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呪われた帝国  作者: 白雪
第2部 緑の丘
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第4章 最後の戦い 1 堕ちた筆頭魔術師

「ミラ、ジーン、お前たちも人の上に立つ者なら覚えておきなさい。決して人前で異能者を罵倒してはいけない。その言葉はいつしかお前たち自身に返ってくる」





 懐かしい夢を見た。ミラがメヒャーニク家を継いでからはまともに顔を合わせることさえもなくなったが、ミラにとって彼が尊敬する師である事は変わりない。たとえ、彼の心にあるものが、醜く歪んだものであったとしても。

 目を開けたミラは、彼女さえも殆ど入った事が無いブロックウェイ家の居住部分にいる事がわかった。何故、ここにいるのかはわからないが、最後に何か物凄く嫌な気分になっていた事だけは覚えている。

 布団から起きだしたミラは、その部屋にいるのが自分だけでは無い事に気がついた。部屋に唯一あるベッドでウィリアムが、彼女のすぐ側で並んでひいてある布団ではヴィラとクリスが寝ている。ミラが起きるのとほぼ同時くらいに残りの三人も目を醒ましたらしくもぞもぞと起き出してきた。

「何……?何があったの?」

 未だ眠気眼のクリスの問にミラは首を振ることしか出来ない。ミラ自身何が起こったのかさっぱりわからなかった。

「気がついたんですか?」

 ホッと安心したような声音と表情で部屋に入ってきたメルファンはどこか憔悴しきったようなそんな顔色をしていた。

「メルファン、何があったの?」

「緑の丘の神器に穢れを与えて解放した人がいるんです」

 そこにいる全員が息を呑んだ。緑の丘の神器に穢れを与えると、闇の力を解放するという伝承は魔術師なら全員知っている。何故、誰がそんなことを……。

「犯人は……筆頭魔術師テルモ・ヘクセレイです。闇の力は異能者にのみかかる言葉と思っていたみたいです」

 筆頭魔術師の名にウィリアム達が軽く息を呑んだ。無理もない、テルモは異能者に対して決して差別的な行動を取らなかったのだから、彼が異能者を嫌っているなんてどうして分かるだろう。でも、驚く彼等とは対照的にミラの心はひどく落ち着いていた。

 彼に師事していたミラだけは、否、恐らく兄のジーンもだが……知っている。テルモは表に出さないだけで、異能者を最悪と言うほどに嫌っている。

 まるでさっき見た夢が暗示のように感じた。これから起こる、テルモとの戦いにおける暗示のように。

「……メルファン、先生はどこにいるの?」

「一人では危険すぎるわ。私たちも……」

「いりません、一人でいいです。先生を止められるのは私だけですから」

 きっぱりと言い切るともう誰も止めようとはしなかった。師の持つ闇に気づきながら、放置してきた。それは、ミラの罪だ。彼を止めるのはミラがやらなければならない償いでもある。

 師は、とても弱い人だった。力が強く、心が弱い人。たった一人を愛し、他を嫌い……そして、たった一人の人間を奪った異能者を憎む。あの人はそんな人だったのだ。そんな彼を知りながら放置してきたミラに、咎がある。彼女だけで何が出来たのかはわからないが、何もしようとしなかった今よりマシな未来をつかめた可能性もあるのに。

「先生……捨てないで」

 未来を、過去を捨てて、闇の世界に心をゆだねるようなまねだけはしないで欲しいと、切に願う。




***




「テルモ、テルモ」

 彼はそうやって自分を呼ぶ声が好きだった。何の用があるわけでもないのに、良く彼の側に来て時を過ごす。彼が魔術の勉強をしている時には決して邪魔をしないようにそばに控えている。彼は、そんな彼女との時間が好きだった。永遠に続くと、そう思っていた。

