冬の話
その日はいつになく快晴で、節約のために詰め込んだ水筒がやけに重たかったのを覚えている。肌を刺すような熱を一身に受け、額を垂れる汗を手の甲で拭いながら、力のない足取りでフラフラと家を目指していた。整備の行き届いていない、ヒビの差し込んだアスファルトの上を歩いていた隣で、いくつもの四輪が回りながら無機質に通り過ぎていく。寂れ、ツタにまみれた古家と古臭い石垣から除く熟れた果実。そんな景色がまるで眼前を走り抜けるように素早く、素早く駆けて形を失っていく。弾くような青が、爆ぜるような黒が、跳ねるような白が、輪郭からはみ出した色が極を彩どって視界を染め上げる。目眩がしてしまいそうな極彩色は程なくして熱を持つ。肌を焦がすような一面の熱と、胃からはい上がるような熱、それらは瞬きの間に全身を駆け上がり、血液が沸騰してしまったのではないかと思えるほどの熱をもたらす。そんな熱に押し出されて、体が大きく地面に引っ張られる。半身が叩きつけられて再び体が大きく浮かぶ。そんな空で四肢が八方に飛び散る。それを引き留める関節が軋んで、ようやく痛みを感じた時には散らばった手足に引っ張られるように大の字で空を仰いでいた。頬にできたかすり傷だけが嫌にジンジンと痛んで、心臓の鼓動に合わせて傷が伸縮を繰り返しているようだった。虹彩を焼き切るような熱線と背中を焼くような熱、それでも手先はヤケに冷たくて、足先の感覚はまるでなくて、あれほど沸かしきった血は皮膚を破って極彩色と混じり合う。酷い孤独と醜い寒さ、その二本が愛子を抱く母のように優しく、優しく包みこんでくる。耳鳴りが子守唄を奏でて、眠りにつくように微睡みが瞼を引き下げる。だから、だからこれはきっと、この話は、手先がかじかむ冬の話だったのだろう。