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四腕の半神

龍脈流れ。いくつかの世界は細かにカテゴライズされ、その中でも同種に近しい2、3つの世界は同じものとしてカテゴライズされる。共通した世界は明確に隔たれ、互いの技術が介入することはなくとも、カテゴライズされた名残として、両世界を紐づける龍脈が創世の際に用いられる。そうして、(ごく)(きわ)めて稀にその龍脈に鑑賞することが出来る体質を持つものが存在する。そんな人物が天文学的数字をかいくぐり、前世が尋常ではない極悪凶悪犯罪者の魂まで腐りついた罪を抱えていたとしてもまぁ考えられないほどはない程度の確率で、すっぽりと落ちて流されてしまう。……らしい。


「ようは、運がなかったわけだ。」


「運がなかったって……家もなんもねぇってことじゃん。どうすりゃ良いんだよ……。」


孤立、孤独、このような不安を覚えることは勿論始めてという訳では無いが、真に突きつけられた孤独は始めての感覚であった。裸一貫で素知らぬ環境に追い出されたとて、発展した世界では何桁かの番号を覚えていれば、或いは公的な組織に助けを求めれば、そもそもそのようなものに手を差し伸べる組織さえ存在していたわけでどことない楽観思考を裏付ける無意識的な根拠があった。


「……ん?」


しかし、そんな根拠を失った現在、ぬぐい切れない不信が脳を沈ませる。推定洞窟、そこに一切の人工物はなく、眼前にそびえる人物がはためかせるローブも決して上質なものには見えない。限定的な状況が指し示す文明レベルの遅滞。そこに公的な機関は存在するのか、誰が身分を証明するのか、この異世界という舞台で枝川緋色は存在をよしとされるのか。一度捻った蛇口が水位を上げ続けるように、脳を浸してもいまだ、恐怖は重みをましていく。


「おい、頭を悩ませるのは勝手じゃが、死にたくなかったら伏せた方がよいぞ。」


偉大な忠告じゃがの、と付け加えられたその言葉に脊椎反射で頭を垂れる。両膝を地につけ、背中を丸めて両手の甲で頭部を守る。カメのような姿勢に陥ったのは、死にたくなければなんていう物騒な冠を授かった故でなく、『伏せ』という命文に付き従ったから。


「へ?ってうわ!?な、な何!?」


そんな背上を何かが勢い良く駆け抜けていった。まるで、先程までそこに佇んでいた間の抜けた下等生物を食い破るように。


「ほぉ、なかなかに良い反応だったぞ。妾が偉大に褒めてやろう。」


生命の危機を感じる回避行動をよい見世物でも見たように笑うローブの人物。しかし、そんな愉悦を含む声を傍らに、怒りと敵意を含んだ唸り声が鼓膜を震わせる。生まれ備わった牙をかみ合わせ、鋭利な爪を地面に突き立て、逆立つ毛並みを淀みのない殺意として押し付けてくるそんな四つ足の獣。映画か、アニメか、図鑑かネットか、どちらにせよ一枚隔てて記憶に残した生物の名を震える恐怖とともに弾きだす。


「お、おおお狼!?なんで!?」


「狼ぃ?カカカッ。幻想大狼(フェンリル)以外をその名で呼ぶのはやめておけ。()()()()()アヤツ等は()()()()()()()()()からな。」


どこか、というか悪意を持った協調を本来であれば考えていたいところではあったが、眼前で構えるオオ、獣を前にそのような事は許されなかった。


「グルル……。」


「に、逃げましょう!」


浅知恵だが、目を離さないほうが良いと聞き及んでいる。理由も理屈もわからないが、逃げ惑う背中を食い破られては死んでも死にきれない。


「クカカッ!逃げる?相手を前に、この妾がか?」


そんな、背を向けられぬほど濃密な死の気配。だが、それさえを上塗りにする明確な形を持った死。


「どのような者が相手であろうと、資格を有するならば立ち向かうのが妾が流儀。」


隠された神秘にひびが入る。ローブが()()()()浮き上がる。まるで出迎う王の外套を従者が静かに持ち上げるように。


「え……?」


だが、違った。なにが?『独りでに』が。まるでローブ自身が独立した一個人と錯覚したからこその表現であったが、正しくは()()()()。浮いたように見えたそれは何を隠そう、一人の人物によってもたらされた極めて当たり前の行動。ただ単純にその人物は、否、彼女はローブをただ脱いだのだ。


四腕(しわん)を恐れるか?」


ローブを持ち上げたのは()()()()。肩から伸びる二本の腕のうちの一本。それが、対になるようにもう片方にも。一際目を引くのはその様な四腕。


紅肌(べにはだ)を怖がるか?」


筋骨隆々が最も近しい言葉。四腕はそのどれもが逞しく膨れ上がり、それらを備える肩もまた勇ましく隆起している。鍛えられた体は惜しげもなくさらしだされ、六つに隔たれた腹筋は業火にも勝る闘志を一切濁さない。必要最低限に胸元だけがサラシに巻かれ、されどそこに卑しさを抱くことはない。


「否、否否否否否ッ!我が求めるは強者!争いに生き、闘いに従する戦の兵ッ!!」


研ぎ澄まされた武が紅色の肌に押し込められる。


「貴公はどうだッ!?名を挙げるかッ!!」


そんな、極まった力が声を挙げる。臆する者を断ち切り、弱者を排するその問いは古めかしいランタンを音圧だけで割り生身の焔が地に垂れた蠟とともに燃え上がる。


「グルルッ!ガウッ!!」


だが、眼前の獣は勇敢にも声を挙げる。その戦音(いくさね)に重なるように暗闇の最中から幾つもの声が呼応するように声が上がる。


「グルルルルッ!」


背後から同じ四つ足の獣が一匹、二匹と続いて目視で六匹。数の暴力を押し付ける咆哮にもまた、卑しさなどは一影もなかった。


「クカカッ!その意気や由ッ!我が名はケイレス!奈落牢(タルタロス)の覇者にして闘争を司る半神なり!!」


獣は四肢を曲げ飛び上がる。勢いそのままに壁を蹴り上げ増援の先頭へと舞い戻る。


「恐れを超えた者よ、さぁ!死会おうかッ!」


互いの顔を照らすように、洞窟の壁に火が宿った。


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