 彼女は変わった人だった。異能者を虐げる事が普通のこの世界で、彼女は異能者を人と言い続けている。

「テルモ、異能者にも感情はあるの。彼等はそれを知らずに生きているだけ。本当は優しいのよ?」

 よく、そう訴えてきた。他の誰がそれを口にしても鼻で笑って終わりなのに、彼女の言葉だけはすんなりと耳に馴染む。彼女がそう言うのなら、異能者を認めてやってもいいと思うくらいには、彼にとって彼女は重要な存在なのだ。

「カーラがそう言うなら、俺が上に立ってその体勢を変えてやるよ」

「ほんと?」

 そう言って、カーラが余りに綺麗に笑うから、テルモの顔にも自然と笑みが浮かぶ。

「カーラの言う、異能者の可能性を信じてみたくなった」

 それは真実だった。カーラの言葉を元に異能者を観察してみると、彼等は確かに感情の起伏が少なくはあるが、それでも他はカーラやテルモと何ら変わりはない。異能者がそうなのは生きてきた環境のせいだ。現に遅くに異能が発覚し連れてこられた人は、傷つき、泣いて、そして笑う。普通の人だ。異能が悪いわけではなく、彼等を道具扱いする我々人間が間違っている。

「テルモ、エンがね……」

 ニコニコと一日の事を話すカーラの口からこの頃良く聞こえる名前がある。どうやって知り合ったのか知らないが、エンと言う異能者の話を良く聞いた。生まれてすぐに異能者として連れてこられたエンが、少しずつ笑うようになったと話すカーラの表情が、口調が余りに楽しげで、テルモまで嬉しくなる。

「カーラは本当にエンが好きなんだな」

「うん、エンはね、優しいの。とっても、優しいのよ」

 カーラが大好きなエンと会ってみたいと思うことさえあった。そんな幸せな時が永遠に続くと思っていたのに……運命は無慈悲にテルモからカーラを奪った。

 カーラの遺体はボロボロで、全身やけどを負っていた。エンという異能者の技に巻き込まれたのだと聞いた。何故、カーラがあんなに大切にしていたのに、何故……。

「貴様が、エンか?」

 いつもカーラの話に出てくる古の森の奥で見つけたエンは、冷たい、よどんだ空気を纏っていた。テルモには分からない。彼女のどこが優しい?何故、カーラを……

 テルモの中に燻る何かが大きく爆発した。森の一部を吹き飛ばし、目の前の影を粉々に粉砕していた。それでも、心は痛まない。異能者は人では無い、化け物だ。何があっても彼等を許しはしない。

「カーラ、カーラ……」

 二度と答えてくれない名前を、何度も、何度も呼んだ。どんなに呼んでも、彼女が答えてくれる事は無かった。未来永劫、そんな時は来ない。





***





 そこには何も無かった。木々の生い茂る古の森の奥であるはずなのに、そこには木の一本どころか、草の一本さえも生えていなかった。茶色い大地がぽっかりとのぞいていた。

 その中央に一人の老人が立っている。目は空ろに辺りを見回し、ミラが近づいても彼女の存在に気づいていないように見えた。

「……テルモ先生」

 幼い頃にはずっと呼んでいた呼び名だが、いつからかミラの口にもジーンの口にも上る事はなくなっていた。久しぶりに会ったのに彼は何も変わっていない。こちらを見ているようでどこか遠い彼方を見ているようにも見える空ろな目も変わらない。

「ミラ、よう、来たの」

 まるで教師のようにミラを迎え入れてくれる。変わらない様子に涙が出そうになった。歪んだ人ではある。でも、ミラにとって唯一尊敬する事ができる師であったことに代わりはない。

「先生、化け物は異能者だけではありません」

「知っておるよ。……ここには何もないじゃろう?きっとこれからも木や草が生える事は無い。わしがそうした。……化け物は異能者だけではなく魔術師も……いや、多分セレスティアに住まう全てがそうなのかも知れぬ。じゃが、それでもわしは許せなかった。失った物を取り戻したかったんじゃ」

