10 現夢2
うろうろと赤の泉の側で動き回っている(側、といっても相応に離れてはいるが)ウルラは主と、彼に手を引かれている少女に慌てて駆け寄って……物凄い勢いで弾かれた。
「ウルラ、お前何をしているんだ?」
泉を初め神域に使い魔は近づく事すら出来ない。そんなこと判っているはずなのに、馬鹿としかいいようが無い。
「あなたが心配だったんでしょう?使い魔は本来あなたの側に寄り添っているべきものだもの……。そんな言い方はひどいのでは?」
クスクスと笑いながらウィリアムの肩を軽く叩いたディオスの様子にウルラがぱちぱちと目を見開く。
「何か……たった1時間かそこらで随分と仲良くなっていないか?」
「……え?一時間って……私が泉に入っていた時間ってもしかして物凄く短い?」
軽く首を傾げたディオスにウィリアムが小さく頷いた。
「ほんの一瞬だ。さて、行くか。次は俺が連れて行こうか?」
「……止めておきます。もしかしたらこの後で魔術師の力が必要になるかも知れないですから。また、ヘンデカを呼びますよ」
それはウィリアムだけじゃなくヘンデカにも向けた言葉だったのか、ディオスが呼ぶまでも無く彼女が姿を現した。冷めた目で見下ろす彼女にウィリアム達はいっこうに慣れる事が出来ない。
「あの、さ。ディオスの異能って確か本の登場人物に命を与えるもの、だよな。その命を与える登場人物って、何か基準でもあるの?」
「私が好きなキャラクターだと思います。本の登場人物に私が心を奪われて、多くの事を想像したり思ったりしていると無条件で力が発動するんです。でも、全部では無いので、基準、と言えるほどのものではありませんけれど」
「それって……このヘンデカも、ディオスが好きなキャラクター?」
「ええ。敵キャラでしたけれど」
きっぱりと頷いたディオスにウィリアムは唖然と目を見開き、小さく噴出した。ケラケラと笑うウィリアムにディオスは拗ねたような目を向ける。そんなに笑わなくてもいいのに。
「マジで?何で、よりによって、これ……」
《……ディオス、この男、灰にしてもいいかしら?》
小さく呟いた声がこの何も聞こえない森の中に不気味に響いた。
「……げ……」
「まだ駄目。今は黒の塔の側に連れて行って」
命令一つ。ウィリアムは落ち込んだように顔をゆがめた。
「まだって……いつかはいいってことか?」
「口は災いの元だって学習しろよ」
呆れたようなウルラの言葉にウィリアムはよけいに肩を落とす事となる。
「無事だったようですね」
ディオス達が黒の塔に足を踏み入れるなり声をかけてきたのは、あのレティシアだった。
「イレウス様はどちらに?」
ウィリアムの問にソファにぐったりと座り込んでいたレティシアがフラフラと立ち上がる。その表情にも、顔色にも全く生気が無くて、ディオス達はゾッと背筋が凍りつくような心地がした。まるで、死期が近いように見える。
「あなた……は……?」
「大丈夫ですよ。ま、急いで封印し直さなければならないけれど。私が命を亡くすまでに封印し直さなければこの国は終わりだわ。すでに、ユシテルの魂は殆ど私の手を離れているから。イレウス様は、すぐに戻られます、どうぞ、お座りになってお待ち下さい」
彼女は、自分が座っているのと反対側のソファに二人が座るように促した。
「生贄と、魔術師の用意は封印の為に必要な事です。でも、赤の泉は違う。その条件は、もしかして……」
俯いたまま言葉を紡いだディオスはカタンと大きな音が聞こえたような気がしてふと目を上げた。ディオスたちの目の前でレティシアの体が傾ぎ、倒れる。
「レティシア様!!」
慌てて駆け寄ったディオスの腕をレティシアが弱々しい力で掴んだ。
「ふふ……もう、駄目みたい。お願い、この国を守って。強い、強い力を手にした今のユシテルを止められるのは、あなただけ。お願い……」
何故、神にもできないということがディオスに出来るのか、彼女にはわからない。それでも、レティシアの最後のその願いを跳ね除ける事なんてできるはずがない。
ゆっくりと力を失っていくレティシアの体を抱きしめたディオスたちの体が大きく跳ねた。大きな地面の揺れにギョッと目を見開く。
「ディオス!!」
ディオスを庇うように覆いかぶさってきたウィリアムの顔が苦痛に歪んだ。
「殿下……」
「間に合わなかったか……。ディオス、今からユシテルの下へ飛ばす。今この世界を守れるのは、君だけだ」
「え……」
奥から現れたイレウスが指を鳴らすと同時に、ディオスの体が浮遊感に包み込まれた。何が、起こったのか、ディオスたちにはわからなかった。




