはあなたのような方がこられるような場所ではございません」
「うん、ごめん。ちょっと、彼女と話していたんだ。あまり、咎めないでもらえるかな?」
そのウィリアムの言葉にディオスの表情が凍りつく。彼は良かれと思って言っているのだろうが、この結果は絶対にいい事にはならない。
「もちろんでございます」
案の定、そう答えたグレーディルの顔は醜く歪んでいた。




