第三話 山賊の王
私は再び新しい王の前に立っていた。
とある国の国境を超える時、
私は憲兵に捕まってしまったのだ。
今度の王は……王というにはあまりに粗暴だった。
山賊の王とでも言えば良いのだろうか。
動物の毛皮をふんだんに使用した衣装。
過剰なほど身につけられた財宝のついた装飾品。
そして艶めかしい女性を一人侍らせていた。
何よりも王としての矜持が全く感じられなかった。
その事実は私の心を軽くした。
「おい、お前あの有名な軍師様だろ?」
軽薄な声。
御しやすい。
しかし私は気を引き締めた。
「有名かは存じませんが……」
「ああ、そういうのは俺の前ではいらねぇ。
謙遜は全く役に立たない。
ここで最も重宝されるのは実力と金だ」
私はいつもと違う意味で嫌悪感を抱いた。
しかしそれは顔には出さない。
この手の手合に『正しい』感情を見せてはいけない。
「して、私に何のご用でしょうか?」
「俺の部下になれ、拒否は許さん。
お前のような男は他に渡れば俺の敵になる。
ならば殺してしまったほうがいい」
聡明とは違う。
野生の勘と経験値に裏打ちされた実践で磨かれた
感性を持っている男だ。
「部下になるのは構いま……」
「お前がどう思うかは俺には関係ない。
だが……」
王は盃を手に取り、豪快に酒を飲み干す。
「今、俺の国は厄介な状態にある。
とある国から今、同盟を求められている。
そんなにでかい国ではないが……
うちと比べれば大国だ」
瞬時に理解する。
「あまりよろしくない状況ですね」
「やっぱり頭がいいやつは話が早くていいな。
俺の部下は腕っぷしに自身があるやつは多いが
おつむのほうが残念なやつが多い」
「しかし、故に統一感があると入国した際には感じました」
すると王は再び隣りにいる女に酒を注がせて
それを飲み干すと、にやりと下品な笑みを浮かべた。
「ふはは、お世辞がうまいな。
だが悪い気はしない。
だが俺はそれだけでは満足しないぞ。
この事態、お主ならどう対処する」
「隣国の情報が私にはありません。
どんな小さな情報でも構いません。
情報をいただけませんか」
そう言うと王は二度、手を叩く。
すると謁見の間におおよそ文官とは思えぬ風貌の輩が
書類をまとめて持ってきた。
「そう言うだろうと思い用意させていた。
時間はかかっても構わん。酒でも飲みながら
大いに語ろうじゃないか」
そういうと山賊の王は配下に指示し
私の隣にも盃を置き、そこに酒を注いだ。
しかし私はそれに手を付けずに食い入るように書を読んだ。
王のニヤけた表情が気を散らしたが私は集中した。
なるほど。
この王は粗暴だが馬鹿ではない。
そして、私は状況に救われたということを理解した。
おそらく平時であれば私は捕まった時点で処刑されていただろう。
この『敵』の情報はとても危機的な状況を現していた。
まず兵数はこちらの約二倍。
国力も等倍よりやや高い。
これだけならさほどの脅威ではない。
しかし驚異的なのはその量ではなく質である。
その家臣団はその兵力や国力に不釣り合いな、
異常なほど優秀な人材が集結していることにあった。
文官、武官、ともに質も含めてこれは絶対に敵にしてはいけない。
武官はあまり私は詳しくはないがその戦果をみれば
明らかに異常な戦果をあげている。
更に問題なのは文官だ。
その名簿の中にはかつて私がやりあって
多大な犠牲を出した相手も居た。
その他にも世に出ないといわれた名だたる天才を
多数手中に収めている。
私はそこまで確認したうえで初めて盃を取った。
一口飲むと私は発言した。
「王よ、まず敵対は可能な限り避けるべき相手です。
極めて危険な相手です」
王は露骨に不機嫌そうな顔をする。
私は言葉を続けた。
「しかしこれはむしろチャンスです。
彼らは同盟を結ぼうとしている。
王の国は小さいにも関わらずです」
「それはそうだろうな、相手は国を急速に拡大している。
後ろから突かれるような真似をされたくないのだろう。
それはわかっている」
「なので、吸収合併のような手荒な事はできませぬ。
同盟の他に金品や兵糧の要求、そして同盟ですから当然ですが
王の国を攻め込まれたときには必ず軍を派遣し
いかなる時でも防衛すると約束させるのが上策です。
その間に国力を増幅し、取り込まれないように
国を強くすることが良いかと存じます」
王の不満げな顔は変わらなかった。
しかし口から出た言葉は違った。
「なるほど。俺はこの同盟の話、実質降伏を迫るものだと
理解していたがお前の理屈で言うならば
むしろ有利なのは俺だということか。
……悪くない」
王の盃に再び酒が注がれる。
「更に、一つ策がございます」
「言うてみよ」
「失礼ですが王の隣にいる女性は?」
その女性は、妙に完成された美しさを持っていた。
……この場には、不釣り合いなほどに。
王はその女性の頭を撫でる。
美しい、という言葉では足りない。
この王の持ち物の中で唯一、私が警戒を覚えるものだった。
「我が妻だ、だいぶ前の戦で敵国の姫だった女を捕らえた。
美しい女だったので育てた結果が今だ。
それがどうした」
「同盟の話はおそらく王の強い要求を行っても通るでしょう。
その場合、宴席を設けることになるでしょう」
「なるほど、色仕掛けか」
私は頭を下げて答えた。
「流石は神の手と言われた男だ。
そして何よりその手段を選ばない姿勢が気に入った。
良いぞ、私の下で存分に力を振るうがよい」
「ありがたき御言葉にございます」
この粗暴な山賊の王のもとであれば
私は命を犠牲にしても自分を許せるだろうか?
ここでは、誰も正しさを求めない。
私は静かに、盃の酒を口に運んだ。




