2 異能者を縛る鎖
目を焼くような強い光が収まり、ぱちぱちと目を開いたメイビーナは薄暗い部屋の中をキョロキョロと見回した。然程広いわけではないだろうが、物が殆ど無いからかがらんとしているように見える。窓も、明かりも無いのに、何故か薄暗い光が部屋を満たしていて、光になれたメイビーナの目でも部屋の子細を観察する事ができた。
部屋の中には殆ど何も無かったが、全く空っぽと言うわけではなく、部屋の奥にポツンと何かが置いてある。近づくにつれ、それが何であるのか分かった。
真っ白いシーツのかかったベッドとそのベッドに繋がる不思議な形の機械。柩のようにも見えるが、中を覗く事もできず、ごてごてと何かが飾りついている。飾りと言うより機能を重視した道具のようにも見えた。
ビーーン
手で握り締めていた剣が小さく鳴った。泣いているようにも、何かを求めて手を差し出しているかのようにも聞こえる音。とても悲しい音にメイビーナは訳もなく泣きたくなった。彼女を求めているわけでは無いはずの声が、彼女を呼んでいるようにさえ聞こえる。
メイビーナは導かれるままにフラフラと柩に近づき剣を持ち上げた。両手で持ってもずっしりとくる重みに、それでも彼女は腕を下ろさない。
「メイ、君に頼みがある。僕の大切な友人を助けて欲しい。……彼を、そして、彼と共に捕まっているモノを解き放って欲しい。……君にならできる。いや、ちがうな、君にしかできないんだ」
あの時、あの不思議な空間でメルディウスが口にした言葉が木霊する。
一度深く深呼吸。その柩めがけて大振りの剣を振り下ろした。
バーーンという、何かが弾けるような音と、扉が開くような大きな音が同時に響き渡る。思わず耳を塞ぎたくなったが、それよりも剣から、棺から溢れてくる光に目を瞑るほうが先だった。
光が収まり、剣を手許に引き取った時、メイビーナは目の前に突き出された尖った鉄の塊に気がついた。何本もの剣の切先がメイビーナに向かっている。
いつの間にか騎士服に身を包んだ人たちがメイビーナに剣を向けている。彼女は、多くの騎士と魔術師に取り囲まれていた。
「何を、した」
冷たい声で問われたが、答える事は出来ない。何をしたのか、彼女は厳密には把握していなかった。ただ、剣に導かれるままに振り下ろしただけなのだ。だが、そんなことを彼等が理解してくれるはずが無い。
「何をした」
再び問われ、冷たい切先がメイビーナの首筋に触れた。メイビーナはまるですがるように剣の柄を握り締めようとしたが、指先が空を切る。メイビーナが持っていた剣は跡形も無く消えてしまっていた。
「完全に消滅している。あれは、筆頭魔術師であるヘクセレイ様でさえ手を出す事が出来ない代物なのに。何をした、メイビーナ」
柩があった辺りを見ていた男がメイビーナの方を見る。彼には彼女が判ったらしいが、メイビーナの方からは彼の顔が見えない。
「……あんたたちには関係ない」
多くの武器を持った騎士と魔術師を前に彼女は毅然とした、まっすぐな表情で答えた。余りの強さにためらいを見せた騎士は、だが、すぐにその剣を構えた。
切先がまっすぐとメイビーナの方に振り下ろされる。
メイビーナは、最後の時を覚悟して目を閉じた。今のこの状況を弁明できるほどの材料を彼女は持っていない。
ガキン!!
