6 デート日和②
私が向かったのは、さっきまでの通りから少し外れた道だった。
そこに、小さな和菓子屋がある。私のお気に入りの和菓子店だ。
今日もそこそこお客さんはいたが、そんなに混んではいない。
「雪名さんコーヒーとか好きですか?」
「好きでも嫌いでもないけど」
「じゃあ、別にいいですね」
私はそう言うと、サッサとその和菓子屋へ入っていく。
「イートインにしようと思いますが、大丈夫ですか?」
「どちらでもいいけど」
「じゃあイートインで食べましょう。ここ、器もキレイなんです」
私は店の中に入って、店員さんに、2名、目立たない席で、とお願いして案内してもらった。
「勝手に注文していいですか」
「ここまで来たら全部任せる」
雪名さんが面倒くさそうに言うのをいいことに、私は顔馴染の店員さんに、コーヒーセットを注文した。
「お待たせしました」
呑み口がハート型の可愛らしい抹茶茶碗に入ったコーヒーが目の前に置かれた。
「あら、確かに可愛らしい」
雪名さんは思ったより興味をしめしてくれたようでホッとした。
そして、もう一つ。
「これは……」
「これ、角砂糖なんです。可愛いでしょ?」
目の前に置かれた赤いハートやピンクのリボンの形などの可愛いアイシングのされた角砂糖を指さして、私は自慢気に言った。
「店主のおじいちゃんの最近の趣味なんですって。アイシング。手作りだから、一つ一つちょっと形が違うんです。可愛いですよね」
「ええ、素敵だわ。和菓子かって言われるとよくわからないけど……でも素敵」
雪名さんがそう言って、角砂糖に手を伸ばしたので、私は慌てて言った。
「雪名さん、まず写真!キレイな状態でキラキラ写真撮らないと」
「ああ、忘れてたわ」
雪名さんは面倒くさそうにスマホを取り出して写真を撮った。
「うまく撮れました?」
「こんな感じ?」
雪名さんは撮った写真を見せてくれた。うーん、まあ悪くはないけど……。
「私も撮っていいですか」
そう言って、雪名さんのスマホで写真を撮った。
「もう少し、こう……あ、ちょっと私のスマホで明かり足しますね。あと、そのスプーンこっちに持ってきて……。違います、それじゃバランスが。あ、茶碗逆向きの方がいいですね」
「ねえ、好葉、もういいでしょ」
「良くないです!映えるキラキラ女子したいなら、ここちゃんと意識しないと!」
「そういうもの?」
「そうです!」
「ふうん、勉強になるわ」
思ったより素直に雪名さんは頷いた。そういえば役作りとか言ってたもんな。
私は満足できる写真を撮ると、雪名さんにスマホを返してコーヒーを口にした。
「ねえ、このお砂糖、お土産に買っていきたいんだけど」
「んー、これはあくまでも店主の趣味みたいですよ。買っていけるのは普通のお団子とかの和菓子だけです」
「そう。残念」
そう言って、雪名さんは角砂糖を一つ摘んだ。
その角砂糖に描かれていたのは、赤いハイヒールだった。
「こんな小さな靴……芸術だわ」
「あー、なるほど靴……」
うっとりと角砂糖を見つめる雪名さんを、私は苦笑いして見つめるしか無かった。
「いいお店。こっちにきてよかったわ。並ぶ必要も無かったし」
雪名さんはニッコリと笑った。あの、顔を歪ませる不細工な微笑みだ。本当に喜んでもらえたようで良かった。
そうして和菓子店を出ると、その後雪名さんの買い物に付き合ったりして過ごした。
思ったより普通の友達のように楽しめた事に、私は正直驚いていた。
「ちょっと最後に行きたいところあるんだけど」
遅めのランチを食べた後、雪名さんはそう言って、さっさとタクシーを捕まえた。
タクシーに乗って着いたのは、高級そうな靴屋さんだった。
雪名さんは、躊躇している私を引きずるように店内に入っていった。
「予約してた花実ですけど」
「お待ちしておりました」
上品そうな店員さんの前に、私を立たせると、雪名さんは言い放った。
「この子の靴、作って下さい」
「えっ?」
私は驚いて雪名さんを振り返った。
「む、無理です。私こんな高級なお店の靴なんて買えない」
「は?買うのは私なんだけど」
「いや、そんな買ってもらうなんて」
「勘違いしないでよ。誰が好葉にあげるなんて言った?所有権は私よ」
そう言って、雪名さんは店員さんに言った。
「ヒールの低めで歩きやすいパンプスを一足と、おしゃれなハイヒールを一足」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
