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冬の童話祭2025

紅色の海

作者: 六福亭

 大海の中の小島に住んでいたのは、仲の良い三人の家族だけだった。夫婦は魚を釣り、森になる果物をもいで日々の糧とした。夫婦の間の一人息子は、毎日海でイルカと泳ぎ回ったり、鳥を弓矢や罠で捕まえたりして過ごしていた。


 息子が大きくなると、丸太で小舟を作り、一人海へこぎ出していった。新しい世界を見に行きたいのだと言って。島に二人きりとなった夫婦は寂しい日々を過ごした。毎朝と毎夕に必ず海を見に行き、息子が帰ってくる様子が見られやしないかと期待した。だが何年待っても息子は帰ってこない。冒険に夢中で、故郷と両親のことは忘れてしまったのだろう。

 

 ある朝、いつものように浜辺に降りた夫婦は、目の前の光景に驚いた。


 夕方ではないのに、海面が真っ赤に染まってみえたのである。それは血のような赤だった。思わず海に入っていくと、元の透き通った海に戻った。浜辺に上がると、やはり島の周りの海だけが紅に見えた。

 日頃息子を心配していた父親は思わず涙を流した。だが、母親はそんな夫を慰め、不吉な予感を笑い飛ばした。そして仲良く家に帰り、いつも通りの一日を過ごした。


 それから数日後、珍しく一隻の船が島にやってきた。船に乗っていたのは見知らぬ男だった。男は、自分を歓迎しようとする夫婦に向かって、息子が死んだと告げた。大陸にたどり着き、都で兵隊として働き始めた息子は、大臣同士の争いに巻き込まれて殺されたのだと。

 夫婦には、わずかばかりの金と、息子の勲章が贈られた。話を聞いた母親が驚きと悲しみのあまり倒れてしまったので、男はそそくさと島を出て行った。母親がそのまま死んでしまったことも知らずに。

  

 たった一人残された父親は、妻を埋葬し、役に立たない金貨を森に捨て、がらんとした島で喜びも楽しみもなく生きた。息子の死以来、島に立ち寄る船も、流れ着く獣もなく、話し相手のいない日々の中で。父親はいつしか死を夢見るようになった。


 よく晴れた朝、父親は海の中に一歩一歩入っていった。その時父親は、久しぶりにイルカの鳴き声を聞いた。海に目を滑らせると、二頭のイルカが父親に向かって泳いできた。イルカは父親の周りを泳ぎ回りながら、楽しそうに鳴き交わしていた。


 父親もイルカを追い、泳ぎ始めた。どんどん沖へ出るうちに、彼は自分の手足がひれや尾のようにしなやかに、平たくなっていることに気がついた。イルカたちが跳ね、父親も跳ねた。海面に映る自分の姿は、まぎれもなくイルカだった。


 三頭になったイルカはそれ以来、島の周りでどんな時も離れずに仲良く暮らした。


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― 新着の感想 ―
仲が良く、深く愛していた息子さんの帰りを待っていたご両親の気持ちを考えると、母親が亡くなったのも納得です。 一人残される父親が海に入っていった時胸が締め付けられましたが、二匹のイルカと出会えて(恐らく…
切ないような、でも最後ああいう形になったのは良かったのか。 いろいろと考えさせられますね。
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