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3、綺麗に笑う悪魔と、美しい刀


 必要とされる道理など、どこにもない。

 だけど、私は愚かだから


 この手が私を必要としてくれると思ってしまった。

 願ってしまった。



 そんなの、きっと、赦されない願いだったのに。






「あの人を、返してよ」


 研究所からの帰り、後ろから声をかけられた。

 女にしては低すぎて、だけど男にしては妙に艶っぽい。


 ふり返れば、黒髪を肩まで切りそろえた美しい人が立っていた。

 顔はとても綺麗で、綺麗すぎて、まるでこの世の人とは思えないほど。



「あの人?」


 私の交友関係は極端に狭い。

 だから、相手の言う「あの人」などすぐに思いつくことはできなかった。

 人違いではないだろうか。


「人…ではないからかなぁ。まぁいいや 」


 ニヤリと妖艶な笑みを浮かべてその人は私に近づく。

「ねぇ、望みなんてないんだよね。だったらもういいでしょ。早く死んで、全てを渡してよ。あなたなんて、生きているだけで迷惑でしかないんだから 」

 つらつらとつむがれた言葉は今までの私が考えていたことだ。

 この世界に要らない、無意味な私のこと。

 だけど、何故だか私は酷くショックを受けてしまった。


「それは、そうかもしれません…でも、 」

「でも、なぁに? 」

 言い返されるなどと思ってもいなかったのだろう相手は、心底不思議そうな顔をしている。

 その瞳に言い知れぬ威圧感を感じて、出かかった言葉を飲み込んでしまいそうになる。


 確かに、私は不要だ。この世界にはいらない存在だ。

 希望も夢もない私は、非生産的な生き物のでしかない。

 でも、それでも、私は


「生きてみたい 」

 生きても良いのだと言ってくれたあの人と一緒に、この世界を見てみたい。


 私の返答に、心底呆れたような様子の相手は溜息を一つ。

「そう、それがあなたの答えなんだね 」

 気が付けば日は落ちて、空は赤く染まっている。

 真っ赤に染まる麗人はどこまでも美しくて、背筋が凍るようだった。


「でも、それを快諾できるほどできた悪魔じゃないんだよね、僕 」

 伸びる手は私の首に触れる。確かめるように首回りを撫でる指は驚くほど冷たい。

「こんな、たかが人の子どもに、あの人が心を砕いているかと思うと虫唾が走るね。本来ならば、一瞬で終わるはずだったのに、どうして、どうして、どうして… 」


 徐々に力が込められて、首がしまっていくのを感じる。

 息苦しさとともに、視界が暗く染まっていく。

 立っていられないのに倒れないのは、首を絞める腕がすべてを支えているからだろう。


 あぁ、死んでしまう。

 生きると、言ったのに死んでしまう。


 悪魔のあの人は、泣いてくれるだろうか。

 私のために、泣いてくれるだろうか。


 泣いてくれるなら、なら…



「き え ろ 」


 硬い何かに抱きしめられた。

 一気に酸素が送り込まれてせき込んでしまう。

 まだ視界はチカチカと光っていてよく見えないけど、この声はきっとあの人だ。


「わぁ、飛んできたんだね。なに、そんなにこの契約者が心配? 死にそうになるとすぐにわかるように細工して、そんなに死なせたくないの? ねぇ、そういう遊びなの 」

「うるせぇ、おめぇに関係ねぇだろう。一体、どういうことだ契約者に手をだすなんて意味わかってるんだろうな 」


 ぎゅっと抱きしめられると、とても嬉しくて涙が出てきた。

 この体も本来はありえないはずの虚無のもの。それなのにとても暖かくて優しい。

 私を、とても心配して、とても大切にしてくれる手。


 あぁ、私は、きっと、この人が―――




「だって、退屈なんだもん。ねぇ、前みたいにまたいっぱい遊ぼうよ。必要ならば僕がまた探してあげる。だから、こんな面倒なのやめなよ。僕が殺してあげる 」

「ふざけんな! 」

 ケラケラと笑う声にゾクリ、と寒気がした。

 本気で私を殺そうとしている声。私が死ぬことをなんとも思っていない。


 視界がはっきりしてきて見えたのは、綺麗な人とその手に握られた剣。

 美しいその人に良く似合う、剣先にまで細かい細工がされた剣だった。

「ねぇ、綺麗でしょう? 退魔剣なんだってぇ。いつもだったら違うけど、今ならこれで刺されたら動けなくなっちゃうよねぇ 」

 くるくると手の中で剣を回して、その人は楽しそうに笑う。


「大した魔力もない契約者に縛られて可哀そう。すぐに、戻してあげるから、ね 」

 振り上げられた剣。私を抱いて、この人は逃げられない。ならば、


 ならば、


 自分でも、驚くほどの力が出た。きっと、最初で最後の精一杯の力。

 突き飛ばしたとき、とても驚いた顔をしていたあの人。悪魔を驚かせるなんて、私すごいのかも。

 そういえば、名前を知らなかった。ずっと、悪魔さんって読んでいたから


 だから、次にお話するときは、名前を、呼び た  い 。



 背中に鈍い衝撃。

 世界がくるりと反転する。

 痛みはなく、ただ背中が熱いだけ。

 響く声は、あの人、だ。


 だから、私は嬉しくって、やっぱり泣いてしまうのだ。






 そうして、次に目覚めた私は

 契約した悪魔と大切だと思った人を


 全て失っていた。

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