 強い、強い願いと望み。知っていた。たとえその心を闇に受け渡したとしても、それでも彼にはかなえたい願いがある。そんなことは知っている。だから、何も言えなかった。何も出来なかった。どんな言葉も無意味で、一度動き出した事態は変わらない。

「たとえ異能者を一層できたとしても、カーラ・アムルーズは戻りません」

 初めて知った、テルモが壊れるほどに愛した女性の名前を口にすると、彼の目がこれでもかというほどに見開かれた。その名前を知る人なんていないと思っていたのだろう。事実、本来ならミラだって知っているはずが無い名前なのだ。

「……何故、その名を、この場所を知っておる?わしはここに住む全ての人間の記憶からカーラを、あの事件を消したはずじゃ」

 そう、彼はそれだけの力を持っていた。ミラはテルモの中の空虚な想いに気づいた時、彼がここまで狂おしいほどに愛した女性を知りたくなった。そして、何故テルモの心が死に、異能者に対する深い恨みだけが残ったのかも。

 だが、それを知る人はいなかった。誰に疑問を振っても、テルモには愛した家族も恋人もいないのだと、皆が口を揃えて言っていた。

「先生、レーセをご存知ですか?全てを知り、全てを見通す事が出来る、神が誰よりも強い力を与えた人です」

 決して表ざたにする事が許されないレーセの存在。この間の事件でレーセの力の恩恵に授かった彼等ですら、レーセの事は知らない。だが、今彼に伝える事に迷いは無かった。

「知らぬ……。そのレーセがわしを視たのか?」

「はい、カーラの事件の事も、エンという異能者の終わりも、全ては彼女が見て、教えてくれました。先生、私はこのセレスティアが好きです。魔術師も、異能者も、何も知らずに安穏として権威を振りかざす貴族も。みんな、欠けてはならない大切なものだと思っています。だから、今ここで先生を見逃すわけにはいきません」

 恨み、憎む事で、復讐する機会を待つことで、漸く生きてこれた彼は、今箍が外れた。数少ない理性で押し込んでいた物が表に出た今、彼はもう手段を選びはしない。今度は自分の魔術師としての力の全てを使い、異能者を、下手したらこの国の全てを葬り去るまで彼の復讐は止まらない。特に、異能者解放に向けて動き始めている今、彼を押し留めるものは無い。

 青い光がキラキラときらめく。地面から突き出した太く、強い氷がテルモの体を貫いた。老いて、細くなったその体から夥しい量の血が溢れてくる。目をそらしたくなった。耳を塞ぎたくなった。でも、それは許されない。

 この師が奪った……三つの命のためにも、そして、今ここでミラに命を奪われる彼のためにも、目を瞑る事も、耳を塞ぐ事も許されない。

 テルモは最後にミラを見た。口が軽く動き、何かを告げようとしているかのように見えたが、開いた口からあふれてくる血がその言葉を奪ってしまい、ミラの耳には届かない。

 ミラはまるで魂が、命の源が、溢れているかのように流れ続ける血を見続けていた。

 ぐったりと力を失ったテルモを貫いていた氷の剣が消えると、彼女はそっとテルモに触れた。

 苦しい思いをして亡くなったはずの彼の顔は穏やかで、幸せそうにすら見える。

「先生……何故……」

 テルモは、ミラに反撃できたはずだ。メルファンみたいに簡単にやられるつもりは無いが(ミラは腐ってもウンディーネ。いくら相手が筆頭魔術師でありイフリートの称号をもつ者であったとしても)、それでも、根本的な能力や力はテルモに及ばない。何故、自ら死を選んだのだろう。

 いや、本当は知っている。それだけが唯一彼を救う道なのだ。でも、それでも、悲しい。

「……い、先生……」

 謝りはしない。謝る権利なんて無い。でも、溢れてくる涙を止める事はできなかった。

 テルモ・ヘクセレイの亡骸を前に、ミラ・メヒャーニクは何時間も泣き続けていた。だが、それを見た人はいない。

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