4 神の示す条件2
イレウスの条件にディオスはキツク手を握り締める。イレウスが出した条件の二つ目と三つ目は恐らく封印に必要なことなのだろう。だが、初めの一つ目の条件が何のためのものなのかはわからない。ただ、自分が何故ああも黒の塔に来る事を望んだのか、何故この場所に呼ばれたのか判ってしまった。
「待って下さい!!生贄って……それに赤の泉に異能者を沈めるなんてこと……」
とっさに反論したウィリアムにイレウスが冷たい目を向ける。
「我の力を借りたいと願う。だが、我が提示したたった三つの条件を呑む事はできぬという。そんなどうりが通ると思うか?」
ウィリアムは思わず息を呑んだが、それでも、その条件を呑む事はできないのかイレウスを睨みつけている。
「それでも……赤の泉は、あなたの血を色濃く引いていたリアン様でさえも命を落としたのです。それなのに、それほどの力を持たない異能者に、死ねとは言えません。……ましてや、生贄なんて……」
ウィリアムの言っている事は普通に考えれば間違ってはいない。だが、異能者にそれを請えばさして問題なく遂行する。それはそうあるように育てられたからではなく、死だけが唯一異能者に与えられる自由なのだ。それを望んでいる異能者は多い。そうではなくて、人として生きたいと望むディオスがおかしいのだ。
「リアンが命を落としたのはそうある事を望んだからだ。異能者が必ず命を落とすわけではない。そして、生贄は封印に必要なものだ。レティシアはもう長くは無いからな」
「それはどういう……」
「ここにいるレティシアは、お前たち人が賢者と呼んでいたあの魔術師だ。彼女が今生きているのは、強い魔力を持つからだけではなく、特殊な術にかかっていたからだ。そして、封印と同時にその術が解かれた今、彼女の生は長くは無い。その代わりがいなければ封印は不可能だ」
きっぱりと言い切るイレウスになおも言い募ろうとしたウィリアムの言葉をディオスが遮った。それは本来ならばとんでもない処罰の対象となるが、ウィリアム達はそんなことは気にしないし、何よりも今は気にしている場合ではない。
「判りました。赤の泉には私が入ります」
生贄の事に関して口出しは出来ないが、これは別だ。
「な……ディオス!!」
バッとディオスに視線を向けたウィリアムは今にも泣き出しそうな表情をしていた。彼は本当に王族なのだろうか。もっと冷徹な面を持たなければ王族としてやっていく事はできない。彼が、王ではなく王弟だったのがせめてもの救いかもしれないが。
「殿下。陛下からの命を忘れましたか。たとえ、どんな手を使っても……と。私はこの条件を飲むべきと思います」
バルレが無理やりウィリアムを黙らせた。未だ納得がいっていない風のウィリアムの口を無理やり押さえつけ、反論を殺してからイレウスに向き直る。
「その条件、呑みます」
「良いのか?王弟である、それは納得がいっていないようだが?」
「陛下から、最終的な決定権は私が頂いています。一つ確認させていただきたいのですが、魔術師の一団とはどのくらいの人数を用意すれば?」
「さて、我にはわからぬ。封印術を使う上で足りない分を補ってもらうのだから多い分には問題は無いが、少なければ失敗する事もありうる」
「判りました、できるだけ大人数を用意するようにします」
「それでは、一週間以内に全てを終えてもらおう。それを一時間でも過ぎたら交渉決裂とみなす」
「一週間!!せめてもう少し……」
「それが限度だ。未だレティシアの施した封印が残っているうちはユシテルは完全に表には出て来れぬ。完全に切れる前に封印をしなおさなければ、今のユシテルを封印する術は我には無い」
まっすぐとこちらを見て告げる言葉に嘘は無いように見える。
「わかり……ました。一週間以内に」
苦々しげに頷いたバルレがウィリアムを羽交い絞めにしたまま黒の塔を出て行く。期限が設けられた以上、ここに長居することはできない。未だ喚いているウィリアムを黙殺している彼が臣下に見えないのはディオスだけではないだろう。
そんなあわただしい二人をディオスも小走りで追いかけた。
あわただしく出て行くディオスたち一団とは裏腹に、クレアはその場所から動こうとしなかった。彼女はさっきまでの会話の中で、途中から一切発言しなくなっていた。そして、それぞれ自分達のことで手一杯の彼等は、クレアがついて来ていない事にさえ気づいていない。
「我に、何か用があるのか?」
「……イレウス様の提示した一つ目の条件は……ソレーユ……ディオスを選ぶ事に意味があったんですか?」
「言っている意味がわからぬが?」
「王家の奥に、歴代王の肖像画がかかっている部屋があります。そこにある、初代国王リアンの顔が、彼女に似ているんです。それは……偶然ですか?」
真っ青な表情のクレアにイレウスは驚いたように目を見張り、同時にさっきまでとは違う本当に嬉しそうな笑みをこぼした。
「何も見ようとしないヒトの中にも、いたのか。レーセではないそなたがよく見つけたな。……赤の泉に入って彼女が無事である保証は無い……が、もし無事に出てくることが叶うのなら、彼女は――」
イレウスが次いで告げた言葉にクレアが目を見張る。恐怖と期待が入り混じった表情でイレウスを見つめた。
「成功する確率は……」
「判らぬ。……だが、そなたのその心に免じて、もし失敗してもそれを理由に手を引くような事はせぬ」
その言葉を喜んでいいのか、それとも悲しんだ方がいいのか、クレアにはわからなかった。