59 キッズモデル
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「はじめまして。LIP−ステップというアイドルをさせていただいております、牧村好葉、20歳です。よろしくお願いします」
次の日、可愛らしい服がたくさん並んでいるオフィスで、私は綺麗で可愛い男の社長さんと面談していた。
「よろしくお願いします。僕がベイビーベイビー取締役社長の蓮池です。牧村さん、写真で見るよりずっと大人っぽい子だね」
そう言って、蓮池社長は私をマジマジと見る。
「うん、ぱっと見はいい感じかな。あんまり子供っぽい子だと、大人のモデル使う意味ないしね。
今ね、僕達、大人でも着れる子供服、子供でも着れる大人服っていうコンセプトのラインも立ち上げててね。カタログだけじゃなくて、SNSでコーデ例とかもデイリーに更新していきたいなって思っているんだ。そのために、うちの専属キッズモデルの 森野 美里ちゃんと、一緒に撮ろうと思っててね」
「素敵です!」
私は心からそう言う。
「私も、靴なんかはずっと子供用の靴なんですが。たまに大人っぽいのを探してもなかなか無いので。大人っぽい子供服、あったらとても嬉しいです!」
「そう言ってもらえると心強い」
蓮池社長はニッコリと言う。
「じゃ、すぐにテストに入らせてね。ファッションモデルの経験は無いって聞いたけど」
「すみません、アイドル雑誌でスナップ写真撮影したことがあるくらいです」
「ファッションモデルは全然違うから、はじめは戸惑うかもしれないけど、頑張ってみてね」
蓮池社長は、ちょっと含みをもたせたような口調で言い、スタジオに案内してくれた。
「おはようございます」
蓮池社長がスタジオに入ると、スタジオにいたスタッフ達が一斉に挨拶した。
「うん、おはよう。美里ちゃん、 蜂屋、ちょっと来てくれる?」
蓮池社長に呼ばれて、可愛いモデルの娘と、カメラマンらしい背の高い男の人がやってきた。モデルの娘の方は雪名さんから借りたカタログでよく見たことがある。背はあまり高くない、でも大人びた顔つきの子だ。
「この子、今日テストする牧村好葉さんです。よろしく」
蓮池社長に紹介されて、私はすぐに頭を下げる。
「牧村好葉です。よろしくお願いします」
「森野美里です。12歳です。よろしくお願いします」
若い!若いのに、とってもいい姿勢で丁寧に挨拶してくれる。私も思わず背筋が伸びた。
「よろしく。俺はカメラマンの蜂屋。ファッションモデル初めてなんだって?」
こちらはとても軽い感じで挨拶してくる。笑顔もなく、厳しそうな印象を受けた。
「はい。ご迷惑かけないよう頑張ります」
「いやいや、初めてで迷惑かけないなんて無理でしょ。ま、酷いことにならない程度に頑張って」
蜂屋は素っ気なく言ってまた自分の持ち場に戻って行く。
「じゃ、牧村さん頑張ってね」
蓮池社長はそう言って、スタジオの隅に行ってしまい、パソコンを広げて仕事を始めた。
一応、色々ファッションモデルのやり方は前に赤坂さんと事務所で勉強したけど、ちょっと心配になってきた。
「私、教えます。大丈夫です。好葉さん、頑張りましょう」
美里さんが元気にそう言ってくれた。
用意された服に着替えていると、更衣室に美里さんが入ってきた。
「どう?」
「うん、とっても着やすいです」
「子供服のモットーは着やすさ、動きやすさですから」
そういいながら、美里さんは私の姿をじっと見つめた。
「わあ凄い。聞いてはいたけど、本当に19センチの靴、入っちゃうんだぁ」
「あ。はい」
私は美里さんに足を見せる。
「すごぉい、私もモデルの中では小さめなんだ。20センチ。お姉ちゃんも小さくて、多分遺伝」
「美里さんなら」
「さん、なんて。ちゃんにしてよ。好葉ちゃんの方がずっと年上なのに」
美里ちゃんは人懐っこい顔で言った。
「美里ちゃんなら、まだ成長期だから、これからもっと成長しますよ」
私が言うと、美里ちゃんはちょっと寂しそうな顔をした。
