4 異能者の行く末(終)
再び元のセレスティアに戻ってから数週間。今ではあの数日間が夢だったような心地さえする。だけど、それが夢で無い事をディオスはいやと言うほど知っている。
あの日からまた、普段と変わらぬ日々を過ごすはずだった。だが、毎日のようにディオスに与えられていた任務はなりをひそめ、食事時以外は外に出ない生活が続いている。時折クレアやウィリアムが尋ねてくる以外に誰一人姿を見せない。
「んーーーー」
ずっと同じ姿勢で本を読んでいて凝り固まった体を伸ばしているディオスの耳に数人の足音が聞こえてきた。普段ウィリアムやクレアが隠れてやって来る隠し通路ではなくディオスの部屋から直接通じている正規のルートだ。このルートを通るのは普段はディオスだけで他に通る人はいないはずなのだが……。
「誰だと思う?エル?」
ディオスの横でパラパラと本を開いていたエル、こと、エリザベス・ローウェルは軽く首を振る。彼女もまたディオスが造った本の登場人物だった。他とは異なり不思議な力は持たない。ソモソモそういう力を持つ人が登場する小説の登場人物ではなく、ロマンス小説の主人公だ。ディオスにとって良い話し相手にはなっている。よって、こういう何でもない場面に呼び出すことが多い。
《私が知るわけ無いでしょう?》
呆れたように顔を顰めるエリザベスの言葉も最もなのでそれ以上訊ねる事はしなかったが、本に視線を戻さず通路に通じる扉に目をやっている。
「エル。戻ってて」
短い命令にエリザベスが反応する間もなく彼女の姿が消える。普段であれば相応に猶予もあるが、今回は強制的に送った。誰が来たのか判らない以上、出来るだけ彼等が認識していない登場人物を彼等の目にさらしたくなかった。
扉が開き、現れた数人の人物にディオスは軽く目を見張った。全部で三人。クレアとウィリアムとサムソン。クレアとウィリアムが堂々と訊ねてきた事もそうだが、何よりも彼等がサムソンと共に有ることがおかしい。
「何か、御用ですか?」
クレアたちが共に居る理由はわからないが、サムソンが来た時点でまともな用件であるとは思えない。
「……貴様を解放する」
イヤイヤと言うように顔を顰めて宣言した内容にディオスは文字通り言葉を失った。あんぐりと口を開いて立ち尽くす。
解放……?
「ソレーユ、あなたは自由よ」
「自……由?」
それは異能者として育っていたディオスにとって遠い彼方の言葉のように聞こえた。
「そう、自由なの」
ニコニコと笑うクレアも、嬉しそうな表情を浮かべているウィリアムも、そして、苦虫をかみ殺したような、憎々しげな表情でディオスを睨むサムソンも決して嘘をついているようには見えない。
「な……」
「あなた、この数週間一度でも呪いが発動した?」
フルフルと首を振った。ディオス自身、あの赤の泉に入ってから呪いの効力が消えている事は知っていた。だが、解放されるという想いは無かった。……考えもしなかった。
「呪いが消えた以上あなたを拘束する力は無いのよ。ただ……他の貴族連中を説得するのに時間がかかってしまったけれど、兄様……現国王陛下が、命を賭してセレスティアを救った功績を称えるべきだと言ってね。結局あなたが、過去こなした任務を絶対に口外しないという条件で、あなたを外に出し戸籍を作り自由に生活する権利を与える事になったの」
クレアの言葉に、ディオスはポカンと口を開いたまま固まった。国の決定はそれくらい予想外だった。何せ本人ですらも解放されるとは考えていなかったのに、国の貴族がそれを了承するなんてありえない。……だが、そういう決定がなされた事もまた、事実なのだろう。
「本当……に……?」
ディオスの掠れたような問にクレアが大きく一つ頷いた。
「本当よ。最も、今はあなただけだけど……いつかは……」
クレアがポツリと呟いた最後のひと言は誰の耳にも届かなかった。




