第3章 封印の時 1 封印の時1
「ごめんなさいね、マドンナ・ヴェルデ」
悲しそうな表情でマドンナを見下ろしたクレアが彼女に手を伸ばすのと、彼女の目がゆっくりと開くのはほぼ同時だった。
「え……?」
「姫様!!離れてください!!」
背後からとんだ警戒の声にクレアが思わず後ずさる。
すーーっとクレアの方に顔を向けたマドンナの視線がクレアの背後、離れた場所に立つレクスの上で止まった。
「見つけた……俺の……えさ……」
「え……」
クレアの事もメルファンの事も目に入っていないらしいマドンナが跳躍する。たった一度の跳躍でクレアやメルファンを飛び越えてレクスの目の前に来る時点で既に人間業ではない。
「兄様!!」
「マドンナ、お願いやめて」
そんな二人の懇願が聞こえないのかマドンナの手が伸び、レクスに触れた。レクスが思わず後ろに跳び退ったのは本能的な行動だった。今、彼女に触れられたらまずいと、頭ではなく心で感じた。
「あなたは……ユシテル?」
今の時点でマドンナの意志が残っているとは思えない。そんな想いをこめたレクスの問にマドンナは唇を歪めて笑った。
「餌に言う言葉など持たぬ」
再びレクスに近づいてこようとしたマドンナと彼の間に風の唸りが巻き起こり、それが止んだ時、その場所にディオスが姿を現した。
彼女と目が合った瞬間、マドンナの顔から表情が抜け落ちる。呆然としたその顔に、理性が戻ったように見えた。
カチッ
マドンナ・ヴェルデの顔を見た瞬間頭の中で何かスイッチが入ったような音がした。体の隅々までいきわたる不思議な感覚。まるで、自分の体が自分の物ではなくなったような感覚に、軽い恐怖を覚えるが、そんなディオスの心情などお構い無しに、ディオスの体は彼女のものではなくなった。
「もう、止めてください。お父様」
レクスを庇うように立ちはだかった彼女は、ディオスと同じ顔、表情でマドンナを見ているが、瞳の色が漆黒から赤に変わっている。
「……リ……アン……?」
ポツリと呟いたマドンナの目の前にディオスが右手をかざした。
「お父様、私は幸せでした。そして、この国が大好きだったんです。だから、もう、止めてください」
ディオスがマドンナに触れる。それで、全てが終わるはずだった。だが、彼女が触れるよりも早く、マドンナの体が動く。ディオスの腕を取って放り出した。
「……いっ……」
悲鳴を上げるディオスに向かってマドンナが手を伸ばし、首に指を絡めた。
「あ……」
ぎりぎりと力が込められる指先にディオスの顔色が変わる。
「……う……さま……」
「お前は、違う。リアンじゃない。リアンは死んだんだ……」
体中の力が抜けていくなかで、ディオスはゆるゆると目を開けた。赤い瞳を目の前の少女に向ける。
「確かに……私は死にました。でも……人や神の輪廻は再び廻ってくるの。……お願い、お父様……私を……助けると思って……この国を、セレスティアを助けて」
マドンナが手を離すとディオスの体は力を失いずるずると倒れこんだ。
「おれ……は……」
ポツリと呟いたマドンナの体が言葉半ばで力を失い、その場に崩れ落ちた。
「クレア?」
「……卑怯かとは思ったんだけど、今がチャンスかと。早く、黒の塔まで……」
「白の宮殿に……運んで」
声がかすれ、聞き取りにくくなっているがその言葉は確かにクレアたちに届いた。
「白の宮殿?」
「ええ、他の人たちも皆そこに集めて。そこから封印するのが一番早くて確実だから」
その言葉を最後に、ディオスは自分の体の支配権が自分に戻ってくるのを感じ取った。だが、例え支配権が戻ったとしても、力を失った体は動かない。




