番外編 猫耳
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「猫になってもらいたいんだけど」
そう言った雪名さんの手には、猫耳のカチューシャが握られていた。
その日、私は雪名さんといつものホテルにいた。
私は雪名さんとミスマッチな猫耳にポカンとしてたずねた。
「えっと、どうしたんですか」
「買ってきたの」
いや、入手手段じゃなくて。
「よくわかんないけど、つければいいんですね?」
私は猫耳を受け取った。 正直、アイドルをやっていれば、猫耳カチューシャなんて親の顔より見たアイテムだ。 ここは一つ、アイドルとしてのプライドの見せ所である。
「どうですか?にゃん♡」
「ええ、それでね」
雪名さん、リクエストしたなら何かリアクションしてください。
私はほっぺを膨らませてちょっと拗ねる。 ノーリアクションの雪名さんは話を続けた。
「最近私、動物番組に出てね。そのときに子猫を抱いたの」
「えー、いいなぁ。可愛かったでしょうねぇ」
「まあ正直私は、子猫なんてあざとい畜生生物だとしか思ってなかったんだけど」
全世界がメロメロな子猫になんて言い草! 雪名さんは人間以外にも辛辣らしい。
「その時に、その子猫がね、私の太ももを踏んだの。何度も何度も……」
雪名さんはうっとりと回想しているようだ。
「ねえ知ってる?子猫って、甘えたい時とか、眠い時とかに、柔らかいものを前脚でふみふみすることがあるんですって。こんな風に」
「えっ、可愛いー」
見せられた動画の、子猫が前脚で布団をふみふみする様子を見て、思わず声を上げた。
そして、私はもうベテランなので、次の展開がわかるのだ。
「ねえ好葉、ふみふみしてもらいたいんだけど」
やっぱりですね。
「えーっと、ふみふみ、ですよね?」
私は手をグーにしてみせる。
「何してるの」
「えっと、前脚でふみふみですよね?」
「それは脚じゃない。手でしょう」
雪名さんはご立腹だ。すみません。
「好葉は足でふみふみするに決まってるでしょう」
偉そうにふみふみ連呼する雪名さんがちょっと可愛いな、とどうでも良いことを考えながら、私はそうですか、と素直に頷いた。
「じゃあよろしく」
そう言うと、雪名さんはベットに潜り込んだ。
そしてフワフワの羽布団を頭までかぶると、どうぞ、言ってきた。
え、この状態でやるの?布団越しに?
私が戸惑っていると、「早く」とくぐもった声がする。
おそるおそるベットに乗り上げ、雪名さんの形に膨らんだ丸みに足を乗せる。
仰向けに寝ているはずの雪名さん。お腹に当たっているのか胸に当たっているのか。あまり強く踏むとオエッてなるといけないので注意して優しく踏んでみる。
布団越しなのでいつもと違い、ふにふに、という感覚がある。
時折、荒い吐息をしているように体が動いた気配がしたので、多分、御満足頂けているようだ。
それでもいつもと違い、雪名さんの顔どころか様子も全然見えないので不安になる。
ふみふみ、ふみふみ、と何度か踏んでいると、何となく虚無感に襲われてきた。
――これ、雪名さんから私の顔全然見えてないけど、猫耳つけた意味ある?
そう思って、私はサービスしてみる。
「雪名さん、気持ちいいですか?にゃんにゃん♡」
「そういうの、いらないから」
ひどい。
出血大サービスなのに。
猫耳アンド猫語なんて、ファンの前でやったら皆泣いて喜んでくれるのに。
私はちょっとむくれた。
しばらくふみふみしていると、雪名さんからの反応が無くなった。
「雪名さん?死んでないですよね?」
心配になって、私はそっと布団をめくってみた。
すると、なんと雪名さんはスースーと寝息をたてて、ぐっすり眠ってしまっていたのだ。
最近お疲れだったようだし、ふみふみがちょうどいいマッサージになっていたのかもしれない。
いつもは高貴な冷血女王様のようだけど、こうしてみれば美しい眠り姫である。
私は思わず雪名さんの美しい顔をそっと撫でる。長いまつ毛、ほんのりピンクの頬、柔らかそうな唇……。こんな美しい顔を踏んで欲しがるなんて、やっぱり理解できない。
うーん、と雪名さんが寝返りを打った。
あまり触ると起きてしまう。
「おやすみなさい、雪名さん」
全然猫耳つけた意味無かったかもしれないけど、でも雪名さんが満足ならそれでいいだろう。 私はそう思って、雪名さんに布団をかけ直して、そっとベットルームを後にするのだった。
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後日、猫耳が意味が無かったわけではない事を知る。
雪名さんは、私が布団越しにふみふみしている様子を密かに動画に撮っていたことが発覚したのだ。
トモさんが盗聴していたことにドン引きしていた私だったけど、さらに身近に盗撮魔もいた事に、私は驚愕するしかなかった。
ENDにゃん




