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呪われた帝国  作者: 白雪
第1部 黒の塔
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  2 呼ばれた娘2

 時は少し遡る。意識が無いディオスをエイスが見つけていたその頃、魔術師団が集う塔の中に二人の男がいた。その塔の地上階には夫々の師団の執務室や筆頭魔術師の執務室などが集まっているが、地下には彼等が練習をする大きな広間がある。強い魔法に守られるその部屋ならば多少強い魔法を使っても物に被害が出ることが無い。そういう部屋はこの魔術師団塔のほかに王立学院魔術科にも多々ある。

 普段は人が多く集う練習の間に今は殆ど人がいない。黒の塔の異変のせいか恐怖を感じた人々は大抵家に篭ってしまっていて、魔術師と言えど命令でもなければ動かない。

 クルクルと魔法石をいじっていたウィリアムは突然感じた風の唸りに慌てて身を引いた。それと同時に手を振るうと熱い炎が相手を包み込む。

「ウィル、いきなり魔法で反撃は酷くないか!!」

 大声で反論する今の兄は、王としてセレスティアに君臨するより前の、ただのウィリアムの兄だった頃と同じ表情をしていた。王として様々な物を犠牲にして心を殺しているレクスが安心して自分をさらせる場所を造って欲しいと思う。今ではウィリアムにさえ殆どもとの顔を見せないのだから、特に。

「いきなり切りかかってくるあんたよりはマシだろう。大体火での攻撃は兄上にはきかないんだから、別にいいだろ」

 王としてではなく兄としてあるレクスの思いに答えるようにウィリアムも公の姿を捨て、今では殆ど人に見せる事がなくなった自身の姿で答える。

「ま、そうだな。……ウィル、お前黒の塔に派遣されてくれないか?」

「黒の塔?何で、おれが?」

「王族が行かないと意味が無い、が、俺が今ここを離れるわけにはいかないだろ?」

「それはそうだけど……」

「あと、テストだ。もし今回の件が上手く片付いたら、お前を魔術師団長にする。元々そろそろと思っていたからいい機会だろう?余り大人数で行っても仕方ないし、バルレを連れて行け」

「黒の塔って神域だろ。そんなところじゃ……」

 突然苦言を言う黒猫をウィリアムは抱え上げた。赤い瞳がウィリアムを睨みつけてくる。心配してくれているのはわかるが、王族であるウィリアムでなければいけないのなら、彼が行く必要がある。

「ウルラ。大丈夫だ」

 神域は全ての魔法を無効にする。ウィリアムの魔力から生まれた使い魔であるウルラは神域に入ることすら叶わない。

「兄上、俺は何をすれば?」

「……どんな手を使ってでも、イレウスに力を貸してもらえ」

「了解」

 ニヤリと笑ったウィリアムに頷いたレクスは、ウィリアムに背を向けた。出て行くとき、広間の入口で彼等のやり取りを見守っていたバルレとすれ違う事になったレクスが告げた「何かあったとき、お前がウィリアムを説得しろ。あれは……優しすぎる。無情にはなれない」と伝えていた事をウィリアムは知らない。









 強い風の唸りを感じ、目を開いたディオスは人っ子一人いない東部の街の様子に軽く目を瞬いた。今までにも仕事で何度かこの街にやって来たことがあるが、いつも賑やかで明るい雰囲気の街だったはずなのに、今は薄暗い灯りだけがそこに人がいることを示している。

「ここが……本当にイーストシティ?」

 軽く目を見張るディオスの様子にヘンデカが苦々しげな表情を浮かべて頷いた。

《ドラゴンの咆哮が聞こえるから、誰も出てこない》

 ヘンデカに言われたとおり耳を澄ませれば、町に低く轟く声が響いてくる。まるで泣いているようにも聞こえるドラゴンの泣き声。

「行かないと……気づかれる前に……」

 ディオスは服の上からそっと刺青のある辺りに触れる。外から見えない所有の証が確かにそこにある。

《私は……》

「帰ってて。どの道、黒の塔に近づけばどこかで力が使えなくなるから」

 緊張したような面持ちで、それでもはっきりと言い切ったディオスにヘンデカは小さく頷いた。

 ヘンデカの姿が消えると、ディオスは黒々とそびえる(いにしえ)の森に足を踏み入れた。どの方向に行けば黒の塔があるのかはっきりとした場所はわからないが、今でも響き続けるドラゴンの鳴き声が大体の位置を教えてくれる。

