52 新たな仕事
※※※※
辛かったのは初日だけで、あとは熱も下がり、少し咳が出るだけになった。雪名さんの届けてくれた加湿器、赤坂さんの届けてくれた食料や氷嚢・氷枕は本当に役に立った。
「ご心配おかけしました!!」
こうして自宅療養期間も終わり、私は仕事に復帰できた。
明日からまたツアーの日程が入っているので、その打ち合わせだ。かなり体が鈍っている気がする。
爽香と奈美穂は、私が楽屋に入るやいなや、抱きついてきた。
「療養お疲れ様ー!久しぶりの好葉だー」
「これ以上好葉休んだら、好葉のファンが私推しに鞍替えするとこでしたよー」
「えっやだ。私のファンは一途だし!」
私は二人にぎゅうぎゅうにされながら笑った。
「そういえば、インフルエンザ初日に食料袋、ありがとうございました。氷嚢とか氷も入れてもらってて、助かりました」
私は赤坂さんにお礼を言った。すると赤坂さんは首を傾げた。
「氷嚢?私食料しか用意してなかったけど……」
「え?」
「持っていったスタッフが追加で入れてくれたんじゃないかな。……でもあの子、そんなに気が利くタイプでも無いんだけど」
「そう、ですか」
まさか、もしかして雪名さんが?いやまさか。だって、雪名さんは袋に入ってて自分は氷を入れただけだって言ってたし。
「あ、そう言えば、好葉が休んでいる間に、いくつかニュースがあるんだよ」
突然、赤坂さんが、わざとらしく大きな声を出した。
「まずは、奈美穂。この度、ミュージカルのオーディションに受かって仕事が決まりました!」
「えっ!」
奈美穂は恥ずかしそうな顔をしている。
「おめでとう!え?いつオーディション受けてたの?」
「ちょっと前に……私ライブ前にトイレに籠るくらいストレスためてたときあったでしょ。あの時最終回オーディションの日だったの」
「ライブに影響はさせないでほしいんだけどね」
赤坂さんがチクリと言ってる、奈美穂は肩をすくめて「すみません」と笑った。
「次に爽香。夢見パレードのコーナ拡大が決まりました!とっても好評で、配信チャンネルの方だけど単独番組にする案も出てます!」
「凄い!頑張ったね」
私は爽香を撫でる。
そっかぁ。二人共頑張ってるな。
嬉しい反面ちょっとだけ嫉妬でチクリと心が痛む。
「そして、好葉」
「え?私も?」
「前に、売り込みかけさせてくださいって言ってた、子供服ブランドのモデルの件、一度撮らせてほしいっていうところが一つあったよ」
「えっ!!」
あの日、飲み会の後に雪名さんのマンションに泊まりに行った日。
雪名さんの家でたくさんの子供服のカタログを借り、その連絡先をメモしておいて、赤坂さんに売り込みかけてもらうよう依頼していた。連絡がなかなか来なくて、やっぱりだめかと諦めかけていたのだったが。
「ほとんどがけんもほろろだったんだけど。子供服はやっぱり大人びた子供モデルがいいみたいで。でも一箇所、子供服だけど、小柄な大人も着れるよっていう売り方しようとしているブランドがあってね。ちょうど小柄なモデル探してたみたいなの」
「わぁ。グッドタイミング……」
「ベイビーベイビーってブランド。わかる?靴下とか靴の種類が豊富らしくて、好葉にぴったりよね」
「好葉の可愛い足が世間に見つかっちゃうね」
爽香が茶化す。
「嬉しい。なんか」
私は自分に価値観を見出してもらえた気がして嬉しかった。
そうだ、雪名さんにもあとで報告しよう。ベイビーベイビーは、雪名さんイチオシのブランドだったはずだ。喜んでくれるだろうか。
「さて、更に忙しくなるよ!まずは目の前の仕事だよ」
赤坂さんの掛け声に、私達は元気に「はいっ!」と声を出した。
〜〜
打ち合わせやリハが終わって、帰りは深夜になった。
家に帰ってスマホを確認すると、マイカちゃんからメッセージが入っていた。
