「婚約破棄のご挨拶にしては、芝居がかっていますわ」そう言い放った私は今更何を言われても聞き入れません!〜証拠もなく捨てられた令嬢、冷酷皇帝の契約妻になって見返します!?〜
「あら、婚約破棄のご挨拶にしては、随分と芝居がかっていらっしゃいますこと」
大広間の中央、跪くこともせず堂々と言い放ったわたくしに、婚約者だったグレアム殿下は一瞬言葉を詰まらせた。もちろん、そんな沈黙で許してやるつもりはない。
「イザベラ、お前との婚約は破棄する。マーガレットこそ、私にふさわしいのだ!!」
ようやく絞り出された宣言に、隣に立つ男爵令嬢マーガレットは勝ち誇った笑みを隠しもしなかった。証拠らしい証拠もない、ただの「気持ちが冷めた」という言い分である。婚約破棄の理由としては、いっそ清々しいほど雑だ。
「左様でございますか.......ではお元気で」
一礼だけして立ち去るわたくしの背中に、「泣きもしないのか?」「やはり冷たい女だ!」という囁きが降ってくる。泣いてほしいなら、そう頼めばよろしいのに。要望と評価が噛み合っていない典型例である。
数日後、我が家に届いたのは隣国からの親書だった。国境の緊張緩和のため、体裁の良い婚姻関係を結びたいという事務的な申し出。
相手は「氷の皇帝」の異名を持つヴィクター陛下。噂によれば、笑ったところを見た者がいないほど冷徹な御方だという。
父はひどく渋い顔をしていたが、わたくしとしては悪い話ではないと思っていた。少なくとも、証拠もなく「気持ちが冷めた」の一言で切り捨てられるよりは、余程理屈が通っている。
(捨てられた直後に拾われるとは、忙しない話ね)
断る理由もなく、わたくしは隣国の皇宮へと嫁ぐことになった。
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「そなたが、イザベラか」
初対面の陛下は、噂通りの鋭い目つきをしていた。堂々とした佇まいが所以に、なるほど「氷の皇帝」も頷ける威圧感がある。
「はい.......この度は、拾っていただき感謝申し上げますわ」
「拾った、とは人聞きが悪い.…その、歓迎しよう」
言葉の途中で妙な間があった。心なしか耳が赤い。側近の文官が慌てて耳打ちしている。
「陛下........もう少し柔らかい言い方を、と申し上げましたはずですが?」
「これでもかなり柔らかくしたつもりだ」
「柔らかくする前が、一体どれほど硬かったのか気になりますわね」
思わず口を挟むと、文官は疲れきった顔で目礼してきた。心強い同志を得た気分である。
その夜、届いた「歓迎の品」を開けて、わたくしは固まった。中身は――なぜか無骨な鉄製の書見台だった。
「陛下、これは.....?」
「本が読みやすくなると聞いた」
「花や宝石ではなく書見台とは、随分と独創的でいらっしゃいますこと」
「.......不満か?」
「いいえ実用的で結構ですわ。ただ次からは、常識的な範囲でお選びくださいませ」
「常識、とは難しいものだな.......」
大真面目に唸る陛下に、わたくしは笑いを堪えるのに必死だった。「氷の皇帝」の実態は、どうやらただの“不器用者”らしい。
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以来、陛下の不器用な優しさに振り回される日々が続いた。褒めるつもりで「そなたは、思ったより役に立つな」と言い放ち、本気で場を凍りつかせたこともある。
「陛下......それはあなたからしたら褒めているのかもしれないのですが、貶しているようにしか聞こえませんわ」
「では、なんと言えばいい.....?」
「例えば『そなたがいると、過ごしやすい』くらいで十分でしてよ?」
「……そなたがいると、過ごしやすい.....ぞ?」
「今のは復唱ではなく、ご自分の言葉として仰ってくださいませ」
「難しい要求をするな......」
そう零しつつも、まんざらでもなさそうな陛下に、わたくしはいつの間にか教育係のような立場になっていた。
翌日は翌日で、「贈り物の練習だ」と言い出した陛下が、山のような果物籠を抱えて執務室に現れた。
「陛下、これは一体どなたに?」
「そなたに決まっているだろう? 書見台が不評だったようだから、練習台として選んでみたのだが.......」
「わたくし、贈り物の練習台にされているのですね」
「悪いか......?」
「悪くはございませんが、量が多すぎますわ。これでは食べきる前に傷んでしまいます」
「では、毎日分けて届けよう」
「フッ....、そういう意味ではございませんくてよ」
真顔で押し問答を続ける陛下に、わたくしはとうとう笑い出してしまった。噂に聞く「氷の皇帝」からは、想像もつかない光景である。
そんな穏やかな日々に影を落としたのが、皇宮に出入りする侯爵令嬢エルヴィラだった。かねてより契約妻の座を狙っていた彼女は、日に日に当たりを強めてくる。
「陛下は体裁のために貴女を娶っただけ......本当にお似合いなのは、わたくしですのに.....!!」
