第八話 一本の矢
先の決戦のあと、敵軍は雪崩のように崩壊していった。
もはや勝負は決していたが、相手国の王は諦めていなかった。
あのあと撃滅した兵数が追加で十万。
それでも相手の王には十万の兵と
強大で最大規模の城に彼らは籠城した。
もはや勝敗は傾かない。
が、厄介な問題が発生していた。
それは地方の諸侯たちが急速な武力による併合に
反発し、各地で内乱が発生していたのだ。
軍議の決定では城を包囲したまま
兵糧攻めにしようということになったが
我が方の被害もじわりと拡大しているのも事実であった。
私は王に進言することにした。
「私に考えがございます」
「よい、申してみよ」
「あの城を落とします」
王は首を傾げた。
「何を言っておる。あの城はもう落ちる」
「いつまでもあの城に兵力を集中させておくのは
危険にございます。それに何より……」
王は立ち上がっていった。
「確かに他国に横槍をいれられるのは避けたい。
そして内乱のことも気がかりではある。
だが、城攻めは大量に死ぬぞ?」
一般的に籠城された場合、敵の兵、一に対して
攻め手は十の兵力を必要とされる。
その常識を知らぬ愚かなものはこの国にはいない。
「私に策がございます。
一兵たりとも死にませぬ。
どうかご許可を」
王の眉間にシワが寄る。
「何を考えている?」
私は答えた。
「文を送りたいと思います」
「それだけか」
「はい」
「わかった、好きにするがいい」
私はその日、矢文を城に撃ち込んだ。
その手紙の内容は大したことは書いてはいない。
ただ『事実』と称賛。そして相手国の王の『将来』と選択を書いた。
翌日、相手の王は自害し、その首が送りつけられてきた。
相手国の王の手紙が添えられていた。
「残りの家臣や兵達の命は保証してほしい」と。
大勢の命が救われた。
だがその大勢を救うだけの器のある男を私は殺した。
数字では測れない。
しかしこの国は用意周到だった。
祝勝会などと浮かれたことはしなかった。
粛々と取り入れた将校の処遇の決定、
そして淡々と反乱の鎮圧に取り掛かっていた。
私は更に陰鬱な気分になり、部屋に閉じこもった。
酒を飲み進めた。
慌てて飲み込んだせいか、私は大きく咳き込んだ。
軽く口を拭うと、そこには赤い跡が残っていた。
それから数カ月。
領土は無事併合され、この国は極めて強大な国となった。
もはや私の出番はないだろう。
そして私は自らの命が病気などという
安穏としたものに奪い取られるという事実が許せなかった。
私が死ぬならば、それは戦場でなければならない。
私は王に進言した。
「残りの国々の併合のための戦、私を最前線に置いていただきたい」
王は首を横に降った。
「ならぬ」
「何故ですか?」
「お主、ここ最近咳をすることが増えたな」
「……」
すべてを見透かされている気分だった。
この人を欺くのは並大抵のことではない。
であれば……。
「では、暇をいただきたく思います」
「ならぬといっている」
「何故ですか?!」
私は自分でも声を荒らげた事を驚いたと同時に
咳き込んだ。
慌てて私は口元を隠したが、赤い液体が手から溢れ出ていた。
「お主の命も一つの命に変わりはない。
そうは思わぬか?」
「思いませぬ」
「そうか、なら話はここまでだ。
無理はするな、体を休めよ」
私は何も言うことができず、その場を後にした。
その日から、私は部屋の荷物をまとめはじめた。
生きていくに最低限の物を残し
書物などのその殆どをまとめて処分した。
なんということだろうか。
私の部屋には酒と盃と家具以外何も残らなかった。
膨大な書物に火をかけて燃やした。
私の知略を支えたその書物達はあっけなく燃え尽きた。
私が奪ってきた命のように。
私はこの国を去ることを決めた。
翌日、王に謁見を求めたがそれは叶わなかった。
仕方なく、私は王の居室へと向かったが
そこには一人の侍女が控えていた。
「王に会いたい」
「王はただいま、すべての方との面会を拒否しています」
「何故だ?」
「戦の後の喪に服したいとのことです」
明らかな嘘だった。
いまだかつて、そのようなことをしたことがない男だった。
それに侍女の目は中にいる王に
まるで助けを求めるかのように泳いでいた。
しかし喪に服すと言われては、強引に会うことは難しい。
それからというものの、三日ほど私は王に謁見を求め
断られ続けた。
私の咳の回数は日に日に増えていた。
もうあまり猶予が残されていない。
私は筆を執った。
一度は王を討とうとした私を許してくださったこと。
私の心に寄り添ってくださったこと。
そして私の余生にまで気を払っていただいたこと。
簡単にだがそれをしたためて
私は今日も王の居室の前に立つ侍女にそれを渡した。
僅かに侍女の手が震えていた。
「待て」
声が響いた。
中から王が出てきた。
「王よ……申し訳ございません」
ひどい顔をしていた。
何日も寝ていないような顔だった。
出てこれない理由はたしかにあったのだ。
「お前が討ち取った護衛、
岳信を失ったときもそうだった。
また、お前も、私の元を去るのか?」
私は何も言えなかった。
王は私の肩に手を乗せていった。
「そんな顔をするな。
我々は心から悲しんではいけない。
それを見せてはならない」
私は何も言えなかったのだ……。
「最後に。
あまり現実を直視するな。
見ても変わるわけではない」
「王よ、私は……」
「私は喪に服している。
これ以上は話す気はない。
直ちに立ち去るが良い。
……体は大事にせよ」
危険な王、才を愛する王とはそれが最後に交わした言葉になった。
私は自らの命を燃やす、最後の場所を求めて
最後の放浪へと足を進めた。