 全く光のささないこの森の中では、ディオスが手に持っている松明の灯りだけが全てで、あれからどのくらい歩いているのかさえ判らない。フラフラと歩いている足元が少しづつ盛り上がっているのが判り、ディオスはホッと息を吐いた。

 古の森で傾斜となっているのは一箇所だけ、緩やかな山を登りきれば黒の塔の場所に行きつけるはずだ。

「少し……休……」

 一人で居るとなんとなく嫌な気分になってくるから、小声で呟いてみる。すると突然体中を痛みが襲った。胸元に掘られている刺青から鋭い、焼けるような痛みが走ってくる。

「い……や……」

 これは、異能者が脱走したり違反をした時に処罰を与えるもの。ディオスの不在がグレーディルに知れたのだ。

 断続的に続く痛みに、顔をゆがめ、まるで内側から膨らんでくるような感覚のする血管が肌に浮き出てくる。

「や……」

 痛みが響き息も絶え絶えになる。ある程度の痛みは予測していたがこれは、余りに予想外だ。

「ディオス!!」

「ソレーユ!!」

 自分に呼びかけてくる声が聞こえると共に、痛みが終息していった。

「……エイス?」

「まったく、だから一人は駄目って行ったのに……」

「ごめ……」

「これは、さほど長くはもたないわ。ソレーユ、黒の塔に行くなら早く行かないと……」

「動ける?なら少し歩こうか」

 不意に聞こえたもう一つの声。そういえばさっきもエイス以外の声がディオスに呼びかけていた。

「……歩きながらでかまわないので、ご説明いただけますか?クレア様、異能者ディオス」

「クレ……ア……?」

 最後の一人が発した言葉にディオスは驚いたようにエイスの顔を見た。これが、エイスの本名なのだろうか?そんなディオスの疑問が判ったのか、エイス……基、クレアがニッコリと微笑んだ。

「ごめん、嘘ついてて。クレア・セレスティア。エイスは、私の使い魔の名前なの。で、何故かここにいる兄のウィリアム・セレスティアとその従者のバルレ・ニュンフェ」

「何故か、は俺ではなくお前たちだろうが」

 クレアの紹介に意を唱えたのは、確かに一度異能者の寮の前で顔を合わせたあの、ウィリアム・セレスティア殿下だった。口調は大分違うが……。






「これ、何したの?」

「ちょっと治癒の魔法をかけただけ。でも、余り長くは持たないよ」

 悲しげな笑みをこぼすクレアが何しに来たのか、判らない。ほうっておいてくれればいいのに。

「何で、ここに?」

「ディオスを一人で行かせることなんてできるはずが無いじゃない。……兄達が何をしていたのかは知らないけど」

「陛下から密命を受けた使者ですよ。」

 バルレがクレアの問いに答えるように言葉を発する。だが、その視線はディオスにも向けられているが、彼女に対する蔑みの感情をその目に感じる事はできない。未だかつて、クレア以外の人間が、ディオスに負の感情を向けなかったことは無い。いや……一人、あの時のウィリアムにもそんな感情は見えなかったが。

「それで、お前等は何をしているんだ?」

「呼ばれている……気がする」

 ポツリと呟いたディオスの言葉にウィリアムとバルレが驚いたように目を見張った。

「呼ばれている?」

「誰に、とお聞きしても?」

「はっきりとは判らないけど……多分黒の塔」

 シンと沈黙が彼等を包みこむ。驚いたような彼等の表情。それでも姿を現さない蔑みの感情が信じられない。

「黒の塔……ですか。それなら、連れて行ったほうが良いのかもしれませんが……耐えられますか?」

 今からではグレーディルを止める事はできない。あの痛みが再び襲ってくる可能性を示唆したバルレにディオスは強張った表情で頷いた。

「耐えてみせる」

「なら、急ぐ……おい、今魔法使えないよな?何でいまだに痛みが襲わないんだ?」

 ウィリアムの言葉にディオスはクレアに目をやる。彼女も驚いたようにディオスと自分の魔法石を交互に見ている。

「うん、確かに……。もしかして、ここは魔法や異能が使えない代わりにあの支配も届かないんじゃ……」

「その通り」

 クレアの言葉に答えた第三者の声。彼女達より少し高い位置にいる男が彼等を見下ろしている。その背後に大きなドラゴンと真っ黒な塔が見え、その影にあるせいか、男の表情を見る事はかなわない。

「ようこそ、黒の塔へ。待っていたよ、愚かな人間たち」

 威厳のあるその声は、同時に酷く冷たく響いていた。


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