「まあ、それは陛下ご自身がお決めになることですわ。わたくしに仰っても、贈り物のセンス以上には変わりようがございませんもの」
皮肉を込めて返すと、エルヴィラは顔を赤くして去っていった。可愛げのない返しをしている自覚はあるが、絡んでくる方が悪い。
「エルヴィラに、何か言われたのか?」
陰から見ていたらしい陛下が、後で真顔で尋ねてきた。
「陛下にはもったいない妻だ、と褒められましたわ」
「そういう言い方には聞こえなかったが......」
「意外と鋭くていらっしゃいますのね。安心してくださいませ、痛くも痒くもございませんもの」
不器用ながらも案じてくれる様子に、少しだけ胸が温かくなる。塩対応を貫くつもりだったのに、最近どうも分が悪い。
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だが、それだけでは済まなかった.......侍女から密告が入る。
「エルヴィラ様が、陛下宛ての書簡を勝手に差し替えていらっしゃるようです。隣国との交渉が不利になるように.....」
国交に関わる重大な妨害工作である。証拠を集めなければと動くより先に、陛下が動いていた。
「イザベラ、これを」
差し出されたのは、既に集められた証拠の束――差し替えられた書簡の原本、彼女の筆跡と一致する証言、裏で結んでいた不審な取引の記録。
「まさか、もう調べていらしたのですか.....?」
「そなたを危険な目に遭わせるわけにはいかない。不器用で口下手だが、これくらいは出来る」
不意打ちの言葉に、思わず言葉を詰まらせた。この陛下、肝心なところで恰好をつけるのだけは妙にうまい。
数日後の夜会、証拠を手にしたわたくしは堂々とエルヴィラの前に進み出た。
「エルヴィラ様、国交に関わる書簡を差し替えていらっしゃったこと、証拠は全て揃っておりますわ」
「な、何を証拠に、そのような……!」
「筆跡鑑定も証言も取引記録も。国家間の交渉を私利私欲で歪めようとした罪、軽くはございませんわね」
「わたくしはただ、陛下にふさわしいのは自分だと示したかっただけで――」
「示す方法を、盛大に間違えていらっしゃいますわ。ふさわしいと言うなら、まず国交を守る術くらい弁えていただかないと」
「体裁だけの契約妻のくせに、偉そうに.......」
「体裁だけの妻でも、国を売る真似はいたしませんの。その一点だけでも、わたくしの方が余程ふさわしいと思いますけれど?」
「そんな屁理屈……!」
「屁理屈で片付けられるようでしたら、そもそも書簡を差し替えたりなさらないと思いますけれど、いかがかしら?」
言い訳にすらならない言葉を重ねるエルヴィラに、周囲の視線が冷ややかに変わっていく。陛下が静かに、しかしよく通る声で告げた。
「国交を私情で乱そうとした者を、我が皇宮に置いておく理由はない」
厳格な処分の言い渡しに、エルヴィラは崩れ落ちるように膝をついた。取り巻きたちが蜘蛛の子を散らすように離れていく光景はいっそ見事なものだ。
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夜会の後、庭園でふたりきりになった陛下は珍しく歯切れが悪かった。
「イザベラ、礼を言う........それと、これからも隣にいてくれると助かる。........契約、というだけでなく、な」
不器用な口説き文句に、わたくしは噴き出しそうになったが、なぜかまったく悪い気はしない。
「その台詞、及第点を差し上げますわ。次は、もう少し格好つけずに仰ってくださいませ?」
「格好をつけているつもりはないのだがな......乙女心というのはなかなか難解なものだな」
「難解なのではなく、陛下の語彙が絶望的に少ないだけですわ.........褒めておりますのよ。書見台を贈られた頃よりは、随分と進歩なさいましたもの」
「その進歩とやらは、果物籠より上か......?」
「もちろんですわ。あちらは減点対象でしたもの」
「.......厳しい採点だな」
「これでも甘い方でしてよ?」
陛下は虚を突かれた顔をした後、ふ、と小さく笑った。噂の「氷の皇帝」からは想像もつかない表情だ。
故郷の親書には、マーガレットの企みも別件で露見し、グレアム殿下ともども評判を落としているとあった。因果応報とは、よくできた言葉だ。
だが今のわたくしにとって、それはもう過ぎたこと。振り返るより、隣を見ている方がずっと楽しいのだから!!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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陛下の語彙力向上計画や、皇宮でのその後など、まだまだ書きたいことがございます。好評でしたら続きを書こうと考えているので、よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!
それでは、また次のお話でお会いしましょう!!