「そうならいいんだけど。私、足もだけど、もっと背が伸びないとこれからモデルの道はキツイかなって思ってて。キッズモデルから普通のファッションモデルにいくのはなかなか競争率高いって、皆から言われてるの」
そっか、私は何とも思わないけど、やっぱりモデルの子は気にするんだ。そう言えば、マイカちゃんも、細かったけど結構背は大きかったもんな。
「好葉ちゃん、いつくらいから成長止まった?私、4年生の時から足のサイズ変わってないんだよね」
「どうだったかな。確か私も小学生で変わらなくなった気がします……」
「おーい、着替え終わったらサッサとおいで。化粧するぞー」
蜂屋さんの声がして、二人で慌てて更衣室を出る。
化粧をしてもらって、私と美里ちゃんはすぐに撮影に入った。
「牧村さん、まずは森野の撮影見て、こんな感じだっていうの覚えてくれる?森野、いつも通り、可愛くな」
「はいっ。よろしくお願いします」
美里ちゃんは大きな声で挨拶する。
しっかりした子だな。私が美里ちゃんくらいの頃って、こんなちゃんと挨拶できたっけ。
そう思いながら撮影を見学する。
美里ちゃんはにこやかにカメラに顔を向け、スカートの裾を少し広げてみたり、逆に閉じてみたり。元気な顔を見せてくるりと回って見せたと思えば、あざといほど可愛らしく背中を見せたりしている。
「カバン持って、ちょっと座ってやってみよう」
蜂屋さんの指示で、美里ちゃんはカバンを手に、ぺたんと座る。スカートの裾がキレイに広がった。
「次、カーディガン着て。スマホ持って大人風に」
蜂屋さんの指示通り、今度はすました顔で大人びたスタイルを見せる。
「可愛い」
凄く可愛い、と私は思わず呟いた。美里ちゃんの着ている服がとても可愛く見える。
「凄いな。あんな風に魅せれるんだ」
子供といえどもやっぱりプロだ。私が感心して呟いた時だった。
「はじめまして」
後ろから声をかけられて、慌てて振り向く。
そこには、美里ちゃんをそのまま大人にしたような、そっくりの女性が真面目な顔で立っていた。
「はじめまして、森野美里のマネージャーの、 森野紗弓です」
そう言って名刺を渡されたので、私も急いで赤坂さんから預かっている名刺を取り出して彼女に渡した。
「はじめまして、LIP−ステップの牧村好葉です。すみません、今日うちはマネージャー不在で」
「いえ、お忙しいようで」
紗弓さんは丁寧に名刺をしまう。私はふとたずねた。
「えっと……もしかして、美里ちゃんのお姉さんとかですか?」
「はい。美里とは12歳も違うので、ほぼ親みたいなものなんです」
てことは、雪名さんと同じくらいの年齢なんだ。
紗弓さんは私よりも背が小さい。でも、美里ちゃんに似て、顔つきは大人びていて美人だ。
しかし、ずっと笑顔を振りまいている美里ちゃんと違って、彼女は固い顔のまま、まるで私を睨みつけているような威圧的な顔をしている。
「牧村さんのことは存じております。ニュース拝見しました。映画とかにも出るらしいですね」
「は、はい。まだまだペーペーですけど。それに、映画はほんの数秒です」
「アイドルの方って、歌だけじゃなくて色々なお仕事するんですね」
「そうですね。深夜ですがバラエティもさせて頂いてますし、私ではないのですが、今うちのメンバーでミュージカルチャレンジする子もいます」
「それで、牧村さんはモデルにチャレンジですか」
「今日は美里さんに勉強させていただきます」
ずっと威圧的な顔のまま、冷たい口調で淡々と話してくる紗弓さんに、私までちょっと固くなる。
紗弓さんは、またギロリとこちらをにらみつけながら、口角だけあげて無理矢理の笑顔をこちらに向けた。
「アイドルの人までこっちの分野に参入してくるんだから。美里のライバルになりますね」
「え」
「是非とも仲良くしてくださいね」
そう言って、一切仲良くして欲しくなさそうな顔の紗弓さんは、再度こちらを睨んだ後、丁寧に頭を下げて、立ち去って行った。
「い、威嚇された?」
私は綺麗な姿勢で立ち去る紗弓さんを、呆然と見とどけた。
「牧村さん、次、森野の隣に入ってもらうから準備して!」
蜂屋さんの声がかかり、私は急いで「はいっ!」と返事をしてカメラの前に向かった。




