紅色の海
大海の中の小島に住んでいたのは、仲の良い三人の家族だけだった。夫婦は魚を釣り、森になる果物をもいで日々の糧とした。夫婦の間の一人息子は、毎日海でイルカと泳ぎ回ったり、鳥を弓矢や罠で捕まえたりして過ごしていた。
息子が大きくなると、丸太で小舟を作り、一人海へこぎ出していった。新しい世界を見に行きたいのだと言って。島に二人きりとなった夫婦は寂しい日々を過ごした。毎朝と毎夕に必ず海を見に行き、息子が帰ってくる様子が見られやしないかと期待した。だが何年待っても息子は帰ってこない。冒険に夢中で、故郷と両親のことは忘れてしまったのだろう。
ある朝、いつものように浜辺に降りた夫婦は、目の前の光景に驚いた。
夕方ではないのに、海面が真っ赤に染まってみえたのである。それは血のような赤だった。思わず海に入っていくと、元の透き通った海に戻った。浜辺に上がると、やはり島の周りの海だけが紅に見えた。
日頃息子を心配していた父親は思わず涙を流した。だが、母親はそんな夫を慰め、不吉な予感を笑い飛ばした。そして仲良く家に帰り、いつも通りの一日を過ごした。
それから数日後、珍しく一隻の船が島にやってきた。船に乗っていたのは見知らぬ男だった。男は、自分を歓迎しようとする夫婦に向かって、息子が死んだと告げた。大陸にたどり着き、都で兵隊として働き始めた息子は、大臣同士の争いに巻き込まれて殺されたのだと。
夫婦には、わずかばかりの金と、息子の勲章が贈られた。話を聞いた母親が驚きと悲しみのあまり倒れてしまったので、男はそそくさと島を出て行った。母親がそのまま死んでしまったことも知らずに。
たった一人残された父親は、妻を埋葬し、役に立たない金貨を森に捨て、がらんとした島で喜びも楽しみもなく生きた。息子の死以来、島に立ち寄る船も、流れ着く獣もなく、話し相手のいない日々の中で。父親はいつしか死を夢見るようになった。
よく晴れた朝、父親は海の中に一歩一歩入っていった。その時父親は、久しぶりにイルカの鳴き声を聞いた。海に目を滑らせると、二頭のイルカが父親に向かって泳いできた。イルカは父親の周りを泳ぎ回りながら、楽しそうに鳴き交わしていた。
父親もイルカを追い、泳ぎ始めた。どんどん沖へ出るうちに、彼は自分の手足がひれや尾のようにしなやかに、平たくなっていることに気がついた。イルカたちが跳ね、父親も跳ねた。海面に映る自分の姿は、まぎれもなくイルカだった。
三頭になったイルカはそれ以来、島の周りでどんな時も離れずに仲良く暮らした。