『インフルエンザだったんだって?あれキツイよね、ウケる。明日友達と見に行くから頑張ってね』
何がウケるのかよくわからないけど、ちゃんと渡したチケットでツアー来てくれるようだ。社交辞令じゃなかったのが嬉しい。
私はマイカちゃんにお礼のメッセージを返す。そう言えば、モデルの事を思いついたのも、マイカちゃんからシンデレラサイズモデルの件を聞いたからだ。
そうだ、雪名さんにもベイビーベイビーでのモデルの件を教えよう。前に看病してくれた件も含めて、無事回復したことを電話で連絡をしたい。
あ、でも時間も遅いしな。迷惑かも。電話じゃなくてメッセージだけにしておこう。
私は、きっと女王様からのお褒めの言葉があるんじゃないかとワクワクしながらメッセージを入れると、明日に向けて早めに就寝した。
※※※※
私の復帰がてらのステージは無事に成功した。
ステージ成功の余韻に浸る間もなく、次のツアーは県外なのでそちらの準備に取り掛かる。
途中で生配信をし、SNSを更新し、来てくれて感想をくれたファンへのお礼メッセージを送る。
「好葉!」
「はいっ!」
急に赤坂さんから呼ばれて好葉は飛び上がった。
「な、何かありました?」
「好葉、モデルのマイカちゃんと知り合いだったの?今日のチケット渡した?」
「は、はい。何が不都合が……?」
在庫処分とか言ってたのがまずかったんだろうか。
「知ってる?マイカちゃんすっごい若い子に人気あって、フォロワー数すごいの。あと、なんかわかんないけど凄い人脈もあって」
「人脈……」
そう言えば、前に一緒に飲んだ時も、積極的に媚売りに行ってる、って言ってたな。あれ本当だったんだ。
「今マイカちゃん今日のライブのことSNSに上げて、多分そのおかげで凄い問い合わせきてる。都内のツアー日程はもう無いのかって」
「そ、そうなの?え」
私が驚いてそう聞き返したが、赤坂さんはバタバタとスマホで調べ始めた。
「追加日程組めるかちょっと見てみるわ」
「おー、繁忙期って感じですねー」
横で聞いてた奈美穂が感心して頷いている。
「わ、私マイカちゃんにお礼の連絡してくる!」
私は電波の届く所へ走っていった。
「え?お礼?全然そんな私は何もしてないよ」
電話をかけると、マイカちゃんはケロリと答えた。
「てか、意外と女性アイドルグループのライブに行くのってこっちも好感度高くなるんだよねー。男性アイドルとかだと変なファンに叩かれるし、ヒップホップ系行くとチャラいとか言われるし」
「はあ」
案外打算的で、それを私に正直に言っちゃうあたりが、私がマイカちゃんを嫌いになれない理由かもしれない。
「でも、楽しかったのは本当だよ。あと、私のプロデュースしたハンカチも匂わせしてくれてありがとね」
「匂わせ?」
そんな事した覚えはない。というか、あのハンカチは、結局雪名さんから返してもらっていない。
「ほら、花実雪名さんのSNSの写真で、私のハンカチ何回か見切れさせてくれたじゃん。あれ、好っちがお願いしてくれたんでしょ?」
「え、いや……」
そんな事は私はお願いしていない。っていうか雪名さんにそんな事お願いしても、ハンカチが庭の肥やしにされそうになるだけだ。
偶然か、それかSNSを管理している白井さんが何かの策略があってやったのかもしれない。
「好っちのSNSじゃあんまり世間の反応無さそうだけど、花実さんのSNSのおかげですっごく反応良かったんだあ」
「まあ、そうだろうけど」
それを悪びれもなく私に言っちゃうんだけど、どうもマイカちゃんは憎めない。
「そんじゃ、まだツアーあるんでしょ。頑張ってねぇ」
明るく電話を切ったマイカちゃんを私は拝む。
……そう言えば、雪名さんから連絡無いな。
モデルの連絡についても既読にすらならない。忙しいんだろうか。ちょっとアテが外れて拍子抜けしたけど、まあそんなもんかな。
私はそう思いながら、みんなの所へ戻って行った。