1、受け子のバイトは未遂だってば
赤と黒の世界……やたらと蒸し暑い……大きな門……誰かの叫び声……
(怖いんですけどぉ?!)
「入れ!!」
(私に言ったんだよね?)
「次はお前か」
「お前って言わないでもらえます?正子です」
「黙れ、正子」
(なに、この大きな鬼みたいなの。感じ悪っ!)
「そんなに大きな声で言わなくても聞こえます!」
(大声、倍返しだ!)
「重罪だな」
「はあ」
隣にいた小さな鬼が、何かを渡した。
「閻魔大王様、余罪はまだたくさん」
「なに!しかも何度も罪を犯しているではないか」
「はい?」
「反省しておらんのか」
「なにを?」
ドンッ!
「罪に決まってるだろ!」
「そんな、脅すようないい方しないでくれる?でも、そだね。反省?なんてしてないよ。だって悪い事なんてしてないもん」
「ぬぬぬぬぬ……」
(なに?ヤバくない?)
「罪の意識は無いのか!」
「だから、無いってばよー!」
●●●
「正子、今日、カラオケ行かない?」
「パス!バイト入った」
「バイトって……受け子でしょ?そーゆーヤバいのはやめなって……」
「金があればやってないって。マジで稼がないといけないから、また明日ね」
一旦帰って、私服に着替えた。
少しでも大人っぽく見えるように、就活用のグレーのスーツを買っておいた。
履きなれないストッキングを履いて、髪を後ろで束ねて、空っぽの黒い鞄を持つ。
「よしっ!完璧!」
指定された場所にスマホを見ながら行った。
「あの、正子さんですか?」
「はい。ペロリンさん?」
「ピロリンです……。今日はよろしくお願いします」
一緒に設定の確認をする。
「銀行員ですね」
「俺が暗証番号で、あなたが現金の封筒ってことで」
「じゃ」
「「よろしく」」
ピンポーン
ピンポーン
「あの、お電話していた銀行から来ました。正子です」
「あらあら、わざわざすみませんねぇ」
「いいえ。仕事ですから」
「ちょっと上がって行かれます?」
「こちらで結構です」
日本家屋って感じの立派な家だ。
「早速ですが、現金の封筒をお預かりしたいのですが……」
「そう、それね。丁度、息子が近くまで来ているもんだから、お願いしているのよ」
(ゲッ!)
「息子さんですか。いつ、いらっしゃるんですか?」
「あと、一時間もしないうちに着くと思うんだけど」
「そうでしたか。では、その頃、改めさせていただきますね」
「だから、中で待ってて……」
出ようとした玄関先で、手を捕まれてしまった。
「仕事が残っていますので、また来ます」
振り払って家から出た。
ピロリンの待っている車まで速足で歩く。
(ヤバイ、ヤバイ)
口をパクパク動かしたら、車が走り出してしまった。
(なんだよ、ピロリンの奴。乗っけてくれたっていいじゃん)
ピロリンと会うことは二度とないだろう。
「もう!またしても、ミッション成功ならずだよぉ~、どーしよう」
家まで遠いし、履きなれない靴はいて足痛くなってきちゃったし、そもそも、お金かけて準備したのに、1円も稼げなかった。てか、受け子って、めちゃムズい。ぶっちゃけ一度も成功したことない。スーツ代……赤字だよ……
●●●
「昨日のバイトどうだったの?」
「失敗」
「あははは、また?向いてないんじゃない?」
お腹が空いて立てない。
(アンパンマン飛んでないかなぁ)
空を見上げてたら、校庭の端っこで土いじりをしている人がいた。
「なんか、家庭菜園部ってのが出来たんだって」
「家庭菜園?」
「校庭菜園の間違いだよねぇ!」
ゲラゲラ笑ってる友達を置いて、一人で行ってみた。
「あの……」
「す、すみません。今、どきますから」
「いや……なに作ってるの?」
「へ?」
「野菜、育てるんでしょ?」
色白の眼鏡をかけた小太りな男の子。
「人参と、トマト」
「入部したら、それ食べていいの?」
「は……い……」
「入部希望って先生に言えばいいの?」
「いえ、僕に言ってもらえれば……」
「入ります。3Aの正子です」
「え!あ、ありがとうございます!ぶ、部長の風太です。2Bです」
「よろしく、フータ!」
私は軍手を借りて、フータを手伝った。
喉がカラカラだったけど、自販機でジュース買うお金なんて持ってないし、水道水はカッコ悪いからなぁ、我慢するしかないなぁ、と思ってたら、フータが麦茶をくれた。
「くれるの?いいの?」
「こんなものしか無いですが……」
「こんなものって、ペットボトルだよ?!ホントにもらっちゃっていいの?」
「はは。正子先輩って大袈裟ですね」
フータはイイ奴だ。
「なんで菜園部に入ってくれたんですか?」
「野菜、食べたいから」
「自分で作ると美味しいですもんね」
「人が作ったもんでも美味しいけど、買えないから。ねぇ、いつ採れるの?」
「トマトは2ヵ月くらいで、ニンジンはもう少し先です。夏休み前には……ま、正子先輩!」
まさか、そんなに時間がかかるなんて。気が遠くなると思った瞬間から記憶がない。
「大丈夫ですか?」
フータが上から私を見てる。
「貧血じゃないかって、先生が。ダイエットはほどほどにですよ、正子先輩」
「したくてしてるわけじゃないんだけど。しばらく食べてなくて」
「?」
「もともと母子家庭だったんだけど、1年の時にママが家出しちゃって、バイトしたいんだけど、保護者の承諾とかもらえないからさ……」
「いつから食べてないんですか?」
「うーん。3,4日かな」
下校時刻はとっくに過ぎていて、暗くなった校舎に響くチャイムの音が怖かった。
「送って行きます」
「いいよ。歩けるし。あ、でもペットはもらっていい?」
貴重な麦茶を握りしめた。
7話完結の短いお話ですが、最後までお付き合いいただけますと嬉しいです!