第六話 謀(はかりごと)
あの戦以来、パタリとかの国は攻めてくるのをやめた。
それ以来、王の私への信頼は高まり
私はこの国でも軍師と呼ばれるようになった。
しかし王の自信たっぷりの姿はやはり鳴りを潜め
王の性格は慎重なものに変化していた。
どのような王であっても、長く統治を続ければ
慎重さを兼ね備えるものだ。
しかしこの王の慎重さは
良い方向へ伸びていないと感じた。
狡猾で野心的な、本来の姿のほうが
彼の持ち味は生かされていたように思うが
一方でこの王は私の言うことを
素直に聞くようになっていた。
それは私にとっては都合のいいことであるのも確かだ。
一方でかの国はいよいよ隣国、
織国との摩擦が強まり、
一触即発の雰囲気を醸していた。
かの国の正式名、覇国と織国。
我が国には『同時に』同盟の申し出が来ていた。
野獣のようであった
元来の王の在り方は鳴りを潜めてしまった。
王は私に伺いを立てるかのように言う。
「軍師よ、織からの同盟を受けようかと思うが
そなたの意見を述べよ」
「私は覇に従属するべきかと考えます」
「なんだと!?」
王は驚嘆と恐怖が入り混じった表情を浮かべた。
「そんな事をしてみろ、俺もお主も殺されるぞ」
「いえ、そうはなりません」
王は平静を取り戻すべく、盃に注がれた酒をゴクリと飲む。
「軍師よ、俺達がしてきたことを
忘れたわけではあるまいな?」
私は頷くと言葉を続けた。
「現在覇は4つの国に囲まれており
織とも戦力、
国力共に不足している状況です」
「ならば殊更織と
同盟を結ぶべきだろう!」
王は声を荒らげる。
しかし私は淡々と続けた。
「織と我が国は離れております。
そして有利な現状で我が国と同盟を組んだとしても
その先の盟約が続く保証はありませぬ」
「しかしだな……」
王は唸る。王が躊躇するのは理解できる。
しかし今や彼は私の意見を無視できない。
私は更にそのまま続けた。
「覇は地力こそまだ劣っていますが
極めて優秀な家臣をもち、
そしてあの王は極めて聡明であり、『合理的』です」
私はそこを強調した。
「今このタイミングに限り、かの国は我々の従属を拒否できず
この国は大事な存在として伯爵としての地位を約束され
さらに織国との戦いで戦果を上げれば
公爵の地位も夢ではないでしょう」
王は再び酒を口に運んだ。
呟くように言う。
「そなたの道理は確かに正しい。
が、本当に覇は勝つと思うか?」
「明確なことは言えませんが
私は覇に分があると考えております」
「ならばその4正面である我が国以外の他国はどう見る?」
王としての才覚が枯れても
最低限の嗅覚は残っているらしい。
私は一つずつ丁寧に説明することにした。
「まず、堅ですが、堅は今回動きません。
あの国は戦争を嫌っております。
国王がそういう方針だからです。
防衛のためには兵を動かしますが
攻めのために兵を動かすことはないでしょう」
「堅は理解できる。しかしもう一つの『あの国』はどうだ」
烈国。
僅か3年で5つの国を武力で制圧した超攻撃的な国家。
しかし私はこの数年間、烈国の情報を集め続けていた。
「結論から言うと烈国の王は遠くない将来
何者かによって殺害される可能性が高いです」
「殺害だと? あの武勇で鳴らした王がそんな簡単に?」
「聞くところによると、烈国の王は
自らの武勇を過信し、護衛もつけずに狩りに興じたり
自ら偵察に出て歩くことが多々あるようです。
そして彼はあまりに短期間で武力による併合を繰り返した。
彼を恨むものは多いはずです」
王は盃を机に置くと、ボソリと言った。
「軍師よ、お主は本当に恐ろしい男だな。
お主が味方で本当に良かった」
こうして山賊の王は、危険な王の配下となった。
国は合併され、伯爵としての地位を約束された。
必然的に私はあの危険な王の配下となった。
最後に見た彼は、最初に見た狼としての佇まいはなく
既に飼いならされた犬となっていた。
しかしそれもまた処世術である。
再び私はあの危険な王と対峙することになった。
謁見の間に私は招かれた。
この危険な王の表情は複雑だった。
好奇心と怒りが折り混ざった気配を感じる。
しかも周りの家臣団は明らかに私を敵視している。
私が行ったことを考えればその扱いは当然ではあった。
王は私に今にも噛みつかんばかりの形相に変わった。
「よく私の前に顔を出せたな」
室内に緊張感が走る。
誰も口出しできない。
圧倒的な威圧感がある。
「どうした、何かいいたいことはないのか?」
「必要でしょうか?」
まるで氷のような表情。
一言でもミスをすれば命を奪われる感覚がある。
自らの命が天秤にかかっている感覚がある。
私は自分自身の命を天秤にかけた時、
自分を少し理解した。
自分の命はなんと軽いのだろうと。
「貴様を処刑する」
「ご自由に。ただし、こちらの王との約束はお守りください」
王は自らの剣に手をかけ……
その手をもとに戻した。
「何故死に急ぐ。それとも私が殺さないとおもっているのか?」
「どちらでも良いことでございます。
私は謀に生きた人間でございます。
死にたくないなどと言える立場にはないと
考えております」
すると王は冷めた表情で私を見つめた。
「神の手とまで言われた男がつまらぬことを言うな。
我々はそういう次元にはいない。
もっと高い目線で物を見ろ。
お主が決断しなくとも人は死ぬ。
私が言わずともわかっていることであろう?」
「たまたま命を天秤に乗せることに優れていただけです。
私は人間らしくありたいのです」
「だが、私の下に来たからにはそうはいかんぞ。
少なくともお前の王と家臣の命を救った分
働いてもらわねばな?」
その日、私はこの危険な王の甘く、危うい誘惑とともに
新たな王の下に付くこととなった。
もはや後戻りなどはできないのだろうか。
私は浴びるように酒を飲んだが、酔うことはなかった。




