9 失われた伝承4
「黒の塔について調べは……」
「全て」
弱々しい口調で答えたメルファンにレクスが驚いたような表情を浮かべた。
「約束の半日でも怪しいと思ったのに、こんな短時間で……」
「陛下は……数百年前に現れた破壊神ユシテルについてはどれくらいご存知ですか?」
レクスの疑問を完全に無視したメルファンの表情はどこか遠くを見ているように空ろで、何の感情も見せはしない。
「大した事は知らない。私が知っているのは、賢者レティシア・メヒャーニクが封印したと言う事実だけだ」
隠され、秘されている歴史とはいえ、王の一族がこれしか知らないという事実がメルファンには信じられなかった。地下に自由に行き来できるミラは当然のこととして、基本的に表の図書室にしか入る事を許されていないジーンですらもっと知識があるはずだ。神は……この国の全てを作った神は、メヒャーニク家に何を望んで、レーセを造ったのだろう。
「……破壊神ユシテルと言われる神は、元々は創造神イレウスとイレーネの子供でした」
「……」
目を閉じると、あの部屋で見たユシテルやイレウス、イレーネ……そしてリアンの姿が脳裏に蘇る。人と変わらぬ姿をして、人とは比べ物にならないほどの力と永遠の命を持った神。だが、彼等もまた、生きているモノなのだ。神といっても全能の神ではない。様々な感情に翻弄されるところは人と大差ないのかもしれない。
「ユシテルには一人の子供がいました。名をリアンと言って、神と人のハーフです。当然強い力と永遠の寿命を持っていたんです。そんな彼女を恐れ、嫌った人々が彼女を迫害し、命を奪いました」
ひと言口にするたび、頭の中に映像と声が入り乱れ、彼等の感情がダイレクトに入ってくる。こんな昔語りなんて今すぐに止めてしまいたい。それでも、言葉を止める事はできない。
「リアンの死に怒ったユシテルは、我を忘れ人を滅ぼそうとしました。人の力で叶わないユシテルに人々は恐怖し、おびえ、神に祈りました。そんな時……歴史を知る一族のメヒャーニク家に居たレティシアが黒の塔に住まうイレウスとイレーネに助力を願いました。でも、彼等は初め、それを聞き入れはしなかった。それでも何度も何度も頼むレティシアにとうとう折れたイレウスが力を貸してくれました。そして、当時最も多くの魔力を持つと言われたレティシアとともに、イレウスが黒の塔にユシテルを封じました」
先祖がえりといわれるほどの強力な魔力を持つ彼女とイレウスの力を合わせてもユシテルを封じるのは至難の技だった。だから……
「その時、イレーネがユシテルの魂を抱き込み、落ち着かせ、その隙に彼等は封印をしました。そして、ユシテルとイレーネの魂が封じられた黒の塔に番人としてイレウスが住まい、異界との狭間に移った黒の塔とこの世界の繋がりを封じる……門として白の宮殿を置きました。……今の状況は恐らく黒の塔と白の宮殿の封印が解かれたんだと思います。現に、黒の塔の番犬をしていたレティシアの使い魔のドラゴンも目覚めていますから」
「ユシテルが……今出ている……?」
「……現状がどんな状況かはわかりませんが、未だ何の問題も起きていないところを見ると完全に封印が解かれたわけではないのかもしれませんが……」
話し終わると、疲れ切ったような様子で、ぐったりと俯いてしまったメルファンにレクスは優しげな表情を浮かべた。いつもの高圧的なものとは似ても似つかない表情だ。
「メルファン・ブロックウェイ。感謝する」
静かに立ち上がったレクスをミラは慌てて呼び止めた。
「陛下!!これからどうするおつもりですか?」
「黒の塔に人をやる。もし今の話が本当ならそこにイレウスが居るはずだ。彼に再び助力を請う」
きっぱりとした口調で告げたレクスは、それ以上彼等に注意を払うことなく図書館から出て行く。そんな彼を、メルファンが今にも泣き出しそうな表情で見送った。その意味を知る者は……いない。