私は、店員さんに促されるままに椅子に座らされた。
「どうぞ、測りますのでお履物を脱いで下さい。あら、そのスニーカー、いいメーカーですよね。履きやすいしサイズ展開も豊富で」
店員さんが、トモさんのくれたスニーカーを褒めてくれたのでちょっと嬉しかった。
「素敵な足ですね。シンデレラサイズ。なかなかサイズ探したのに苦労なさるのでは?」
「あ、はい。いつも子供靴で」
「では、今日はぜひ大人っぽいデザインを作りませんか?オーダーメイドならではですよ」
店員さんはそう言いながら、テキパキとサイズを測っていった。
「失礼ですが、お仕事は何をされておりますか」
「え?えっと」
アイドル、だなんて、ほとんど売れてない身で言うのは恥ずかしい。
「ああすみません、立つことが多い方なのか、歩くのが多い方なのか、そういうことを知りたいので。言いたくなかったら具体的には言わなくても大丈夫ですよ」
「アイドル」
雪名さんが、私の代わりに店員さんに答えた。
「この子、アイドルなんです」
「せ、雪名さん!」
恥ずかしくて言えないって思ってたのに、あっさりとバラされた。
「隠すことじゃないじゃない。恥ずかしい仕事じゃないのに」
「だって」
「素敵ですよ。頑張っていらっしゃる足なんですね」
店員さんはそう笑顔で言いながら、靴のデザインのカタログを持ってきてくれた。
私は恥ずかしくなって俯きながらカタログを受け取った。
「オススメはこちらですかね。あまりヒールには慣れてらっしゃらないようなので」
店員さんがオススメしてくれたデザインを見ていると、横からヒョイッと雪名さんが出てきて別なものを指さした。
「ヒールの低いやつはとにかく一番歩きやすいもの。ハイヒールは、絶対にこれ。色は好葉の好きにしなさい」
そう言って雪名さんが指定したのは、かなり細いピンヒールのものだった。
「転びそう……」
「いいのよ。これが一番痛そうだわ」
雪名さんはニヤリと笑う。予想はしてたけど、これ絶対に雪名さんを踏む用じゃん。刺さるってこれ。
私は文句を言いたかったけど、店員さんの前で美味く言えずモゴモゴするだけだった。
結局、ダークグリーンの低いチャンキーヒールと、真紅のピンヒールのパンプスをオーダーメイドすることになった。
丁寧に頭を下げる店員さんを背に店を出ると、雪名さんは言った。
「出来たら連絡するわ。そして、今後は私に会うと時は必ずこの靴を履いてきて頂戴。あ、ピンヒールは多分好葉は転ぶから、持ってくるだけよ」
「持ってきて……?」
「わかるでしょう?」
雪名さんは妖艶にニヤリと笑う。
「まあ、あなたもファンを大事にしないといけないし、そのスニーカーを履くなとは言わないわ。でもね」
雪名さんは私に顔を寄せた。
「好葉の足は私のものなのに、他の人が選んだ靴を履いてるだなんて思ったら、腹がたって腹がたってしょうがないのよ」
「雪名さんのものじゃないですし」
「私のものよ」
きっぱりと、断言するように雪名さんは言う。
私はため息をついた。しかし、これだけは言わなくてはいけない。
「理由はどうあれ、あんな大人っぽい靴履けるの、正直楽しみにしてます。ありがとうございました」
私が丁寧に頭を下げると、雪名さんは少し戸惑ったように顔をそらした。
「別に。私の為だから」
「まあそうなんでしょうけど」
しばらくすると白井さんがむかえにきてくれた。
白井さんは、今日撮った写真をチェックして、SNSに上げるオッケーを出した。
「いいね。可愛い。和菓子屋っていうのもあんまりキラキラしすぎて無くてナイスチョイス」
「え?キラキラしてないの?」
不満そうに言う雪名さんに、白井さんは笑った。
「いいんだよ、雪名。友達と楽しく遊ぶのが真のキラキラ女子なんだし」
「楽しく遊んでなんか……」
「えっ?雪名さん楽しくなかったんですか」
私は結構楽しんでしまったので、結構ショックだ。
しかし、雪名さんは、私をチラリと見ると、ふいっと顔をそらして言った。
「まあ、ドラマの共演者たちよりは気楽で楽しかったかもしれない」
「ごめんね、牧村ちゃん。うちの雪名、古き良きツンデレ女子で」
白井さんは笑って言った。
白井さんにマンション前まで送ってもらった。
降りる際に白井さんは言った。
「近々、またお世話になるけど、よろしくね」
「お世話?」
私は首を傾げた。しかし内容をたずねる前に車は行ってしまった。
「なんだろう?踏む件かな」
私はそう、ぼんやりと思った。