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イガア村

軒並らぶ枯れ木の輪は実のところランゲルト環のような形をしていたらしい。一部開いた穴は村と外とを繋ぐ唯一の境界線上の揺らぎ。言うなれば門であるわけだが、それは存外開放的なつくりをしていた。閉ざすための扉はなく、繋ぎ止める鍵もない。ただ単純に木が植えられていなかったと説明付けられるような空白。余りにも堅牢な守りから外れたそれに違和感を抱かずにはいられなかった。


「案内ご苦労、アイ。妾が偉大に褒めてやろう。」


「グゥ~~ン……オキニナサラズ。」


明らかに快い返しではない、その上でその顔は失意の底とでも言わんばかりに青ざめて、どこまでもげんなりとした様子を隠さない。確実に理由は一つだが、それでもお世話になったのは変わらない。よって、念のため、本当に念のため腰を折って頭を下げてみる。


「ンダァテッメコッラァ!!ッケッカウッテンッカコッラァ!?」


「ひいっ!!」


グリンと首が回り、またも鬼の形相がこちらをのぞき込んでくる。その恐怖で肺が押しつぶれて声にならない声が口からこぼれ落ちる。


「カカカッ、あまりからかってやるでないぞ。アイ。」


「ハイ……セン、セィ。」


しかし、それを知ってか知らずか、ケイレスは子ども同士の戯れを見るように口の端を緩めてズカズカと歩を進めていく。それに追いすがるように大股で走り出すが、背中を貫かんばかりの視線が気になって仕方がない。


「ど、どういう関係性なの?」


整備のなされた石畳を踏み歩きながらケイレスに声をかける。ローブで視界が隠れて、視野が狭くなっているせいであまり景色が映ることはないが


「あやつはチョイと特殊な家系でな。若い身空でありながらかなり秀でた槍術の使い手じゃ。妾から一本取れたら弟子にしてやると言ったのを未だに覚えておって、顔を合わせればああやって挑んでくる。……全く、面白い娘じゃ。」


「特殊ぅ?」


ケイレスはとても愉快気に笑っていると確信できた。


「あの、先生。……それと、そこのお前。」


「ひっ!?」


灰色の石畳に突如として割って入ってきた折り目の正しい黒袴。初めて出会った時もそうだが、この鬼女は前触れを一切感じさせない。


「くうううううううううううう。ぬうあぁあああ!!」


だが、一度現れれば感情豊かに騒ぎ立てる。現に葛藤を体現するが如く、だんだんと足で地面を蹴り上げは下げ体を縮めては伸ばしなおす。


「ふぅううううう。っく!良く聞きなさい不届き者ッ!!」


不届き者……随分な言いようだな。


「ようこそッ四腕の半神を奉るイガア村へ!神聖なるケイエス様の御名の元に、誇り高きヘレナの血を継ぐ我、アイが貴公の訪れを向かい入れる!もし、不敬を働こうものならば!この村の戸であり壁である()()の私がッ!貴様の首を叩ききってしまうからな!」


半ば怒鳴るようにそう言い残して、アイは二の腕と腕で目元を覆いながらうえ~んと走り去ってしまった。


「も、門番……?」


「カカカッ、退屈はせんようじゃな、ヒイロ。」


なるほど、確かにアレが門番であるのならば大層な守りは不要なのかもしれない。加えて、音も出さずにあれだけ自在に動き回れるのならば持ち場を離れても平気なのだろう。


「さて、では行くぞ。」


イガア村と呼ばれるこの村は特徴的なつくりをしていた。入口から真っ直ぐに伸びる最も整備のなされた石畳。それは平坦に伸びているのではなく空に上がるように傾斜をもってのびている。それを許すのは、階段のように隔てられた地形だろう。最も低い一段は耕かされた田や家畜小屋が。続く二段には平屋の倉庫や巨大な見張り塔、それから住宅地がありもっとも広いらしい。三段目は狭く、住宅地の木製の家に比べて大きく、豪勢なつくりをしている家々が並ぶ。古くより村の重役を勤めている家系が住んでおり、アイの家もそこにあるらしい。そうして、問題であるのは四段目。


「ここが、家?ま、まじ?」


「まぁ偉大に祀られとるしの、妾。」


一段二段そして三段。明確に隔たれてはおれどその差は微小たるものであった。しかし、四段目は腰一個分程高く、何より石畳は階段に変化している。その先にそびえるのは巨大な建造物。どこか中華風にも感じるその作りの家は四段目の六割程度を埋め尽くしている。ちなみに、残る四割は庭らしく村人皆が催事を行っても問題なく入りきるらしい。


「では、妾が偉大に改めるとするかの。」


タッタッタと軽やかな足取りは踊るように体を導く。そんなかまいたちに攫われてかローブはふわりと背中に回り、阻まれた視界いっぱいに晴天が降り注ぐ。


「ようこそ、うら若き戦士よ。妾が偉大に貴公を迎い入れてやろう。」


今一度眼前に収めた戦士はやはり自然のようであった。鍛え抜かれた筋骨が、研ぎ澄まされた闘志が、偉大な魂が、凡一つでは感じ取るのでさえ恐れ多いそれらを無理やり蓋に押し込めた域を体現した存在。


「ッ、あぁよろしく。ケイルス。」


だが、臆する者はもういない。




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