第1章 黒の塔の伝説 1 黒の塔の異変1
「メルファン、何を探しているの?」
薄暗い部屋の中に火をともしたメルファンは声のしたほうを見た。薄茶色をしたテディベアがメルファンを見上げてくる。たしか、この使い魔は上に置いてきたはずなのに。
「サラ……なんでここに?」
「もちろん、メルファンについてきたに決まっているじゃない。何を探しているの?」
軽く首を傾げている様に見えるサラにメルファンは困ったような笑みをこぼした。できれば誰にも知られずに、と思っていたのに。
「魔法石。あの子が……マドンナが使える石がないかなって。ここならそういう記述見つかるかも知れないし」
「奥の間にも入るの?」
「入らないけど……」
「ならなんで私を呼ばないのよ。こういう時は私の力を使うべきでしょう?」
呆れたようなサラに反論は出来ない。それも最もだと思った。
このセレスティアで暮らす魔術師には、王立学院の魔術科に入学する時に卵が与えられる。硬そうに見え、白い色をした卵は石で出来ている様にも見えるが、軽い弾力と温かみがあり、普通の動物の卵にも見える。だが、その卵は何をしても壊れないし、暖めれば何かが生まれるというわけでもない。それは魔術師の魔力を得て成長するが、そこから何が孵るのか、それどころか、孵るか否かすらも誰にもわからない。その卵が孵ればサラのような使い魔が生まれる。そして、彼等は何か一つの特出した力を持っているのが常だ。そしてサラの力は、このセレスティア中にある本が今、どこにあるのか、欲しい内容が書かれているものがなんと言うタイトルなのかを知ることが出来る。それとは別に人や物の本質を見抜く力もある。本当にメルファンの為に生まれた使い魔だなと、度々感心させられる。
「……わかっているんだけど、ね。で?何かある?」
真っ黒な黒曜石を思わせる瞳(テディベアなので事実石なのだが)の中にクルクルと渦が巻き、青みを帯びてきた。これがサラが力を使っている証拠だ。
「ないわ。ここだけじゃなくて、世界のどこにも、彼女の強い魔力に耐えられる……」
サラが不意に言葉を切った。ピョン、と机から飛び降りてどたどたと、たどたどしい足取りで乱雑に物が置かれた小机の側まで行った。余り自分で歩かないからか、よたよたと歩く様はかなり危なっかしい。
「サラ、どうかしたの?」
「何か……ここに何かある。でも、見えない」
サラの言葉にメルファンは慌てて物を一つづつ手に取っては、端によけていった。その下のほうにあった小瓶に手をかけた時、サラが慌てて声を上げる。
「それよ!!」
「これ?」
瓶の中に入っているのは赤い石だった。何か強い封印がしてあるのか、瓶は開かない。
メルファンは右手でそっとその封じをなぞった。メルファンの魔法石であるルチルクオーツで作ったブレスレットが光をおび、カチリと封印が外れる。
中から出てきた石は、澄んだ綺麗な赤にも、まるで血のような恐ろしい赤にも見える。
「これ、なに?」
「ハキームストーン。製造方法やらなにやらは不明」
「サラにも判らない……石。それだけ強い魔力を持っているってことなの……かな?」
クルクルとその石を弄んでいたメルファンは、顔を上げると決意の表情を浮かべた。
「これ、明日マドンナに渡すわ」
「ミラには言わなくてもいいの?」
「もちろん。ここの主は……」
メルファンが息を呑んだ。部屋の中が突然白に変わった。目を焼くほどの強い光に唖然とする。地下にあるこの部屋に届く光なんてあるはずが無い。それなのに今、強い明かりが部屋の中を満たしている。
「何……?」
判らないというように首を振るサラと顔を見合わせた。不安が体中を駆け巡る。
メルファンはサラを抱え上げると慌てて図書館の外に飛び出した。王都にある家々の窓から人々が顔を出し、道に出てきては不安気な面持ちであたりを見回している。暗い外を満たしていた強い明かりは既に影も形もなくなっていた。
「何が……」
呆然と呟いたメルファンの目に遠くにまるで浮かび上がっているかのように見える塔の姿を見た。
明るい昼間でさえ霞の中にあるかのようにかすんで見える黒の塔が、夜の光の中に浮かび上がって見える。
「あ……黒の……塔……?」
メルファンの言葉を皮切りに王都が悲鳴に包まれた。
《黒の塔 蘇りし刻 暗黒の扉が開かれる》