覚悟した痛みは来なかった。鉄と鉄がぶつかり合う音が間近で響く。
恐る恐る顔を上げたメイビーナはギョッと目を見張った。目の前で二つの剣が交差していた。振り下ろした騎士の顔色が怒りの赤から恐怖の青へと早代わりする。彼だけでは無い、今メイビーナを取り囲んでいた騎士も、魔術師も皆が顔面蒼白状態だ。もちろん、彼女自身もそれは変わらない。
「陛下……」
まさか、国王その人が間に入ってくるとは思っていなかった。国王がどの程度の武術家なのかは知らないが、一歩間違えれば大怪我をしていただろうに、一貴族の家に仕える使用人一人を助けるためにする無茶ではない。
「お……お怪我は……?」
小声で尋ねた男にレクスは小さく眉を顰めた。不機嫌そうな表情で辺りを見回す。
「お前たちに罪人を裁く決定権を与えた覚えは無い」
大きく、良く通る声だった。怒鳴られた騎士達がパッと視線をそらす。レクスの父である先王陛下の時代には、騎士であれ魔術師であれ団長クラス以上の地位にいる人間に罪人を裁く権利を与えていた。それが変わったのは、病没した先王陛下の変わりにレクスが王位についた数年前だ。未だ過去の遺物にしがみついているであろう彼等にとってこれは当然の行為だが、レクスはそれを許さない。全ての決定権はこの王にある。
「立ちなさい」
レクスは呆然と見上げていたメイビーナの腕を取り、無理やり立たせた。未だ力の入らない体がフラフラと揺れるがレクスの腕がメイビーナを支えてくれているため、再び倒れこむ事は無かった。
「この件は完全に王室預かりとする。今後、口を挟む事は許さない」
再び響いた声に何人もの人間が嫌そうに顔を顰めた。その決定に納得がいかないのだろう。それもそのはず、今メイビーナが消失させたのは彼等が異能者に絶対の印をつけるのに使っていたもので、今の彼等にそれを再び作る術なんて無いのだから。
「わかったら、とっとと自分の仕事に戻れ」
再び響いた怒鳴り声に騎士・魔術師が蜘蛛の子を散らすようにかけだしていった。王族は絶対で、今、レクスに逆らうは愚かと判断したのか、それとも彼の剣幕にただ、恐れたからか、メイビーナには判別が出来ない。
ビクリと怯えたようなメイビーナに目を向けたレクスは彼女の体を離すと小さく笑った。
「そんなに恐れずとも良いだろう?」
「それだけ恐ろしいんですよ、兄上」
出て行った彼等と入れ違いに入ってきたのは王弟であるウィリアムとメイビーナも良く知るヴィラとアルシャークだった。
「私は別にメイビーナに怒ったわけでは無い」
何のためらいも無く、メイビーナの名を口にするレクスに軽く目を見張る。王族や上位貴族は下々の民の名を口にする事さえ嫌う人も多いというのに、彼にそんな気取ったところは無いらしい。
「……疲れただろう?今日は帰って休みなさい」
ポンと背中を押され、彼等の前に出された。罪人として預かる、と言っていたような気もするが……。
キョトンと目を見張り、首を傾げたメイビーナにレクスがフッと小さな笑みを零した。
「ただし、しばらくの間は、メヒャーニク伯爵邸から出るのを控えてもらいたい。落ち着いた頃、君の話も聞くつもりだ。それでよいな、ジーン」
「預かります」
彼等から一人離れたところに居たジーンがメイビーナの前に歩み寄ってくる。レクスの怒気にあてられながらも、唯一その場に止めって居たらしい。
深く一礼し、ジーンがメイビーナの腕を取った。それに乱暴な様子は無くて、いつもと変わりないジーンの様子にメイビーナはホッと息を付いた。
冷たい目で見られたらどうしよう、とそればかりが頭にあった。さっき、メイビーナには分からなかったあの魔術師の声は、ジーンだったような気がする。あんな冷たい声を出す彼を見たのは初めてだったから、気づかなかったのだ。
「……ジーン、ごめん」
小さく呟いた謝罪にジーンは答えなかった。でも、メイビーナを見る眼差しは、あんな冷たい声とは似ても似つかない優しいもので、それだけで安心できる。
俯いたメイビーナの頭が優しく何度か叩かれる。ポン、ポンと気持ちの良いリズムにメイビーナの緊張した、凝り固まった体がほぐれていくのが分かる。
「メイ、さっきは悪かったな。……大丈夫だ、俺やミラが何とかしてやる」
それは、主としての言葉ではなく幼馴染としての言葉だとすぐに分かった。だから、信じられる。この二人は、絶対にメイビーナを裏切ったりしない。




