9 現夢(うつつゆめ)
「……ス……ディオス!!」
強い力で揺り動かされ、ディオスはボンヤリとする頭を振った。体中にとてつもない脱力感を感じるが、一応生きているらしい。
「……ん……あ……」
何とか相手に伝えようと口を開くも、出てきたのはそんなかすれた声だけ。口を何度も開閉してもまともに声が戻ってこない。それどころか、目の前がチカチカして視界すら定まらない。
「あ……」
「ディオス!!俺がわかる?」
漸く戻り始めた視界いっぱいに映ったのは、心配そうに顔をゆがめたウィリアムの姿だった。デイオスの腕を握る強い力に、どれだけ彼が心配してくれたのかわかる。
「何で……そこまで……」
ポツリと呟いた言葉はウィリアムには聞こえなかったのか、不思議そうに目を瞬いた。
「大丈夫……ではないよな。どこか、辛いところとか……」
恐る恐ると訊ねるウィリアムにディオスはのろのろと首を振った。
「少し、脱力感があるだけで、他は大丈夫です。私……どれくらい……?」
「1時間かな。出てきた時は体も冷たかったし駄目かと思ったけど……息してたから。ここが、神域じゃなければ魔術で温めることも出来たんだけど……」
どこか困ったように笑ったウィリアムに軽く首を傾げたディオスは、今、自分がどこにいるのか判ってギョッと目を見開いた。彼女は今、ウィリアムの腕の中に抱きしめられている。
「あ……ごめ……」
「このままでいいって。もう少しこうしてな、まだ上手く体動かないんだろう?」
ディオスは問われた言葉に小さく頷くことしか出来なかった。
「……何か、あった?」
ぼんやりと空を眺めるウィリアムの言葉にディオスは答えられない。何かがあったわけではない。事実赤の泉に入ってから今までの記憶は当然の如く全く無いのだから。でも、何か長い、長い夢を見たような気がする。黒の塔へ向かう前に見たのと同じ夢。それなのに思い出す事は出来ない。
「わかりません……何か夢を見ていたような気がするんですけど……。とにかく、黒の塔にもう一度行かないと……」
自分は無事だ、と、イレウスに伝えなければならない。セレスティアを助けて欲しい、と。
何で、そんなことを願うのだろう。昔からずっと、意志を奪われ、尊厳を奪われ続けていたディオスにとってセレスティアはどうでもいいもので、しいて挙げるならばクレアの命すらも危ういという事くらいだが、それでも、絶対に何が何でもと言うほどの強い思いは無かった。それなのに、今は、どうしてもセレスティアを守りたい。あの人たちが作り、築いてきた国を。
そう願った理由さえも、ディオスにはわからない。ただ、それが今のディオスの大切な、たった一つの願い。
「動けるなら、行こうか」
すっと、ディオスを立たせ、手を差し出してくれるウィリアムの手にディオスは自分の手を重ねた。
「本当に、何でそこまで私に優しくできるんですか?」
「何でって……俺は今のセレスティアの体制が大嫌いだからさ」
きっぱりと告げたウィリアムの言葉に嘘は見えない。それは、ディオスだけをさす言葉ではなかったし、異能者を守るという言葉でもなかった。それでも、ディオスは涙が出そうなほど嬉しかった。自分を理解しようとしてくれる人がここにも一人、いる。




