3 神の示す条件1
「どうぞ」
男に通される形で黒の塔の内部に連れて行かれたディオスたちの目の前にティーカップが差し出された。だが、その中は空だ。不思議そうに目を見合わせたディオスたちの目の前でティーカップを運んできた女が指を鳴らす。シャランッと彼女のブレスレットが音を立てると共に何も入っていなかったティーカップに並々と茶が現れた。
「魔法!!」
魔法の使えないはずのこの場所で魔法を使う彼女が何者なのかディオスたちにはわからない。神であるイレウスが使ったと言うのなら未だ信じられるが、彼女は違う。
「君たちには使えない。レティシアは少々特殊だからな。して、人が我に何の用だ?」
ジロリ、と視線をよこすイレウスはどこか苛立っているように見える。聞覚えのあるレティシアの名前にディオス達は息を呑んだが、それ以上尋ねる事はしなかった。
「あなたに、頼みがあります」
「それは、再びユシテルを封印するのに力を貸して欲しい、ということかな?」
「お願い……」
「断る」
きっぱりと断言したイレウスにウィリアムはまっすぐと視線を合わせた。断られる事は予測していたのだろうか、そこに驚きの色は見えない。
「何故、ですか……」
変わりに疑問を口にしたのはクレアだった。クレアは何故ウィリアムがここに来たのか知らなかったが、ウィリアムの願いは簡単に受け入れられると思っていたのだろう。だが、ディオスにはその理由が何故かわかってしまった。イレウスの感情をダイレクトに感じ取る事が出来る。
「嫌いだから」
「……え?」
「イレウス……様は、人が嫌いだから」
ポツンと呟いた言葉にイレウスは軽く目を見張り、ほんの一瞬、嬉しそうに破顔したが、すぐに元の表情に戻った。
「何、それ。何で……」
「判らないけど、なんとなく、そんな気がする」
「破壊神と呼ばれるユシテルはイレウス様の子。そして、ユシテルが破壊神と呼ばれるようになったのは、人がユシテルの子、リアンを殺したから」
「は……」
ウィリアムの坦々とした言葉にクレアもディオスも目を見張る。そんな彼等と裏腹にイレウスがさも楽しそうに笑った。声を立てて笑っているのに、その顔が、目が笑っていないように見えて、ディオスは背筋が凍りつくような恐怖を覚えた。
「なるほど、レーセを使ったのか……。そこまで判っていて、何故、ここに来た?我が力を貸さない事などわかりきっているだろう?」
「それは、私が王家の人間だからです」
聞覚えの無いレーセという言葉には疑問を挟まず、必要な事だけを口にする。今よけいな事を聞けば、よけいにイレウスの機嫌が悪くなるのはわかりきっている。
「それで?」
「あなた方に我々人がした事は許される事ではありません。でも、それでも、私はこの国の民を守りたい。そのために力を貸していただけませんか?」
深く頭を下げるウィリアムの表情は苦悶に歪んでいた。再び子を封じる手助けをしろと頼んでいるのだから、その痛みは甘んじて受けるべきなのだ。
ジッとウィリアムを見るイレウスの目に慈悲や哀れみと言う感情は浮かんでいない。冷たい双眸で、ウィリアム、クレア、バルレと目を向け、最後にディオスを見た。その時間は他よりも少しだけ長いような気がした。
長い沈黙と重苦しい空気に誰もが諦めかけた時、イレウスがフッと口元に小さく笑みを刻んだ。
「いいだろう」
「ほ……本当ですか!!」
パッと表情を明るくしたウィリアムは次に発せられたイレウスの冷たい声に再び顔を曇らせた。
「ただし、条件がある」
「条件……ですか?」
「条件は三つ。
一つ、一人の異能者を選び、赤の泉に沈めて、その後もその者が生きている事
二つ、誰よりも強い魔力を持つ魔術師を一人生贄としてささげる事
三つ、次いで強い魔力を持つ人たちを集めた一団を作る事
この一つでも、我の意に沿わなければ、我は、手を貸さぬ。人の世は滅びを迎えるだろう」